アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅶ —急 使—

 夜の帳が草原一面を覆い尽くし、雲一つない満天に(ちりば)められた星々が瞬く。

 篝火(かがりび)を焚き、煌々と照らされたダーナの(むら)の門前に立つ薄赤色の髪の若者が、今一度家畜や邑人が全て戻って来た事を確認し、閉めようと門に手を掛けた。

 その若者の耳に、微かに疾走する馬蹄の音が届く。

 ハッとしてその方に首を巡らせると、暗く(あか)り一つない草原の中を、月明かりに照らされて疾走する黒い影が連なって見えた。

 一角獣が二頭闇を切り裂くように、真っ直ぐ邑の門目掛けて向かって来ているのだ。

「誰だ?」

 目を凝らし、門番の若者はそれを見極めようと凝視する。

 一瞬、先日夏場の邑場所を整える為に出発した、族長が率いる一団の誰かが戻って来たのかと思ったが、一頭の乗り手は子供のようにも見え、もう一頭には人らしき姿は見えない。

 でも先発隊に子供は連れて行っていない筈だ。

 邑人も既に全員邑に戻っている。ならば、あの一角獣の乗り手は他部族の者だろう。

 何か火急の用事でもあるのか、尋常じゃない走りにただならぬ様子である。

 だが、たとえそうだとしても、他部族の者をあっさりと邑の中に入れる訳にはいかない。

「止まれっ!」

 門の前に立ち塞がり、薄赤色の髪の若者は制止の声を張り上げた。

 一頭はその声に驚き速度を落としたが、もう一頭の子供を乗せた一角獣は止まらなかった。

 更にスピードを上げて一気に若者の前まで来ると、勢いに任せてダッと跳躍する。

「うわっ」

 慌ててダーナの門番は頭を抱えて屈み込む。

 その頭上を飛び越し、乗り手のいる一角獣は中に駆け込んだ。

 そのまま邑の中を走り続ける一角獣に、邑の人々も異変を感じて集まって来る。

 一角獣は中央の井戸の近くまで来くると、漸く走るのを止めて立ち止まった。

 同時にドサリと一角獣の鞍から乗り手が転がり落ちる。

「お、おいっ」

 驚いた邑人達が駆け寄り、地面に横たわる乗り手の顔を見て大きく目を見開いた。

「ウィドのエルドじゃないか」

「どうしたんだ一体?」

「おい、誰か若長を呼んで来いっ」

 ざわめく邑人を押し退けて前に出た二十代の茜色の髪の若者が、地面に倒れる少女を抱き起こしながら指示を出す。

 族長が留守の今、若長がその代わりを務めているのだ。

「ノマン、これを」

「ああ」

 気を利かせて邑の者が持ってきた水の入った椀を受け取り、茜色の髪の若者がエルドの口に持っていく。

「ほら、飲めよエルド」

「う、うん……」

 ショウには無理はしないと言ったが、エルドはミルゼの邑で小休止した後は、ここに来るまで殆ど飲まず食わずで一角獣を走らせて来たのだ。喉はもうカラカラで、長時間同じ体勢でいた体も強張(こわば)って動きがぎこちない。

「おい、エルドが来たって?」

 朱毛(あかげ)の少女が喉を潤していると、張りのある野太い声が聞こえてきた。

 人垣を押し退け、ぬっと出てきた声の主は三十歳は越えている、緋色の蓬髪を後ろで束ねた筋骨逞しい体躯の偉丈夫だった。

 茜色の髪の若者が呼んで来いと言った若長である。

「ゴムラツハっ」

 若長の姿を見るなり、エルドは水の入った椀を捨てて偉丈夫に飛びついた。

「今すぐ、お婆様を迎えに行ってっ」

「エルド?」

「お婆様は今一人なんだ。エルーラの加護もない。だから早く——」

「落ち着け、エルド」

 ()き込んで訴えられても要領を得ないのでは対処のしようがない。

 だが、困惑するゴムラツハにエルドは声を荒げた。

「落ち着いてなんかいられないよっ。もう邑にはお婆様以外誰も居ないんだっ。お婆様に何かあったら、ウィドの部族はあたしら二人になっちまう」

「それは、どういう意味だ?」

 必死の形相で言い募るエルドの肩を掴み、ゴムラツハは眉根を寄せて問い質す。

 ウィドの邑には百人以上居たはずだ。それが今邑に居るのが長老だけとはあり得ない。

「皆居なくなったんだよ。(うごめ)く『闇』に呑まれて。今まで突然人が居なくなった邑は皆そいつの仕業だって、お婆様が」

「っ!」

 エルドの言葉に、ゴムラツハは息を呑み、顔色を変えた。

「おい、ノマン。すぐに数人ウィドの邑に向かわせろ」

「は、はいっ…て、これからですかぁ?」

 若長の命令に反射的に返事を返した茜色の髪の若者は、思わず頓狂な声を上げる。

「もう外は真っ暗なんですけど」

「だからなんだ。あの偏屈婆さんの事だ。迎えが遅かったら向こう十年くらいは文句を言われ続けてコキ使われるぞ。それでもいいのか?」

「うわぁ…、それは流石に()だなぁ」

 思いっ切り顔を(しか)め、ノマンは肩を竦めた。

「分かりました。夜更かしが得意な奴等に行ってもらうとしますよ」

 軽口を叩きながらも、足早にその場を後にする。

 すぐに迎えに行って貰えると分かり、エルドはホッとして全身の力が抜けた。

 ふらりと体を揺らし、その場に倒れそうになる。

 その体をゴムラツハは両手で受け止めた。

「ったく、まだ聞きたい事は色々あったんだがな」

 ぼやきながらもゴムラツハは気を失った朱毛(あかげ)の少女を軽々と抱き上げ、天幕の一つに向かう。

 ここに辿り着くまで、一体どれだけ無茶をやったのか。気を失ったのは丁度良かったかもしれない。起きていたら一緒に戻るとエルドなら言いかねない。

「後の事は俺に任せ、お前はゆっくりと休め」

 天幕の中に用意された寝床に少女を横たえ、ゴムラツハはエルドの耳元で優しく囁いた。

 だが、天幕を出ると同時にゴムラツハは険しい表情になり、邑の門に向かう。

 そこでこれからウィドの邑に向けて出発する邑の者を待つ。

 既にウィドの邑から急使が来たことは、邑全体に知れ渡っていた。

 もっと詳しい事情を知りたがる者達が幾人か、門前に仁王立ちする若長に聞きに来たが、ゴムラツハはエルドが目を覚ましてからだと適当にあしらって追っ払った。

 若長の補佐役の若者に言われ、夕餉(ゆうげ)を済ませて十分な準備を整えた邑の二十代から三十代の体力の有る者達が門の前に集まったのは、それから二時間程経った頃だった。

「遅いぞ、お前等」

「いや、若長。これでもかなり急がせたんですよ」

 軽く睨みを利かせるゴムラツハに、ノマンは渋面を作った。

 本来なら、今頃彼等は酒盛りして楽しんでいる筈だったのだ。それを無理言って来てもらったのだから。

「若長、本当に今からウィドの邑に行かなきゃならないのか?」

「明日の朝でも十分だろ」

 エルドの事は聞いているが、折角の酒をお預けにされた挙げ句、こんな暗闇の中をウィドの邑に向けて夜通し一角獣を駆るなど、流石に願い下げである。

 不平を言う集まった邑の男衆を、ゴムラツハはギロリと()め付ける。

「文句はウィドの長老に言うんだな。迎えが遅かったら、嫌味が矢継ぎ早に飛んで来るだけでなく、一生ことある事に言われ続けるぞ」

 しかもエルーラの担い手である老婆の記憶力は半端ではない。ボケて忘れるという事がないのだ。

「そういう若長はどうすんだよ」

 そんな偏屈婆さんの不興を買うのは誰だって遠慮したい。

 自分達に厄介事を押し付ける族長の息子に、男達はジト目を向ける。

「エルドが目を覚ましたら、改めて事情を聞かなきゃならんからな。それが済んだら俺もすぐに後を追う」

「まあ、それまでそう急ぐ必要はないからな。一応エルドに約束した手前、先行して行ってもらうだけだから」

 ——その代わり、若長が追い付いた後がどうなるか……

 内心の不安を押し殺し、ノマンはそう言って集まってくれた連中を宥める。

 そう言われてしまっては、不満はあっても頷かざるをえない。

「判ったよ。若長がエルドに睨まれちゃ可哀想だからな」

「そうだな、ぐちぐちと泣きごと聞かされるのも鬱陶しいし」

「若長、エルドにはてんで弱いからなぁ」

「うるせぇっ。とっとと行きやがれ!」

 エルドの名を出した途端、自分を茶化し出した男衆をゴムラツハは怒鳴り付けた。

 怒鳴られても平気そうに生暖かい目を向ける先行隊の連中を、門の外に追い出す。

「ったく、あいつ等俺をなんだと思ってんだ」

 闇に溶け込んでいく一角獣の一団を、ゴムラツハは憮然と睨み付ける。

「いつも通りってことでしょう」

 若長がウィドの悪友の娘にとことん甘いのは周知の事実だ。

「それよりも、エルドの話どう思います?」

 傍ではっきりと聞いていたノマンでも、(にわ)かには信じがたい話だった。

 邑に長老以外の邑の衆が居ないなどと。夏場の邑を整えに行ったとしても、半数は残っている筈だ。それに(うごめ)く『闇』というのもよく判らない。

「全てはエルドが目を覚ましてからだ」

 チラリと朱毛(あかげ)の少女が眠る天幕がある方を見やると、ゴムラツハは明言を避けて邑の中に戻って行った。

 

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