アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅷ —ダーナの邑(1)—

 暮れ(なず)む草原を背にしたショウ達の目の前に、何とも言えない門構えの(むら)があった。

 エルティアでは部族ごとに一つの邑を造り、何処の部族かすぐに分かるように、邑の周りに獣除けに巡らした柵の門の入り口には、部族の紋章を刻んだ柱を立てる。

 ダーナの部族の紋章は(たてがみ)を振り乱し、両前脚を大きく上げた一角獣だった。それが門の柱の上に刻むというより、今にも眼前の敵に前脚を振り下ろさんばかりに躍動的な立体の彫像としてデンと置かれてあった。

 まあ、そこまではまだいい。問題はその脇の柵の上に様々な獣の首だけの剥製が乗っかっている処だ。優に三十頭以上の頭がある。その内の一つはあの森の蛮人(オーシグル)だった。

 長い間そこにあったらしく、毛並みも悪く薄汚れ、飛び出た目は落ち窪んだ洞になっているが間違いない。潰れた鼻、捲れ上がった唇から覗く鋭い牙はそのままだ。

 しかし、ショウ達が出会ったネヴィラの森からここは随分遠いが、どうやってオーシグルなど狩ったのだろうか。

 いや、そもそもこんな凶暴な肉食獣を進んで狩るもんじゃないだろう。

 それ以外も、中々面構えが凶悪そうないかにも猛獣といったものばかりである。

 呆然とそれを見やり、ショウは同行の橙色の髪の少年に疑問を投げかけた。

「なあ、シグ。ここって狩猟民族の邑か?」

 エルティアは遊牧民族の国だと思っていたのだが、違うのだろうか。

 それにシグは、何とも言いにくそうに応える。

「いやぁ、これはゴムラツハの趣味だよ」

「ゴムラツハ?」

「ダーナの部族の若長。猛獣と力比べするのが趣味でさ。勝った記念にこうして首の剥製を柵の上に飾ってんの」

 父親から聞いた話では、若い頃強すぎて体術の稽古の相手がいなくなったゴムラツハは、自分の体術が猛獣相手に何処まで通用するか試したらしい。

 そして、勝ってしまったのだ。無傷で。

 それに味を占めたゴムラツハは、それから度々猛獣に喧嘩をふっかけていたのだそうだ。

 標的にされた猛獣はさぞ驚いただろう。普通なら自分の姿を見た途端逃げて行く人間が、嬉々として自分に襲い掛かってくるのだから。

「特にあのオーシグル、わざわざアルティアまで行って()り合ったんだってさ。父ちゃんがすっごく大変だったって言ってた」

 ダーナの若長の親友だったシグの父は、その時付き合わされたのだそうだ。群れで行動するオーシグルの、その(かしら)とゴムラツハが素手のタイマン勝負する間、他のオーシグル達が邪魔をしないようにシグの父は囮となって逃げ回ったらしい。

『あの頃、ヌルルの実なんて便利な物があるなんて知らなかったから、マジで死ぬかと思った』

 と、あの柵の上の首を見て、シグの父は遠い目をしてしみじみと言ったものだった。

「………」

 ——あのオーシグルと素手でタイマン勝負って……

 それに比べたら、俺なんかまだマシだよな、剣で戦ったし。

 自分がやらかしたアレより遙かに上を行く人間かいると知って、何となくホッとしたショウだった。

 そこへ——

「遅いっ」

 ショウの横っ面に、ハスキーな少女の怒声が叩きつけられた。

 慌てて首を巡らすと、門の所に朱毛(あかげ)の少女が両手を腰に仁王立ちして自分達を睨んでいる。

「遅いって、ちゃんと三日で着いただろ」

「何言ってんだい。もう陽が落ちかかってるじゃないか。あたしは昼には着くと思ってたんだよ」

 約束を守ったのに文句を言われ、ショウは憮然として言い返したが、エルドはぴしゃりとそれを撥ね付ける。

「そう言う姉ちゃんはどうなんだよ。ちゃんとお婆様の迎え頼んだんだろうな?」

「あったり前だろ。一昨日のうちに行って貰ったよ」

 ジト目を向ける弟に、エルドは胸を張って言い放つ。

 行って貰えると聞いただけで、その後すぐ気を失ったので、実際に行ったのを見たわけじゃないが、そこは気にしない。

「一昨日って、お前何時頃ここに着いたんだ?」

 ショウが胡乱な目を向ける。

 自分達も結構頑張って着いたのがこの時間なのだ。半日ほど先に行ったエルドが、たとえ途中のラトスの邑で半日無駄にしないでダーナの邑を目指したとしても、一昨日の内に辿り着くのは難しいだろう。余程の無茶をやらかさない限りは。

「え、え~と、何時だったかなぁ……」

 考える振りをして、そっとエルドは目を逸らした。

 言ったら絶対に怒られる。

 だが、言わなくとも今の態度を見ればバレバレだった。

「俺は、無理はするなって言ったよな」

「別に無理したわけじゃないよ。ほら、今はお婆様の方が大変なんだから」

「それでお前が倒れでもしたら意味ないだろ」

 ぼそぼそと言い訳をするエルドに、ショウは嘆息した。

「やっぱ、一人で行かせるんじゃなかったかなぁ」

「うっ、……ごめん」

 ショウが頭ごなしに怒ったならば、エルドも負けじと言い返す事もできたのだが、こんな風に責任を感じられると、負けん気よりも申し訳なさが先にたってしまう。

「いや、でももうやらないでくれよ。俺の知らない処で無茶されて、何かあったら助けてやれないからな」

 珍しく殊勝なエルドに微苦笑し、ショウは言い聞かせるように言う。

 それを聞いて、エルドはぽかんとなった。

 そんな事を言われたのは初めてだった。何時も『お前は強いから、助けなくても大丈夫だよな』と言われるのが常だったのだ。

「助けるって……」

「お前だって俺を助けてくれただろ」

 だからお互い様だと、当然の事のようにショウは応える。

 そんなやり取りをしている二人の少し後ろで、シグと緋色の蓬髪を後ろで束ねた偉丈夫がヒソヒソと話をしていた。

「おい、あいつは誰だ?」

「ショウって言うんだ。——髪の色見りゃ判るけど、ソルティアの(もん)だよ」

 肉体(からだ)の素性と(なかみ)については言わないでおく。それはウィドの邑を出る前にみんなで話し合って決めていた。

 肉体の素性は言ったら騒ぎになるし、魂の方もどうせ言ったところで誰も信じてはくれないだろう。知識の女神(ヴァンデミーネ)の巫女であるお婆様の口から言われない限り。自分だってそうなのだから。

「なんか、やけにエルドと親しげじゃねぇか?」

「そーだね」

 シグにもよく分からないが、お婆様にショウの正体が(あば)かれた後、二人で邑の柵の修復をして戻った頃からこんな風だった。お互いすっかり打ち解けたというか、ショウの方も遠慮しなくなっていた。

「気になる?」

「ま~な。エルドも気色悪いくらい、あいつには素直だし」

 ——俺なんか何時もツンケンされて、邪険にあしらわれてるってのに……

 何とも釈然としないゴムラツハに、話題の主が声を掛けてくる。

「ちょっとゴムラツハ、そんな処で油売ってないで、こいつらが休む天幕用意できてんのかい?」

「ああ、そっちの嬢ちゃんはお前が案内してくれ。俺は野郎どもを連れて行く」

「分かったよ。じゃあ、アルフィーネ。こっちだよ」

 門の前で一人一角獣の傍で所在なさげに(たたず)む亜麻色の髪の少女を呼び、エルドは体を返した。

 




―アルティアの森の中、エルティアの男二人の会話―
「おい、一体何処まで行く気だ? もう大分歩いたぞ」
「ああ、ちょいとな、ある奴を捜しててな」
「ある奴? 今度はどいつと()り合う気なんだ?」
「確かそいつは、群れで行動してるって聞いたな。すぐ見つかると思ったんだが、意外といねぇな」
「群れって……。おい、まさかそれって、森の蛮人(オーシグル)の事じゃないよな」
「よく分かったな。そのまさかだ」
「ばっ、何言ってんだ。噂じゃ一匹でもヤバいって奴なんだぞ。それを群れって、正気か?」
「ああ、だから俺がその群れの(かしら)()ってる間、他の奴等はお前に任せた」
「任せたじゃないっ。人を殺す気かっ!」
「大丈夫だ。お前が死ぬ前に頭を斃す」
「どっから出てくるんだよ、その自信。大体オーシグルは少なくても五、六匹で行動してるんだぞ。お前が一匹相手してる間に、俺は残り全部相手しなきゃならないんだ。どう考えたって、こっちの方が先に死にそうだ」
「そうなったら後の事は任せろ。ファラの面倒は俺が見てやるから、安心して成仏しろ。——お、いたぞ」
「ちょっと待て」
「じゃ、行くぞ」
「だから、待てって」
「他の連中は任せた」
「任せたじゃねぇよっ。くそぉっ、何がファラの面倒を見るだ。絶対生き延びてやるっ!」

 こうして嬉々としてゴムラツハがオーシグルの(かしら)()り合ってる間、雑木林の中を他のオーシグルの気を引きつつ逃げ回ったエルドとシグの父親は、()られる一歩手間の処で、木の根に蹴躓(けつまず)いて頭から突っ込んだヌルルの木の臭いのお陰で、九死に一生を得たのだった。
 これにより、ヌルルの木と実の活用法がエルティアで広まる事となる。
 ちなみに、もしここで彼が死んでいたら、エルドとシグは産まれていなかった。ある意味ヌルルの木は、エルティア姉弟の命の恩人といえる。
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