アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅷ —ダーナの邑(4)—

 昨晩、ゴムラツハ達は夕餉(ゆうげ)の後で改めてエルド達から事情を聞いた。ウィドの(むら)に何があったのかを。

 エルド達の話では、彼女達の邑は漆黒の(うごめ)く「闇」に襲われて邑人は皆そいつに呑み込まれ、今ウィドの邑には長老のエラドラしかいないという事だった。

 夏場の邑を整える先発隊は、エルド達が戻って来たら出発する事になっていた。だからその時邑にはまだ部族の全員がいたのである。その老若男女全てが、それから逃れる事は出来なかったのだ。エルーラの加護を持つエラドラ以外は。

 最初その話を聞いて、闇が自分勝手に動き回り、人を襲って呑み込んでしまうなどという突拍子ない話を、ゴムラツハ達はすぐには信じられなかった。

 だが、それならとエルドはエラドラから預かったこの国の宝珠エルーラを見せたのだ。清風の化身にして知識の女神であるヴァンデミーネの巫女エラドラが、決して手放さなかった神の力の宝石(いし)を。

 それだけで、ウィドの邑に只事ではないことが起こっていると認識させるのは十分だったが、エルドは更に今の話が真実であるとエルーラに誓ったのである。

 それによりダーナの部族は内心はどうであれ、その話を受け入れたのだった。

 同時に、ウィドの部族の要請として、彼女達がエルゼナから戻るまでに、速やかにエラドラを保護し、ダーナの邑に連れて来るとエルドに約束したのだ。

 既に一昨日の深夜遅く数人の邑人をウィドの邑に向かわせている。ゴムラツハ達はエルド達を見送ったらすぐに出発する予定だった。

「準備はできてるんだろうな」

「勿論。若長がエルドと(じゃ)れてる内にバッチリ済ませました。後準備できてないのは若長くらいですよ」

 ゴムラツハ相手にチクリと嫌味を取り混ぜて爽やかに言うあたり、ノマンもなかなかいい性格をしている。

「なら、先に行って皆に伝えろ。これから飲まず食わずでウィドの邑には二日で行くと」

「はぁ? ちょっ、ちょっと待った」

 自分のちょっとした嫌味に超弩級の強行軍宣言を返されて、ノマンは慌てた。

「それじゃ、先行した奴等を追い抜くってか、そんな真似体力バカの若長以外無理ですよ。第一それじゃ途中で確実に一角獣が潰れます」

「ちっ、どいつもこいつも根性ねぇな」

 ゴムラツハは痛烈に舌打ちした。

 根性がどうとかの話ではない。常識的に考えても、ノマンの意見はもっともだった。

「仕方ねぇ、一角獣が潰れない程度に急いで、まずは先行隊に追い付く。これでいいだろう」

「まぁ、それなら……」

 しぶしぶとノマンが頷く。

 それが妥当なところか。若長は自分を基準に物事を決める癖がある。こうやって軌道修正してやらないと、邑の衆を巻き込んで冗談抜きで無謀な事を平気でやりかねないのが困ったところだ。

 だからこそ、それを心配した族長は、息子と正反対な常識的で慎重な性格のノマンに補佐を頼んだのだ。息子を暴走させない為に。

「でも、どうしてそんなに急ぐんです。まさかあの話、本気で信じたんですか?」

「それはウィドの邑を見てからだ」

 一転して真剣な面持(おもも)ちでゴムラツハが答える。

 年に一度王都(エルゼナ)で開かれる部族集会(エルセイド)とは別に、特に重要な議案を話し合う族長だけの会合があるのだ。そこで、住民が丸ごといなくなった邑の事は以前から話に上がっていた。

 そしてそれは、局地的な事ではなくこの国中で起こっている事も。今では昔の四割にあたる部族の族長が顔を出さなくなっている。

 当然その事を不審がる人間は少なからずいた。去年来ていた部族の者が突然来なくなったのだ。その部族の者と交流があった者は特にそうだ。

 とはいえ、事が事だけに公にするにも時機を見る必要がある。宝珠(エルーラ)の担い手であるエラドラを交えた部族長全員の総意の許、それを知る者には口を閉ざす事をエルーラに誓わせ、公にはその部族は邑に流行病(はやりやまい)が流行し、邑人全員が亡くなったのだと発表していた。

 実際百年以上前にアーサス全域に流行った疫病によって、エルティアでも多くの人間が亡くなり、幾つもの部族がその時同じようにこの国から消えていたのだ。

 この事をゴムラツハが知ったのは、父親の代わりに次期族長として初めて会合に出た時だった。衝撃的な事実であり、父親同様エルーラに口外しないと誓ったゴムラツハも、自分の補佐をするノマンに教えてはいない。当然邑の連中にもだ。

 今回の件がそれと同じなのかは、実際自分の目で確かめてみる必要がある。

「それに、エルドが戻って来た時、ここに長老が居たら喜ぶと思ってな」

「結局そこですか」

 ニヤリと笑う若長に、ガクリとノマンは肩を落とした。

 ゴムラツハは産まれた時から知っているエルドが可愛いくてしょうがない、親バカならぬ小父(おじ)バカだった。

「さ、行くぞ」

 一角獣で駆け去るエルド達の姿が見えなくなると、ゴムラツハはノマンを促して(きびす)を返した。

 その表情(かお)は厳しく、先程までの諧謔(おど)けた雰囲気は微塵もない。

 後を付いて行くノマンが、その事に気付く事はなかった。

 

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