アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅷ —ウィドの邑(1)—

 夜の帳が上がり、白みかけた空が昇る陽に紅く染まる中、何処までも続く草原を疾走する複数の一角獣の蹄の音が響き渡る。

 何かに追い立てられるように走るそれらは、朝焼けの中に浮かぶ大小様々な天幕が立ち並ぶ姿を見て漸く立ち止まった。

「よし、着いたぜ」

「着いたぜ。じゃないですよ、ったく……」

 得意げに言い放つゴムラツハの横に一角獣を止め、疲れ果てたようにノマンぶつくさと愚痴を零した。

 確かに二日でウィドの(むら)に行くという無謀はしなかった。無茶な飛ばし方をして半日で先行した奴等に追い付いた後は、一角獣が潰れない程度には休みを取った。

 だが、道中立ち寄れる邑の跡地を全部すっ飛ばし、一直線にここを目指した為に草原のただ中で野営する羽目になったのだ。

 お蔭でどんなに急いでも五日掛かる道程を、三日程でここまで来られたのだが、その道中が酷すぎた。

 野営する人間は狩り易いと思ったのか、毎日深夜自分達が寝静まった頃を狙ってジャルガの群れが襲ってくるのだ。若長が嬉々として全部体術で返り討ちにしていたが、毎夜の乱闘騒ぎでゆっくり休めないから全員寝不足気味になった。

 なのに、若長は全然平気で昼間も限界ぎりぎりまで一角獣を駆るから、付いて行く自分たちは休む間もない。

 それに邑に立ち寄らないから当然水は手に入らない。仕方なく草原に生える比較的水分を多く含んだ草を噛んで喉の渇きを(しの)いだが、青臭いわ、苦いわでホントは口にしたくないのだが背に腹は代えられなかった。

 一角獣でもあるまいし、何故人間の自分達が草の汁なんぞで喉の渇きを癒やさなきゃならないんだと、声を大にして若長には文句を言いたかった。

 けれど、若長は手持ちの水を全部自分達に渡し、道中草汁以外口にしなかったのを見るととても言えない。

 その上、ちょっと目を離すとすぐに独りで先に行こうとする若長を捕獲具(ボーラ)で捕まえ、その都度くどくどと言い聞かせなければならない自分の苦労は並大抵のものではなかったのだ。

 一角獣の脚を止めた事で、全員その(たてがみ)に顔を(うず)めて動かないし、何人かはずり落ちて草の上に大の字になって意識を手放している。

 元気ハツラツなのは体力バカの若長くらいだ。

 ——俺だって寝たい……

 でも、何をやらかすか分からない若長を野放しにはしておけない。

 羨ましそうに眠りこける連中を見ていたノマンは、恨めしげに腕を組んで前方の邑を見据えるゴムラツハをチラリと見やって溜息をついた。

 この若長の無謀に長年付き合っていたエルドの親父殿はつくづく尊敬に値する。

 陽が昇り始め、ウィドの邑の天幕に光が射してシルエットが鮮やかに色彩を帯びる。

 その正面、頑丈な柵の門が大きく開け放されている事に気づき、ゴムラツハは表情を険しくした。

「おい、ノマン」

「え? あ、はい」

 半分意識を飛ばして走馬灯のように今までの事を思い出していたノマンは、ハッと我に返って横の若長の顔を見る。

「どうしたんです?」

 いきなり険しくなった若長の表情(かお)と声に、ノマンは怪訝そうな顔をする。

「門の前に人がいねぇ」

 家畜に遠くの草を食べさせるため、夜が明ける前に邑を出発するのに今頃門を開ける事はよくある。だが、開け放したままで門の前に誰もいないのはおかしい。邑の中に草原の盗賊(ジャルガ)等の危険な野獣の侵入を許してしまう事になる。

 お婆様を独り邑に残してきたと言ったエルドが、門を閉じずにここを出たとも考えられない。

「確かに変ですね」

 ノマンも若長の言葉にウィドの邑の門を確認して眉根を寄せる。

 門が開いているなら、そろそろ天幕のあちこちで朝餉(あさげ)の準備の煙が上がってもよさそうなのに、邑の中は寝静まっているかのように人の動く気配がない。

 エルドの話を半信半疑で聞いていたノマンは、夜が明け切らない前に他人の邑に乱入するような真似はしないよう、若長に口酸っぱく言ってはいたが、流石にそうも言ってはいられないようだ。

「おい、皆起きろっ!」

 眠りこける連中を大声で叩き起こす。

 殺気すら感じさせる怒声に、ギョッとして何人かが何事かと跳ね起きた。

「な、なんだ?」

「これからウィドの邑に向かう…って、ちょっと若長、待って下さいよっ」

 起きたばかりで状況が飲み込めない連中に、ノマンが説明しようと口を開いた横で、さっさとゴムラツハが一角獣を駆ってウィドの邑に突っ走っていく。

「ったく……」

 邑の中が心配なのは判るが、指示を出す者が真っ先に飛び出したらダメだろう。

「俺も先に行く。寝惚けてないで、まだ起きない奴を叩き起こせ。お前等もとっとと来いよ」

 ノマンは寝起きのダーナの男衆にそう言い放つと、そのままゴムラツハの後を追った。

 

 

 茜色の髪をした自分の補佐の制止の声を無視し、ゴムラツハは一角獣を駆って一気にウィドの邑の中に飛び込んだ。

 だが、驚いて天幕から出て来る者は誰もいない。

 止らずに中央の井戸のある広場に駆け込み、思わずゴムラツハは手綱を引いて一角獣から飛び降りる。

 井戸の周りは家畜の屠殺場と化していた。

 腹を食い破られ、骨と皮だけになったヌゥート等の家畜の残骸が、流れた血で赤黒く染まった地面のあちこちに散乱している。状態からしてまだ真新しく、数日と()っていないだろう。

 ジャルガに()られたのだ。周りを囲んでここに追い詰め、逃げられないようにして。

 エルティアの者にとって家族とも言える家畜の凄惨な最期を目の当たりにして、ゴムラツハはギリッと奥歯を噛みしめた。

 そして、直ぐさま邑の最奥にある長老の天幕へと向う。

 一際大きな天幕の中に何かが動く気配がある。

 ゴムラツハはそっと天幕の入り口に近づき、中の様子を窺った。

 何時も長老が座っていた囲炉裏端の奥に、ごそごそと何かを漁るモノがいる。

 それは灰褐色の体躯の四つ足の獣だった。

 ——ジャルガっ。

 バッと入り口に垂れる布を払い除け、ゴムラツハは中に飛び込んだ。

 それに驚いたジャルガが振り返る。

 その口にはズタボロになった深緑のショールが(くわ)えられていた。何時もエラドラが身に(まと)っていたそれを。

「野郎っ」

 それを見た途端、ゴムラツハは怒気を破裂させた。

 一足飛びにジャルガとの間合いを詰めると片足で鋭く顎を蹴上げ、そのまま体を捻って回し蹴りを胴体に叩き込む。

 身構える間もなく距離を詰められたジャルガは、強烈な蹴りを顎に受けて体が浮き上がった処へ、今度は更に情け容赦ない激烈な一撃を腹に浴びせられた。

 首がゴキッとあらぬ方向に曲がり、ぐしゃりと肋が粉砕されたジャルガは、豪快に天幕の柱に叩きつけられてその下にずり落ちる。

 動かぬ骸と化したジャルガに鼻を鳴らし、ゴムラツハはぼろ切れとなった深緑のショールを拾うと囲炉裏端付近を見回した。

 エルド達が残るエラドラの為に置いたと思われる食料は皆食い荒らされていたが、人の骨らしきモノはなかった。

 それを確認してゴムラツハはホッとする。

 だが、それなら長老は何処へ行ったのか。確か数年前から足腰が悪くなり、独りでは満足に歩くとこもできなくなった筈なのだが。

 天幕の中に居ない事を再度確認すると、ゴムラツハは一旦井戸の所に戻った。

 そこには二頭の一角獣の手綱を手に、ノマンが目の前の死臭漂う惨状に呆然としていた。

「若長、これは一体……」

「ジャルガが邑ン中にいる。他の連中はどうした?」

 ゴムラツハは(かす)れた声で問うノマンに、ぼろぼろになった深緑のショールを放りながら言葉短く答え、鋭く問い返す。

 その声音に抑え切れぬ怒気を感じ、ノマンは表情を引き締めた。

「もうすぐ来ます」

「なら、来たら門を閉めろ。中のジャルガは一匹も逃すな」

 厳命し、補佐の返答も待たずにゴムラツハは(きびす)を返す。

 何処へ行くか察したノマンは、ぼろ切れと化した深緑のショールを手に、若長の言葉を実行すべく門へと向った。

 ゴムラツハは一人、勝手知ったるウィドの邑の中を迷いなく通り抜け、ある天幕の前に立った。

 鮮やかな藍色の地にエルティア特有の複雑な文様を織り込んだ布を張った天幕だ。

 その入り口にある垂れた布に手を掛け、ゴムラツハは勢い良く払い除ける。

 中は見覚えのある家財道具が置かれた、エルティアではごく一般的な内装だった。

 だが、こうやって訪ねれば何時だって暖かく迎えてくれた者の姿は、何処にもない。

「ラドネス、ファラ……」

 ポツリと呟き、ゴムラツハは胸の痛みを(こら)えるようにぐっと拳を握り締めると、もう振り返る事なくその場を後にした。

 

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