アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅷ —ウィドの邑(2)—

 ノマンはダーナの連中が全員(むら)の中に入ると、直ちに門を閉めさせた。

「どうしたんだよ、一体」

「邑に入るのは、陽が完全に昇ってからって言ってなかったか?」

「眠い……」

「——み…水をくれ。草の汁はもう嫌だ…」

「腹減った……」

 問答無用で叩き起こされた男達は、訳も判らずまだ人が起きやらぬ静まり返った他邑に押し入る形となり、口々に疑問と切実な欲求を口にした。

 若長の強行軍に付き合わされてここまで来たのだ。もう少し休ませて欲しいと。

 大体常識人のこいつも、無作法な真似はしないように若長に口酸っぱく言ってなかったか?

 だが、それには答えずにノマンは端的に事実だけを口にした。

「この中にジャルガの群れが入り込んでいる」

「なにっ!?」

「ホントかよっ」

 一気に目が醒めた男達の間に緊張が走る。

「ああ、井戸端は食い散らかされた家畜の死骸だらけだし、長老の行方もまだ判らない」

 ノマンはゴムラツハから受け取った深緑のぼろ切れを皆に見せる。

 見覚えのあるぼろぼろになった古びた肩掛けに、全員の顔が強張(こわば)った。

「若長は、なんて言ってた?」

「ジャルガは見つけ次第始末しろ。それだけだ」

 このショールを投げて寄越しただけで、若長はウィドの長老が居たとも、遺体があったとも言わなかった。この布もぼろぼろだが血らしきシミは見当たらない。まだ生存の可能性はゼロじゃなかった。

「若長は今一人で邑の中を見回っている。俺達も手分けして邑ン中を捜索するぞ」

 生きている邑人がいたら保護し、ジャルガは皆殺しだ。

「判った。俺達は西を回ってみる」

「若長はエルドの家のある南に向った」

「じゃあ、俺等は東だな」

「残りは北を頼む」

 手早く分担を決めると、一同は素早く邑の中に散っていく。

 ダーナの男達による一斉捜索が始まった。

 手当たり次第天幕を覗き込み、声を掛けていく。そして、見つけたジャルガを片っ端から(ほふ)っていった。

 群れられると厄介なジャルガだが、一匹づつならそれ程でもない。

 そうやって半日掛けて草原の盗賊どもを掃討しつつ邑の中を回った結果、判った事はこの邑はもぬけのカラだという事だった。物は全てそのまま残っているのに、邑の長老や族長を始めとする邑人の姿はおろか、死体すらなかった。まるで全員が何も持たず、着の身着のままで邑を捨てて何処かへ行ったような感じなのだ。

 ジャルガはその捨てられた邑に入り込んでいただけのように見えた。

「どういう事だ?」

「エルドの話はホントだったて事か?」

 (うごめ)く「闇」が邑人を呑み込んで誰も居なくなったのだと。

 ここに至るまで今一顔馴染みの少女の証言を信じ切れていなかったダーナの男衆は、静まり返った邑を見回し、今まで感じなかった異様な雰囲気にゴクリと喉を鳴らす。

「本当に誰も長老の姿を見た者はいないんだな?」

 門の所に揃った全員の顔をぐるりと見回し、ゴムラツハは再度確認した。

「ああ、捜せる所は全て捜したんだ」

「いたのはジャルガだけだった」

 皆頷き、口々に断言する。

 その答えに、ゴムラツハは苦々しげな表情(かお)になった。

 ジャルガは余計だが、この状況は部族長の会合で知らされた邑人消失後の邑の状態そっくりだった。まさか本当に女神ヴァンデミーネの巫女がいるこの邑に、そのような事が起こるとは思わなかった。

 しかし、エルドはお婆様だけは無事だったと言っていたのだ。だからこそあそこまで無茶をやらかし、自分に迎えに行くよう頼んだのに、これは一体どういう事なんだ?

 ゴムラツハは訳が判らなかった。

 これではエルドとの約束が果たせない。嘘つきと盛大に自分を(なじ)朱毛(あかげ)の少女の姿が脳裡を()ぎり、知らず嫌な汗が背中を伝う。

「若長、取り敢えず皆を休ませないと」

 渋面を作って悩むゴムラツハにノマンが声を掛ける。

「一応この邑ン中の安全は確保できたんです。何処か適当に天幕借りて休んだ後、改めて今後どうするか話し合ったらどうです」

「ああ、そうだな」

 疲労の色が濃い皆の顔色を見て、よく気の利く補佐に頷いたゴムラツハは、不意にハッとして振り返った。

 堅く閉じられた門のすぐ傍に、黒いマントのフードを目深(まぶか)に被った者が一人ひっそりと佇んでいた。

 今、この邑には自分達しかいない筈。門も開いた音はしなかった。

 なのにどうやって中に入ったのか、今の今まで気配すら感じなかった。

「誰だ?」

 油断なく身構え、ゴムラツハが問う。

 それに答えず、黒マントは訊き返してきた。

「其方等、エルーラを持った者が今何処におるか知ってるかえ?」

 ——女?

 透明感溢れる中に、ゾクリとするような艶めかしさを感じさせる声だ。

 ——エルーラの知識を求めてここまで来たのか?

 それはよくある事だった。他部族や他国の者が、エルーラの知識を求め、その巫女に相談を持ちかける為に遠路はるばるこの邑にやって来る事は。

「長老なら、今ここにはいない」

「ヴァンデミーネの巫女などどうでもよい。(わらわ)が知りたいのは現在持っておる者のことじゃ」

「………」

 ——この女は長老がエルーラを手放した事を知っている。

 既に会っているのだ。それも、エルド達がここを出た後に。

 そして柵の門を開け放し、ジャルガどもをこの邑に引き込んだのも——

 エラドラに最後に会ったのはこの女だと直感したゴムラツハは、怒気を漲らせて女を()め付けた。

「長老を何処にやった?」

「其方が(わらわ)の問いに答えるのが先ぞ」

 自分にとってどうでもいい質問など捨て置き、女は自分の問いの答えを促す。

 人を無視した傲慢な物言いが気に食わず、ゴムラツハは語気を強めて言い返した。

「いいや、先に訊いたのは俺だ。——お前は誰だ? 長老を何処にやった?」

「——どうやら答える気はないようじゃの」

 煩わしげに溜息をつき、黒マントの女はつと前に出た。

 緩慢な動きだというのに、一瞬にして緋色の蓬髪の男の前に立つ。

「っ!?」

 何の反応もできずに簡単に接近を許した事に、ゴムラツハは愕然として目の前の女を見た。

「其方が言わずとも、知る(すべ)など幾らでもあるぞえ」

 ニッと笑みの形に紅い唇を歪め、黒マントの女はフードの奥底から驚く男の顔を覗き見た。

 女の深紅の瞳が、見開かれた暗褐色の目を捉える。

 言いようのない悪寒が全身を駆け抜け、ゴムラツハは咄嗟に視線を逸らそうとした。

 だが、それに魅入られたかのように、目を離す事ができない。

 そして、深紅の双眸の上、緋色に妖しく輝くもう一つの瞳を目にした途端、ゴムラツハは意識を手放した。

 

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