エルティアはその国土の大半を緑なす草原で占められていた。
だが、今から百年程前、この国の交易路の交わる場所に位置するエルティア唯一の定住都市《
そして、セヴァン河の水が完全に干上がった後も荒れ地は草原を浸食し、今では草原の五分の一以上が荒れ果てて赤茶けた土が剥き出しになっていた。
ダーナの
その辺りになると草も丈の短いものしかなく、身を隠す所と言えば所々
それから三日目の事である。
突如、草原が終わった。
じわじわと染み込むように、緑の絨毯が赤茶けた土へと変わってしまっている。
「ゴムラツハは荒れ地が広がっているって言ってたけど、もうこんな所まで……」
一角獣を止め、エルドは眼前に広がる無残な赤茶けた大地を見回した。
「前は、まだずっと先まで緑だったんだぜ」
以前ここに連れてきて貰った事を思い出し、シグがショウ達に説明する。
「随分広がっちゃったよなぁ。昔はこんな荒れ地なんか全然なかったって、お婆様は言ってたのに」
「いつ頃からこんなになったんだ?」
何気なくショウが訊く。
「うーんと、百年位前
「エルゼナって、これから行く所だろ? 百年も人が住んでないんじゃ、王宮の書物庫なんか荒れ放題なんじゃないか?」
ショウは不安になった。苦労してエルゼナに行ってもヴィルドヒルへの手掛かりが残っていないのでは、無駄足もいいところだ。
「大丈夫さ。王宮の書物庫は女神ヴァンデミーネに護られているからね。お婆様が言ってただろ。これがないと開かないって」
ぽんっとエルドは宝珠を仕舞った上着の懐を叩く。
「あ、ああ……」
確かにそうだ。行ってもみない内からあれこれ心配しても始まらない。信じるしかないと、ショウは自分に言い聞かせた。
「それで、この荒れ地をどうやって越えるんだ?」
気を取り直し、見渡す限りの赤茶けた荒れ地を指してショウが訊く。
殆ど草木のない荒れ地を幾日も旅するには、食料と水は絶対に欠かせない。取り敢えずダーナの邑から干し肉などの十分な食料を貰ってきたが、水の方はいささか心許なかった。
「この先はエルゼナまでずっと荒れ地だけど、所々に湧き水が出ている場所があるんだよ。それに沿って行けば干上がらずに辿り着けるのさ」
王都が一夜にして無人となった後、女神ヴァンデミーネの巫女エラドラの提唱により、年に一度各地に散らばっている全部族の代表者がこの廃墟となった王都に集まり、それぞれの無事を確認し、持ち寄った様々な情報と品物を交換し合う様になった。
その為百年もの年月を掛けて踏み固められたそれは、何の目印もない荒れ地の中ではっきりとその道筋を示すまでになったのだ。地図や道標がなくともこの上を通って行けば、余程の事がない限り湧き水の出る場所まで行けるのである。
「成程、その道から逸れない限り安全って訳か」
「そういうこと」
得心がいったショウに頷き、エルドは手綱を引いて一角獣の向きを変える。
「まずはこっちの方だよ」
見渡す限り荒涼とした大地の上に刻まれた一筋の道に、四人は足を踏み入れた。
一角獣が大地を蹴る度に赤茶けた土埃が舞い上がり、後方へと散っていく。
慈雨の月に入っている筈なのに空には一片の雲もなく、草木のない剥き出しの大地に容赦なく陽が照りつける。
所々に岩場が点在するだけの荒れ地は、その熱に
そんな中で岩場の裂け目から流れ出る湧き水は、まさに
ショウは両手で湧き水を受け止めて喉を潤し、ついでに汗が流れ落ちる顔も洗い、頭を左右に振って水気を払った。
「はぁ、生き返る……」
しみじみと呟いて辺りを見回す。
湧き水の周辺以外に殆ど草らしい草もなく、自分達以外に動くものの気配もない。時折天高くに大きな翼を広げた鳥の姿を見るくらいだ。
持っていた水も暑さの余り飲み干してしまい、ここに辿り着くのがもっと遅かったら、間違い無く干涸らびて動けなくなっていただろう。それくらいこの荒れ地の環境は劣悪だった。
最後に中身を飲み干した皮製の水筒の中に水を入れ、ショウは水の湧き出る岩場の裏に回った。
そこに先に湧き水を利用したエルティアの姉弟と、早々に暑さにやられたアルフィーネが僅かにある日陰の中で休んでいた。
「兄貴、暑いだろ。早くこっち来いよ」
やって来たショウを見て、シグが手招きする。
「ああ、ありがとう」
それに応えながら、ショウは岩にもたれ掛かって座るアルフィーネの許に向かった。
「大丈夫か?」
岩に手をついて少し前屈み気味に水の入った水筒を差し出す。
ぐったりとしていたアルフィーネは、はっとしたようにショウを見上げた。
「……はい、すみません」
水筒を受け取り、申し訳なさそうに言う。
まだ先は長いというのに、荒れ地に入って二日目にして一人だけ体調を崩してしまって情けなかった。やっぱりエルドの言うように付いて来なければ良かったのかも知れない。
そう思うと余計悲しくなってくる。
一方ショウは今までと違い、ビクつかずに素直に水筒を受け取ってくれてホッとした。
やんわりとアルフィーネに早く飲むように勧める。
「その水、汲んだばかりで冷たいから」
「は、はい」
ショウに言われて水筒に口を付けたアルフィーネは、ふとさっきまで半分ほど陽に当たっていた体がすっぽりと日陰の中に入っていることに気付いた。
自分に覆い被さるように立ち、ショウが日陰を作ってくれていたのだ。
「あ……」
「ん?」
「い、いえ」
思わず漏らした自分の声に首を傾げるショウに、慌ててアルフィーネは
いつもこんな風に何気なく気遣ってくれる。ずっと、目覚めた時からずっとそうだった。
そして、侍女でしかない自分を、
——それなのにわたしは……
ダーナの邑でエルドにショウの気持ちを知らされて反省した筈なのに、どうしても
こんな事では本当にエルドの言うように、ショウの役に立つ処か、ただのお荷物にしかならない。
そう思うと、まともに彼の顔が見れないアルフィーネだった。