アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅸ —荒れ地(2)—

 相変わらずぎこちない二人の様子を少し離れた日陰から見ていたエルドに、もう一度水を飲みに行って帰ってきたシグが声を掛けた。

「なぁ姉ちゃん、なんか変だとは思わないか?」

「なにが?」

「何時もなら、トカゲや虫の一匹くらい見かけるだろ」

 一見居ないように見えて、不毛の大地となった荒れ地でもそこで暮らす生き物が必ずいる。それらは人間より遙かに逞しかった。

 なのに、今は岩場の陰を覗いても姿形すらない。

「この暑さだからね。何処かもっと涼しい所にいるんじゃないのかい。あたしらだってこんな暑い時期にここに来たのは初めてなんだし」

 ここを通って年に一度開かれる部族集会(エルセイド)も、もっと涼しくなった秋の終わりくらいにやるのだ。幾ら荒れ地に住んでいて暑さに強いといっても、活動するのはこんな暑い最中ではなく陽が暮れてからだろう。

「それもそうか」

 姉の言い分に一応納得したシグは僅かになった日陰の中で、ふと何時の間にか何やらごそごそと一角獣の荷物を漁っている黄金の髪の連れに目をやった。

 ショウは目当てのものを見つけると、それを荷物の中から引っ張り出していた。

 寝る時に使う天幕である。荒れ地は夜冷えるので寒さを防ぐ天幕は必需品だった。

 何をするのかとエルドとシグが見ていると、ショウはそれを持って岩場の上に登った。

 丁度コの字に窪んだ岩場の上で天幕を広げ、その端を転がっていた石などで押さえていく。

 そうするとコの字に窪んだ岩場の下が陰になった。四人が入っても十分な広さがある。

 その仕上がりに満足したショウは、まずアルフィーネをその中に座らせた。

「エルド、シグ。こっちに来いよ」

 振り返って他の二人にも声を掛ける。

 それに応えてエルティアの姉弟はすぐにやって来た。

「へぇ、また面白いことやったね」

「もうじき陽が真上に来て、日陰がなくなるだろ」

 だから日陰の代わりを作ってみたのだ。周りが岩だらけで風が通らないので余り涼しいとは言えないが、直射日光に(さら)されるよりはましだろう。

「ここで日暮れまで休んで、陽が沈む頃に移動すればいいんじゃないか」

 できればこれからずっと。日中移動するのにこの暑さは流石にキツい。

 だが、エルドは難色を示した。

「うーん、それはちょっと無理かな。今は暑いけど、夜になると結構冷え込むんだよね」

 今はまだそれ程ではないが、荒れ地の奥地に進むほどそれは顕著になる。焚き火の近くや天幕の中に居れば大丈夫だが、風切る馬上では余計その寒さは身に沁みる。今のような薄着では絶対に風邪を引いてしまうだろう。

「それに、月明かりだと道の跡が判りづらいから、迷っちまうかもしれないからね」

 明るくなって道を外れていたと判ったら目も当てられない。湧き水の場所に辿り着けなくて野垂れ死ぬ事にもなりかねないからだ。

「そうか……」

 これ以上アルフィーネの体に負担を掛けないようにと思って言ったのだが、そういう理由(わけ)なら仕方ない。

「じゃあ、エルド。悪いけどお前の一角獣にアルフィーネを乗せてくれないか?」

 すまなそうにショウが頼む。

 これから先、彼女を一人で一角獣に乗せるのは不安だった。ここに着くまでも辛そうに一角獣の首に(すが)りつくようにして乗っていたのだ。本当は自分が乗せてやりたいが、アルフィーネはきっと嫌がるだろう。

 そう思って頼んだのだが、それにエルドが答える前にアルフィーネが口を開いた。

「あの、乗るならエルドじゃなく、ショウの一角獣に——…」

 そう言いかけて真っ赤になって口籠もる。

 このままではいけないと勇気を振り絞って言ったものの、今まで散々避けて来きたのに、今になって一角獣に一緒に乗りたいだなんて。変に思われたかもしれないと思うとその後が続かなかった。

「…——えぇっと、俺と一緒に一角獣に乗るって事でいいのかな?」

 途惑い気味にショウは確認してみる。

 まさかアルフィーネの方から、そんな事を言ってくるとは思わなかったのだ。

 ——そう言えば、前にも似たような事があったよな……

 確か茶会の後気まずくてギクシャクしていた時、自分の態度は変わらないのに、突然アルフィーネの機嫌が良くなった事があった。

 ——これは、あの時と同じってことなんだろうか……

「はい、ショウが嫌でなければ」

「嫌だなんて、俺は別に構わないから」

 遠慮がちに言うアルフィーネに、ショウはこれで元に戻れるならと快く了承した。

 何となくいい雰囲気に、こそっとシグが隣に立つ姉に(ささや)く。

「姉ちゃん、おいら達ってもしかしてお邪魔虫?」

「心配事が一つ減っただけだよ」

 余計な事を言う弟の頭にゴツッと拳を落とし、エルドは小さく安堵の息をついた。

 二人に(わだかま)りさえなくなれば、この先の道中に何かあっても最悪の事態は避けられそうだ。

「それじゃ、昼餉(ひるげ)にするよ。それから少し休んで出発だから。今日は次の湧き水の所で休みたいからね」

 その場をまとめてエルドは今後の予定を口にする。

 それに応え、それぞれが動き出す。

 その四人の様子を、かなり離れた岩場の陰から窺う黒い影が、すっと消えていったのに気付く者は誰もいなかった。

 

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