——まいったなぁ…
でもまぁ、人捜ししなくても良くなった分だけ、まだマシか。
気を取り直し、地名の判る人を紹介してもらうべく、晶は険しい表情で考え込んでいる宮廷薬師の男に声を掛けようとした。
が、それは、焦ったような少女の声によって遮られた。
「おじ様っ、おじ様—っ」
「ああ、ここだ、アルフィーネ。噴水の所だよ」
考えるのを止め、エイルが少女の声に応える。
その声に引かれるように、長い亜麻色の髪をした少女が、横手後方の緑溢れる灌木の間の白い石畳の小道を駆けてきた。
ベンチより立ち上がってエイルが少女を出迎える。
「お…おじ様、皇子は——」
ずっと走ってきたのか、息も荒く問う少女の声は、エイルの肩越しにベンチから立ち上がった晶の姿を見た途端途切れ、満面に安堵の色を浮かべる共に潤んだセピア色の瞳からポロポロと涙がこぼれだした。
「——…よく…ご無事で……」
声を詰まらせ、やっとそれだけを口にした少女は晶の前まで足を進め、思わずその胸に顔を埋めた。
「ちょっ、ちょっと、あの——」
意外な展開に、晶は顔を真っ赤にして
生まれてこの方、感涙むせぶ少女に抱き付かれた事など一度もない晶である。軽くあしらうどころか、狼狽え焦って役得とばかりに抱き返すなんて思いも及ばない。
晶は当惑顔で救いを求める様に少女の
それを見て、エイルが軽く咳払いをする。
「アルフィーネ、淑女たるものは、いきなり男性に抱き付いたりなどしないものだよ」
のんびりとした口調で教え諭すエイルの声に、アルフィーネはハッとした。
「も、申し訳ございません」
慌てて晶から離れ、顔を赤くしながら平謝りする。
そのアルフィーネの肩に手を置き、エイルは晶に彼女を紹介した。
「この
そう言うと、また晶の反応を伺うように言葉を切った。
晶はというと、「はぁ、初めまして」と間の抜けた反応を返しただけである。
「やはり、お判りになりませんか」
「お、おじ様、これは一体…?」
戸惑って自分を見返すアルフィーネに、エイルは深い溜息と共に応えた。
「目覚められたばかりで、まだはっきりとしないのだが、どうやら皇子はあの事故で、忘れ
「そんな——!?」
両の手を口許に当て、アルフィーネは息を呑んだ。
やっと目覚められたと思ったのに——
喜んだのも束の間、アルフィーネは目の前が真っ暗になる思いだった。
「皇子、本当に何もかも、忘れてしまわれたのですか?」
アルフィーネが晶にすがるような瞳を向ける。
恨みがましそうに晶は
——自己紹介はしたはずだ。他人の空似で、全くの別人だと。それを何故この
もっとも、晶にはその嘘に同調してやる義理などないが。
「えぇっ…と、アル…フィーネさん?」
ひたむきなセピア色の瞳に見詰められて、晶は自分が悪いわけじゃないのに、少女に真実を告げるのがこの上もなく悪いことのように思え、妙な後ろめたさを覚えた。だが、今ここで言わなければ、バレた時にこの宮廷薬師の男に責任転換も出来なくなる。
「俺は皇子なんかじゃない。君のおじさんにも言ったけど、人違いなんだ」
「人…違い……?」
「そう、俺はS市在住の高校生に過ぎないの」
自信たっぷりにキッパリと言い切る晶の言葉に、アルフィーネはどちらの言い分が正しいのか判断付きかね、自分の養い親に救いの目を向けた。
エイルは溜息をつき、諭すような調子で晶に語りかけた。
「皇子、記憶を失って不安なのは判りますが、そのような偽りの記憶に身を任せても何の解決にもなりませんよ」
目の前の少年が皇子であると微塵も疑っていない口ぶりだ。
晶は自分の存在を否定されて、気分は最悪だった。
「人違いだって言ってるだろっ。俺がその皇子だっていう、確たる証拠でもあるっていうのかよ!?」
気持ちがついつい言葉に表れ、語気も荒くなる。
が、エイルは悠然とそれを受け止め、柔らかに微笑んだ。
「証拠ですか? 勿論ございます。貴方の瞳の色、それに目元と頬の輪郭はカムラス王にそっくりですし、それに貴方の襟元にある小さな星形のアザ、その大きさ形、そして位置とも王と同じです。つまりそれは、貴方と王が親子であるとの確かな証ではありませんか?」
「………」
息を呑んで晶は思わずばっと襟元に手を当てた。
目の色や顔つきは、そのカムラス王の事を知らないから何とも言えないし、自分では見えない位置のアザなんて一々憶えていない。
せめて、アザがあるかどうか確かめられれば……
晶は無意識に鏡を求めて辺りに視線を走らせた。
そして、あった。
鏡ではないが、その代用となり得るものが。
晶は目の前の噴水のある池に走り寄った。
噴水の飛沫で水面は多少揺れてはいるが、それでも鮮明に姿を映せないわけではない。これでエイルの言う星形のアザがあるかどうかはっきりする。
晶は
揺れる自分の襟元に、星形のアザが同じく揺れていた。
だが、晶の意識はそこにはなかった。
「な……んだ、これ……」
大きく目を見開き、愕然と水面に映る自分の姿を凝視する。
「これが……俺…だって、いうのか」
信じられないという風に
飛沫が上がり、乱れた水面の中のもう一人の自分がかき消された。
だがそれも、波紋が静まると共にゆらゆらと揺れながら、再び晶の目の前にその姿を現した。
驚愕に満ちた