アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅸ —草原の盗賊(ジャルガ)(1)—

 ジャルガはその名の通り、草原などで群れで草食動物などを狩って暮らしている肉食獣だ。貪欲で抜け目なく、邑人達の隙を()いてはよく家畜を獲って行くので、エルティアでは嫌われ者だった。

 その草原の盗賊が、獲物もいない荒れ地の奥までやって来るなど、普通では有り得ない。奴等の事を良く知るエルティアの姉弟が驚くのも無理なからぬことだった。

 とはいえ、現にこうして目の前にいるのだ。しかも自分達を狙って。

 叩き落とされたジャルガがむくりと起き上がり、自分を邪魔した人間に体を返すと苛立たし気に吠える。

 その声に呼応するように、焚き火の明かりが届かぬ周囲の暗闇に、対になった燠火(おきび)にも似た赤い光点が浮かびがる。それは一つ二つと次第にその数を増し、四人の周りを遠巻きに隙間なく埋め尽くした。

 獣の吐く生臭い息と共に低い唸り声が辺りを覆う。

 流石に草原の盗賊と言われるだけあって、気配を殺して獲物に近づくのが上手い。

 何時の間にか、ショウ達は岩場を背にジャルガに囲まれてしまっていた。

 荒れ地に自分達を襲うものなどいないと気を抜いていたとはいえ、こんなになるまで気付かなかったとは。エルドは自分の迂闊さ加減に歯噛みした。

 すぐに襲って来ないのは、焚き火の炎が怖いからか、それとも単に様子を見ているだけなのか。ジャルガの鋭い双眸が刺すようにショウ達に向けられていた。

 焚き火を背にアルフィーネを庇うように立ち、ショウは腰の剣を抜いた。

「戻れ、エルド」

 叩き落とされて自分に標的を変えたジャルガに剣先を向け、身構える。

 同時にショウは周囲のそれらにも油断なく視線を走らせて牽制した。

 少しでも隙を見せたらおしまいだ。一斉に襲い掛かってくるだろう。

「ゆっくりと戻るんだ。離れていちゃ危ない」

「だけど、一角獣達をあのままにしてはおけないよ」

 強い蹄と鋭い角を持つ一角獣はジャルガも一目置いている。余程の事がない限り奴等が襲うことはなかった。

 だが、今は手綱を木に縛り付けられて、自由に身動きできないでいるのだ。こんな状態ではいくら一角獣でも分が悪すぎるし、抜け目ないジャルガが見逃すはずがない。

 まだ半分以上ある厳しい道程(みちのり)を、一角獣無しでエルゼナに辿り着ける自信はなかった。

 どちらにも行けず、エルドはその場から動くに動けない。

 夜の静寂(しじま)に、緊迫した空気が重くのし掛かる。

 カタリと、焚き火から焼け落ちた薪が、音を立てて赤茶けた地面に転がった。

 それが、合図となった。

 対峙していたジャルガがショウに跳びかかる。

 それを迎え撃ってショウは剣を一閃させた。

 エルドも瞬時に反応し、一角獣の許に行こうとする。

 それを遮るように、地を蹴って一足跳びにジャルガが襲い来る。

 刹那、エルドはクロスボウの矢を放った。

 矢は狙い違わず、跳び上がったジャルガの首筋を貫いた。

 血反吐を吐いて、ドサリと草原の盗賊が地に落ちる。

 それを避けてエルドは後ろに跳び退く。

 一角獣との距離が更に広がった。

 行く手を阻むジャルガどもに、苛立たしげにエルドは舌打ちする。

 矢筒を持ってきてない。

 代えの矢がない以上もうクロスボウは使えなかった。

 後持っている武器は短剣だけだ。

 クロスボウを捨て、短剣を手に身構える。

 唸り声を上げて対峙する二匹がのそりと前に出る。

 その体に、いきなり端に重石を括り付けた数本の縄が巻き付いた。

 シグが投げたのだ。

 束ねた数本の縄の先端に重石を付けた、ボーラと呼ばれる捕獲用の道具だ。これを投げて獲物の肢体に巻き付けて身動きできなくするのである。

 体を繋がれてもがく二匹を、すかさずエルドは短剣で仕留める。

 その脇をシグが走り抜けた。

「姉ちゃんは兄貴を援護して。一角獣はおいらが何とかするよっ」

 すれ違い際に姉に矢筒を放り、そのまま枯れ木に繋がれた四頭の許へ向う。

 一角獣達はまだ健在だった。その場から逃げられずとも、自慢の蹄で次々と群がる草原の盗賊どもを蹴散らしている。

 だが、それも執拗に攻撃を仕掛けるジャルガ達相手に何時まで持つか判らない。

 早く枯れ木から四頭を解き放たなくては。

 とはいえ、一角獣は群がるジャルガに容赦なく蹴りを入れているのだ。

 そのただ中に突っ込んで、うっかりその蹴りを喰らったりしたら、只では済まない。

 腹を蹴られて悶絶するジャルガの姿に自分を重ね合わせ、シグはゴクリと生唾を呑み込んだ。

 でも、自分から言い出したのだ、ここで引く訳にはいかない。

 自分に意識を向けるジャルガを投石具(ナルク)で石を飛ばして牽制し、シグは中に飛び込むタイミングを測った。

 眼前で一角獣の一頭が、跳び掛かって来た一匹の顎にカウンターで蹴りを入れた。

 ゴキっと鈍い音と共にあらぬ方向に首を曲げたジャルガが吹っ飛ぶ。

 一瞬できたその空白地帯に、意を決してシグは飛び込んだ。

 

 

「一角獣を放したら、あんたは木に登りなっ」

 その方が、こっちに戻って来るより安全だ。四つ足のジャルガは木に登れない。

 傍を走り抜ける弟にそう言い放ち、エルドは拾ったクロスボウから弓を取り外した。

 普段森林などで木の上から片手で矢が射れるから便利で、一矢で仕留める威力もクロスボウの方が高かった。ただ、矢を装填するのに若干手間が掛かり、連射しにくい。多勢を相手にするには不向きなのだ。

 それに喩え弓だけでも、ジャルガの動きを止めるには十分だった。

 エルドは矢筒から矢をまとめて掴み、続け様に矢を放つ。

 まず自分と、ジャルガ相手に激しく暴れる一角獣に何とか近づこうとする弟に向かって来る奴等に対して。

 そして、焚き火の傍でアルフィーネを庇って戦うショウに視線を向ける。

 ショウは複数で波状攻撃を仕掛けてくるジャルガの攻撃を、その場で全て受けている。

 幾らか斃して足許に転がっているが、アルフィーネを護りながらでは行動が制限され、思うように戦えないでいた。

 ——だから言ったのに……

 眉を(ひそ)めながらも即座に弓に矢を(つが)え、エルドはすかさず黄金の髪の少年に群がる草原の盗賊どもに狙いを定めた。

 矢継ぎ早に矢を放ち、ジャルガの連携を崩してショウが戦いやすくする。

 次いで、エルドはこれ以上ジャルガどもが近づいて来ないよう、移動しながら闇の中で赤く光る眼を次々と射貫いていった。

 

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