アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅸ —草原の盗賊(ジャルガ)(2)—

 赤々と燃え盛る焚き火を背に、ショウは襲い来るジャルガの群れの攻撃を、何とか紙一重で(しの)いでいた。

 何匹かは斃したが、アルフィーネを庇いながらではこの場から動けない。

 剣の間合いの外から扇形に展開し、正面のジャルガが牙を剥き出し、威嚇の唸り声を上げた。

 それを受け、隙を窺うようにうろついていた二匹が襲い掛かる。

 瞬時に体を返し、ショウは一匹を袈裟懸けにするが、もう一匹はぎりぎり避けられた。

 斬られた仲間が地に落ちる。それと同時に次が跳び掛かってくる。

 息つく暇も無い。

 数も、減った分だけ暗闇から湧き出てくる。

 ショウは跳び掛かってくるジャルガの首を一刀の許に両断した。

 そこへ、また三匹が襲い掛かる。

 草原の盗賊達は絶え間なく金髪の人間に攻撃を仕掛けていった。

 ジャルガ達は既に判っているのだ。

 この目の前の人間を()らなければ、後ろにいる軟らかそうな人間(にく)にありつけない事を。

 ジャルガとしては肉質の柔らかい人間(えもの)だけでいいのだ。わざわざ筋張った人間を()る必要はない。

 だが、何度か仲間が奴を出し抜こうとして、(ことごと)くあの人間に(しかばね)に変えられていた。

 だから何時ものように、周りをうろついては小刻みに攻撃を仕掛け、休む暇を与えずに相手が疲れるのを待っているのだ。

 勿論隙あらば、そのまま喉元に食らい付いてもいい。

 そうやって相手を疲弊させ、人間(えもの)の動きが鈍った処で一斉に襲えば、どんなに手強くともいずれ仕留められる。長年の経験から仲間と共に編み出した、確実に餌にありつく為の戦法だった。

 普段飢えていなければ相手にしない人間も、それが有効なのは他の獲物と変わらない。

 その事を知っているジャルガ達は、武器を持つ人間の動きを窺いながら、その時を待って同じ事を繰り返す。

 それに付き合わされるショウは、知らず心身共に追い詰められていった。

 鋭い牙や爪を剣で防ぎ、または斬撃を浴びせて返り討ちにする。

 立て続けに二匹を斬り捨て、最後の一匹の攻撃をショウは仰け反って()けた。

 だが、足許に積み重なったジャルガの死体が邪魔で、僅かに躱しきれなかった。

 二の腕についた浅い傷から血が滲む。

 舌打ちし、ショウは足場を確かめるように踏みしめて身構えた。

 死んだ仲間の隙間を埋めるように、また闇の中からジャルガが二匹走り込んできた。

 そしてその勢いのまま、ばっと左右から飛び掛かって来る。

 咄嗟に一方を斬り捨てたが、もう一方は間に合わない。

 ショウは刃を返す代わりに、カウンター気味に剣の柄頭を顔面に思いっ切り打ち付けた。

 悲鳴を上げてジャルガが地面に転がり落ちる。

「くそっ、切りがないっ」

 立ち上がったジャルガの首をすかさず()ねながら、ショウは忌々しく吐き捨てた。

 一体この闇の中に何匹居るのか、斬っても斬っても後から後から湧いてくる。

 攻勢に出れずに迎え撃つだけでは、流石にキツくなってきていた。

 それでも戦う力のないアルフィーネを護る為には、ここで踏ん張るしかない。

 一向に減らない草原の盗賊達に苛立ちながら、ショウは自分の隙を窺って目の前をうろつくジャルガ達に意識を集中させた。

 不意に一匹が吠えた。

 一瞬ショウの意識がそれに向けられる。

 その隙に、闇の中から数匹のジャルガが跳び出した。

 一瞬反応の遅れたショウに襲い掛かる。

 次の瞬間、中空に舞うジャルガ達の体に次々と矢が突き刺さった。

 エルドの仕業だ。一矢も漏らすことなく見事に急所を貫いている。

 悲鳴を上げ、矢を体に生やしたままジャルガ達は下に居た仲間の上に落ちた。

 いきなり降ってきた仲間に驚き、慌てて跳び退く。

 算を乱したジャルガに、すかさずショウは斬撃を浴びせた。

「エルド、ありがとな」

 矢で後続のジャルガを押さえながら、焚き火の所まで戻ってきた朱毛の少女にショウが礼を言う。

「まだだよ」

 礼を言うのは早いと、エルドは反対に指示を飛ばした。

「ショウ、もっと前に出て戦うよ。アルフィーネは油壺の油をあたし等のすぐ後ろ、焚き火との間に弧を描くように撒くんだ」

「え、ええ。判ったわ」

 頷くと、アルフィーネはすかさず身を翻して置いてある荷物の許に駆け寄った。

 料理の時に使った油壺を抱きかかえて戻ると、言われた通りに油を撒いていく。

 その間も、エルドの矢を掻い潜って襲い来るジャルガを、ショウは撃退し続けた。

「終わったわ、エルド」

「じゃ、火を付けて」

「え、でも……」

 そんな事をしたら、火を背後に二人が戦う事になる。

 危ないのではと躊躇(ためら)うアルフィーネにエルドは怒鳴った。

「早くっ!」

「は、はいっ」

 慌ててアルフィーネは焚き火の火の付いた薪を手に取り、油に火を付ける。

 炎が撒いた油の上を舐めるように走り、周囲の闇を払っていく。

 突如一角獣が一際大きく(いなな)いた。

 枯れ木から手綱が外ずれ、自由になったのだ。

 どうやらシグが上手くやったらしい。

 その声に一瞬ジャルガ達の気が逸れる。

「今だよっ」

 すかさずエルドがショウに合図を送った。

 ジャルガが一角獣に気を取られている隙に、二人して炎の帯を飛び越える。

 だが、燃える炎に怯んだジャルガ達は、直ぐさま後を追えなかった。

 エルドは炎を飛び越えると同時に弓を肩に掛け、アルフィーネの手から油壺を奪い取ると、更に炎の帯を切り立った岩場まで延ばし、ジャルガが後ろに回り込めないように自分達の周りを炎で囲んだ。

 次いで岩場の隙間に押し込められていた干し草を引っ張り出し、炎の帯に放り込む。

 炎が勢いを増して燃え盛る。

 それを見てショウとアルフィーネも、ありったけの干し草や薪を炎の中に突っ込んだ。

 それらを糧に炎が更に高く燃え上がる。

 勢いを増した炎の壁に、ジャルガ達が忌々しげに唸り声を上げる。

 諦めきれずに、何処か乗り越える隙間はないかとうろつき回る。

 背後の岩場は裏側の方も日陰をより多く確保する為か、岩場の出っ張った部分は人の手で綺麗に削られ、四つ足の獣には登れなくなっている。ここを越えてジャルガが襲ってくる心配はなかった。

 漸く一息つけ、ショウは盛大に息を吐いた。

 ふと手に持つ剣の刃にべっとりと付いた血糊が目に入り、思いっ切り顔を(しか)める。

 戦いに集中している時は気にならないというか、眼中にないのだが、集中が切れてしまうと途端に血生臭い臭いなどが鼻に突き、気持ち悪くなってくる。

 その様子に気付き、すかさずアルフィーネは荷物の所から、水の入った革袋を持ってきた。

「ショウ、これを」

「あ、ああ、ありがとう」

 革袋を受け取って中の水で両手と刀身の血糊を洗い流し、ついでに喉を潤した。

 本当は返り血を浴びた服も着替えたかったが、流石に今は無理だった。

 未だに草原の盗賊達は諦めていない。この炎の壁が消えればまた襲って来るだろう。まだ鼻を突く血臭にへたばる訳にはいかなかった。今のうちに次の()を打たなくては。

 気持ち悪さを無理矢理意識の外に追いやって、ショウは傍らのエルティアの少女に声を掛ける。

「エルド、ジャルガに付いて知ってる事を教えてくれ」

 エルティアの草原にしかいない獣だからだろうか、フォルドはそれに付いて知らないらしく、何時ものようにショウの頭の中にジャルガの情報(ちしき)が流れ込んで来る事はなかった。

「いいよ。草原の盗賊(ジャルガ)は大体十から十五匹位で群れをつくって、草原で獲物を取り囲むようにして集団で狩りをするんだ」

 ショウから革袋を受け取りながらエルドは説明した。

 性格は狡猾で用心深く、一度狙いを定めた獲物にはとことん喰らいついてくる。

 ただ獲物がなかなか手に入らない冬場や、相手が余程油断しているか、怪我などして弱っていない限り、一角獣や武器を持つ人間など自分達の手に負えない獲物は決して襲わない。

「それなのに、普段寄りつかないこんな所まで来てあたし等を襲うなんて、どう考えてもおかしいよ」

「確かに、数も倍以上いそうだしな」

 既に十匹位は斃している。なのに、前方の暗闇の中に爛々と光る赤い双眸の数は、その数倍もありそうだった。

「多分こいつらは一つの群れじゃないと思う。幾つかの群れが合わさってるんだ」

「複数の群れで狩りをすることってあるのか?」

「滅多にないけど、時たまあるってお婆様が言ってたよ」

 群れの中に突然現れる強い個体が、他の群れまで支配してしまう事が。

 そして、群れが大きくなったジャルガ達はそれを維持する為に、数に物を言わせて(むら)を襲い、家畜を奪うようになる。その方が草原で狩りをするより、一度に多くの獲物が手に入るからだ。

 だが、大抵は人間の知恵と武器の前に(かしら)であるジャルガを斃され、群れは散り散りになるのだ。

「こいつらを統率するジャルガが何処かに居る筈だよ。元々群れても自分より弱いものしか相手にできない臆病者だからね。そいつを()れば、尻尾を巻いて逃げて行く筈さ」

 炎の壁の向こうに広がる闇を見据えながらエルドが言う。

「じゃあ、何処に居るんだ、その(かしら)って」

 炎の壁の向こうをうろつく奴等に、それらしきジャルガは見当たらない。

「あの闇の中の何処かだろうけど……」

 手下はまだ大勢いる。今の段階で自ら動く事は無いだろう。

 とはいえ、こっちはまともに戦えるのは二人しかいないのだ。(かしら)を引っ張り出す為に一々手下の相手をしていたら、とてもじゃないが身が持たない。

 この窮地を乗り切るには、頭を見つけてこちらから斃しに行くしか、ショウ達に選択肢はなかった。

 

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