アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅸ —草原の盗賊(ジャルガ)(3)—

 エルドは矢にたっぷりと油の染み込んだ布を巻き付け、それに火を付けると前方斜め上方に向けて矢を放った。

 炎が弓なりに弧を描いて空を飛び、闇を引き裂いて地に突き刺さる。

 炎に照らされ、慌てて火矢から距離を取るジャルガの姿が浮かび上がった。

 エルドは更に数本の火矢を造り、次々と射ては闇を払い見える範囲を広げていく。

 だが、(かしら)らしきジャルガの姿は何処にもない。

「姉ちゃん、あっちっ。左手のもっと奥の岩の上、何か大きいモノがいる」

 一角獣を逃がした後、姉の言いつけを守って枯れ木に登ったシグが、何か見つけたのか大声を出した。

 高い所にいる分、より遠くまで見渡せるから気付いたのだ。

 それを受け、エルドはクロスボウの器具に弓を取り付けると火矢を装填し、弟の示した方向へ放った。

 力強く放たれた火矢は、弓だけで射るよりも更に遠くまで飛び、岩下の地面に突き刺さる。

 その炎に照らされ、岩上に何か巨大なモノの影が浮かび上がった。

 シグの言うように、何かがいる。

 エルドは続けてその周囲に火矢を射かけた。

 その一つが、岩上の影を射貫く。

 直後、バキっと火矢が二つに折れ、残骸が岩下に落ちた。

 のそりと影が動き、音もなく岩下に飛び降りる。

 その下のエルドの放った火矢の炎に照らされて、その姿が露わになった。

 体長は三フィノを優に超え、全身黒光りする威風堂々とした体は、明らかに他のジャルガとは格が違っている。

 ——あいつが、この群れの(かしら)だ。

 そうショウ達は確信した。

 だが、エルドの矢はさっき見たように咬み砕かれて通用しない。

 あそこまで行くにしても、そこまでの間にはまだ無傷のジャルガが無数にいる。当然黙って通してはくれないだろう。

「——エルド、援護を頼む」

 一瞬の逡巡の後、チラリとアルフィーネを見てショウは覚悟を決めた。

 どのみち奴を()らなければ助からないのだ。だったらまだ炎の勢いがある内に多少無茶をしてでもやるしかない。

「いいよ。シグっ」

 ショウの意図を察し、エルドが枯れ木に登る弟に声を飛ばす。

「お前も手伝いなっ」

 シグの持つ投石具(ナルク)は当たり所が良ければ相手を殺せるが、彼の腕では精々牽制に役立つ程度だ。それでもないよりはマシである。

「あいよっ」

 了解し、シグも枯れ木の枝の上でナルクを構える。

 弟の返答に、エルドも再び弓を構えた。

「ショウ、何時でもいいよ」

「気を付けて」

 心配そうに胸の辺りを手で押さえ、アルフィーネも声を掛ける。

「ああ」

 振り返って小さく頷くと、ショウは正面の炎の壁の向こうを見据えた。

「行くぞっ」

 片腕で顔を庇って一気に炎の壁を跳び越えると、雄叫びを上げてショウはジャルガの群れのただ中に突っ込んで行く。

 足を止めずに跳び掛かってくる奴を斬り捨て、又は躱して前に進む。

 背後でジャルガの悲鳴が上がった。

 ショウが取りこぼし、追いすがる奴をシグがナルクで投げた石で牽制し、エルドが矢で射貫いているのだ。

 その隙に、ショウは暗い夜闇の中に点在する火矢の明かりを頼りにひた走る。

 一直線に黒毛のジャルガに向って。

 揺らめく炎の光を反射して刀身が鋭く一閃する。

 目の前に跳び出てきたジャルガがまた一匹、鮮血を撒き散らして地に転がった。

 それをジャルガの(かしら)は、身じろぎひとつせずにただじっと見ていた。

 ——後少し……

 これで、最後だっ。

 立ち塞がるジャルガを斬り捨て、とうとうショウは黒毛の巨体の前に躍り出た。

 ——デカい……

 間近で見ると更にその大きさが際立ち、その巨体から放たれる重圧が半端ない。

 ぐっと剣の柄を握り締め、ショウは正面から草原の盗賊の(かしら)を睨み据える。

 自分を前にして怯えもせずに長い刃の剣を構える人間に、黒毛のジャルガは不快げに低く唸り声を上げた。

 のそりと、巨体が右に動く。

 それに合わせ、ショウも(かしら)の赤く燃える双眸から目を離さずに移動した。

 更に一歩、また一歩。

 互いに弧を描くようにその位置を変えていく。

 その度に張り詰めた空気が殺気を孕み、膨れ上がっていく。

 次の瞬間、黒毛のジャルガが地を蹴った。

 闇夜を切り裂き、鋭い爪が一閃する。

 それを躱し、ショウは斬撃を浴びせた。

 ひらりと難なくそれを避け、黒毛のジャルガは更にショウに襲い掛かる。

 咄嗟に体を捻って仰け反り、間一髪でショウはそれを躱した。

 火矢の炎に照らされた黄金に輝く毛が数本宙を舞い、うっすらと頬に血が滲む。

 そこへ、もう一方の前脚の爪がショウの頭に振り下ろされた。

 ガキっと剣と右前脚の鋭い爪が交差する。

 刹那、赤茶けた大地を抉るジャルガの獰猛な眼とショウの紺碧の瞳が、正面から互いの姿を捉えた。

「くっ」

 満身の力を込め、ショウはジャルガの爪を弾き返す。

 同時に一頭と一人は、バッと跳び退いて距離を取った。

 ショウの頬にタラリと鮮血とは別に嫌な汗が伝わる。

 やはり群れの(かしら)だけあって、攻撃の動きも重さも今まで相手してきたジャルガとは比べものにならない。

 ——こんな奴、本当に斃せるのか?

 つい弱気になって自問したショウだが、斃せるかではなく斃さなければならないのだ。自分達が生き延びる為に。

 自慢の両爪の攻撃を躱された黒毛のジャルガは、忌々しげに鋭い牙を剥き出す。

 再び一足跳びに距離を詰め、猛然と金髪の獲物に躍り掛かる。

 苛烈な爪の一撃を剣で勢いを受け流すように弾き、ショウは鋭い牙を後ろに跳び退(すさ)って避けた。

 逃がすまいと黒毛のジャルガが猛追する。

 繰り出される巨体からの矢継ぎ早の猛襲に、息つく暇もない。

 防戦一方になりながらも、ショウは打って出る機会を窺い、ただひたすらそれらの攻撃を剣で(しの)ぎ続けた。

 

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