俊敏な動きで攻撃を続ける巨大な影と、徐々にそれを躱す動きに余裕が出て来た人影が、所々火矢の明かりに照らされる荒れ地の中に交差しては離れていく。
その度に打ち合う硬質な音が夜の
周りにいたジャルガの群れは
幾度となく交差する影が、不意に大きく左右に分かれた。
剣を構えて油断なく黒毛のジャルガを見据えながら、ショウはなんとか乱れた息を整える。
確かに今までのジャルガとは攻撃の鋭さと重さは桁違いだが、種類は爪と牙の二種類しかなかった。
攻撃パターンも、今までの奴等と殆ど変わりない。
このジャルガとの攻防で漸くこの体で戦う事にも完全に馴れ、フォルド本来の動きが違和感なく出来る様になった今ならいけるかもしれない。
再び交えた爪と牙の猛攻を捌きながら、ショウは反撃の隙を窺う。
一方黒毛のジャルガは
人間程度の相手にここまで手こずるとは思っていなかったのだ。
苛立ちが怒りとなり、力任せの重い一撃を見舞う。
流石にこれは剣で受けたら折れそうだ。
ショウは受けずに横っ飛びに避けた。
それを追い、ジャルガが巨体を返す。
その黒毛の首目掛けてショウは斬撃を繰り出した。
それを、ジャルガは鋭い牙で受け止めた。
バキっと何かが砕ける音がする。
「なっ!?」
ショウの瞳が大きく見開かれる。
刀身が、ジャルガの牙に噛み砕かれたのだ。
ずさっと折れた刃が地面に突き刺さる。
黒毛のジャルガが、勝ち誇ったように一声吼えた。
慌ててショウは跳び
剣が折れても、まだ背中の〈
だが、抜くに抜けない。一瞬でも隙を見せたら直ぐさま飛び掛かってくるだろう。
ショウは折れた剣を構え、ギリッと奥歯を噛みしめた。
のっそりと黒毛のジャルガが悠然と前に出る。
その足許に、ビンっと矢が突き刺さった。
ショウと群れの
一瞬動きを止めたジャルガの
そこへエルドは、今度は黒毛の鼻面目掛けて火矢を放った。
無造作に前足を振り、巨体のジャルガは難なくそれを叩き落とす。
ジャルガの注意が炎の向こうのエルドに向けられる。
その隙に、ショウは更に跳び退いて距離を取りながら、周りのジャルガを牽制するように折れた剣を捨て、背中のソーレスの柄を手に取った。
巻いた布を剝ぎ取って抜き放つ。
火矢の炎に照らされ、柄の
鞘を捨てて両手でソーレスを構え、ショウは草原の盗賊達の
黒毛のジャルガが大気を震わす怒りの咆哮を上げる。
全身の毛を逆立て、怒りに燃えるジャルガはバッと金髪の人間に躍り掛かった。
それを避け、ショウはソーレスを一閃させる。
身を翻してそれを躱すと、すかさずジャルガが噛み付いてくる。
——こいつ……
今のは明らかに自分でなくソーレスを狙っていた。
また刀身を折る気だ。自分はダーナの若長とは違う。流石にこんなの相手に素手でなんて戦えない。ソーレスを失ったらそれで終わりだ。
ジャルガの狙いに気付いた以上、迂闊に仕掛けられない。
ソーレスを構えながら攻めあぐねていると、エルドが言葉短く大声を上げた。
「ショウっ、ゆっくりと左へ」
何の意図があるのか分からないが、ショウはそれに従った。
燃える双眸を見据えたまま、油断なくゆっくりと左に移動する。
最初に地面に突き刺した火矢の炎が殆ど消え掛け、また闇が濃くなった方へと。
黒毛のジャルガも姿勢を低くし、ショウの動きに合せて移動する。
周囲に闇が迫る只中に、一人と一頭は対峙した。
その一瞬を狙って一連の鋭い音が
瞬時に黒毛のジャルガは飛び退き、地面に矢が刺さる。
そして——
咆哮が闇を揺るがした。
何時の間にか黒毛の左前脚の付け根に、黒い矢が深々と突き刺さっている。
エルドが射た矢は一本だけではなかったのだ。もう一本、闇に溶け込むように炭で黒くした矢を同時にクロスボウで射ていたのである。
痛みにガクリと黒毛のジャルガが左前脚の膝をつく。
エルドが作った好機に、すかさずショウは剣を一閃させる。
その瞬間、黒毛のジャルガはガキッとソーレスの刀身をくわえ込んだ。
にっと牙を剥き出してショウを見る。
「くっ……」
まんまとしてやられた。剣を折る為に矢の傷さえもこの狡猾な獣は利用したのだ。
引き抜こうにも牙にがっしりと刀身の中央を挟まれたソーレスはビクともしない。
焦る人間を
だったら——
ショウはソーレスをジャルガの顎の方へ押し込んだ。
しっかり噛み合わさっている前歯をこじ開けるより、刀身をくわえ込んでいる牙の奥へ刃をずらした方がまだマシだ。
——ソーレスは絶対に折らせはしない。
刀身と牙が擦れ、ぎりぎりと耳障りな音を立てる。
「くっのぉーっ」
足を踏ん張り、しっかりと柄を持つ両手に満身の力を込めて更に押し込んでいく。
そうはさせまいと、剣から人間を振りほどこうと黒毛のジャルガは首を振った。
そこへ、エルドの追撃の一矢がジャルガの巨体を貫く。
激痛に一瞬口が開きそうになるのを、黒毛のジャルガは何とか堪えた。
だが、その一瞬だけで十分だった。
僅かに刀身を噛む力が緩んだ瞬間、ショウは力の限りソーレスを真横に薙ぎ払った。
牙から刀身が外れ、顎に食い込む。
肉を裂き、骨が砕ける鈍い感触がソーレスを通して伝わってきた。
苦し紛れに黒毛のジャルガは、前脚をショウの頭に叩きつけようと振り上げる。
それより早く、雄叫びと共にショウは渾身の力を込めてソーレスを振り切った。
鮮血が飛び散り、ごとりと顎が落ちる。
そのまま勢い余った刃は、その先にあった首をも断ち切った。
黒毛のジャルガの動きが止まる。
ずるりと、顎の無くなった頭部が首からずり落ちて、赤茶けた地に転がり落ちる。
振り上げた前脚が力なく落ち、その反動で黒毛の巨体がぐらりと
そして、そのままドサリと赤茶けた大地の上に倒れ伏す。
——
肩で激しく息をついたまま、ショウはソーレスを手に茫然とそれを眺めた。
とにかく無我夢中で、まるで現実感がない。
けれど、頭を失った巨体はもう二度と動きそうになかった。
のろりと辺りを見回しても、あれ程いたジャルガ達が一匹もいない。
群れの
今度こそ本当に終わったのだと実感すると同時に全身から力が抜け、ショウはよろけてその場に力尽きたように尻もちをついた。