「ショウっ!?」
火勢が小さくなった炎の壁を跳び越え、エルドとアルフィーネが駆け寄ってくる。
「大丈夫かいっ?」
「あ、ああ、何とか……」
心配そうに自分の顔を覗き込む二人に応え、ショウは自分が手にしているソーレスに目を向け、ハッとなった。
色々と思う処のある
慌てて刀身の血糊を拭って確認すると、そこには傷どころか刃こぼれ一つなかった。
思った以上に頑丈な刀身に、ホッとショウは安堵の息をつく。
途端に
臭いの出所は傍らで大きな血溜まりを作っているジャルガの屍だった。
切断された箇所から未だにドクドクと鮮血が溢れ出している。
「う……」
慌てて鼻と口許を手で押さえ、ショウは顔を
顔色がそれと判るほど悪い。
「もしかしてあんた、また血の臭いにやられたのかい?」
呆れたようにエルドがショウを見る。
「仕方ないだろ、馴れないんだから」
ぼそぼそと言い返し、ショウはソーレスを支えによろけながらも立ち上がった。
黒毛のジャルガとの死闘で疲れ切っていたが、こんな所一分一秒だって居たくない。
ジャルガの死体に背を向け、覚束ない足取りで焚き火の方に歩き出す。
だが、すぐに何かに足を取られて転びそうになる。
「危ないっ」
心配して後ろに付いて来たアルフィーネが、咄嗟に手を差し出してショウの体を支えた。
「あ、ありがと」
転倒を免れ、ホッと息をついてアルフィーネに礼を言ったショウだったが、自分の足をつまずかせた物の正体に気付いてギョッとなる。
見ると、ひと繋がりに点々と血飛沫を撒き散らして倒れるジャルガの姿があった。群れの
その周り、火矢の火勢が弱まった暗がりのあちこちに、ジャルガが体に矢を生やして力なく転がっている。
エルドが斃したジャルガは流れる血も少なく死骸は綺麗だが、ショウが
自分でやっておいてなんだが、夢に出てきたら
胸がムカつき吐きそうになるのを必死に
岩の間から流れ落ちる湧き水で口を漱ぎ、返り血を浴びた衣服を脱いで体に付いた血を洗い流す。そして、乾いた布で体を拭いた処でやっとひと心地がついたが、辺りに立ち籠める血生臭い臭いだけはどうにもならない。
ショウは体を拭いた布を肩に掛け、湧き水の傍らでぐってりと腰を下ろした。
「あんたってホント、よくそれで戦えるよね」
拾ってきたソーレスの鞘をショウに放り、ついでに持ってきた折れた剣とその剣先も渡してエルドが溜息交じりに言う。殆ど呆れ返ったような口振りだ。
オーシグルの時もそうだったが、あれだけ迷いもなくジャルガを斬り捨て勇猛果敢に戦えるのに、その後がこれでは落差が激し過ぎるのだ。
放られた鞘を受け止めてソーレスを納め、折れた剣を受け取ってショウは気まずそうに言い返す。
「戦っている時はいいんだ。それに集中しているから、相手以外は気にならなくなるんだよ」
剣道の稽古で散々師範に
実際精神を研ぎ澄まし、目の前の相手の動きに全神経を集中すればするほど、雑念——戦いに不要な
そしてそれを活かせたのは、このハイスペックなフォルドの体があってこそだ。自分の体だったら、あの俊敏なジャルガの動きについていけなかっただろう。
あんなに嫌っていた剣道での経験と自分の存在を否定するこの体が、この
「だけど、集中が切れるともうダメなんだ。こう、
夢や幻なんかじゃない。ましてバーチャルゲームの世界などでもなく、これは紛れも無い現実なのだと否が応でも思い知らされる。戦いの中無我夢中で現実味の無かったものが、途端に色鮮やかな色彩を帯びて五感に一気に押し寄せてくるのだ。
そうなると生理的嫌悪が沸き起こって、吐き気が押さえられなくなってしまうのである。
向こうの世界では、こんな血生臭いものとは無縁に生きて来たとはいえ、我ながら情けない限りだ。けれど、これだけはどうにも馴れそうになかった。
「ま、人それぞれだからね。ちゃんと戦えるんなら、その後のことなんでどうでもいいさ」
軽く肩を竦め、エルドは体を返して弟の様子を見る。
シグは今松明を手に、ジャルガの死体から矢を抜いていた。矢の材料のない荒れ地では一本だって無駄にはできない。
ジャルガと戦っていた時、シグは枯れ木の上から
一方アルフィーネは焚き火の傍に置いた荷物の中から目的の物を見つけると、二人の許にやって来た。
心配そうにショウの顔色を確かめ、頬の傷に薬を塗ってやる。
そして腕や体など、血が滲んでいる箇所を見つけては丹念に手当てしていった。
何とかジャルガ達の攻撃を躱していたつもりだったが、完全には躱し切れていなかったらしい。
アルフィーネに手当して貰って初めてそれに気付き、ショウは今更ながらに痛みを感じて思わず顔を
「あまり無茶をしないでくださいね」
「ごめん、気を付けるよ」
手当てするアルフィーネの手を見ながら、ショウはすまなそうに謝った。
「人様の
「え、ええ……」
ショウの言葉に一瞬手を止めたアルフィーネは、何処となく複雑な表情をして傷の手当を続けた。