アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅹ —大河跡—

 乾いた空気に吹き抜ける風が土埃を舞い上げ、さながら赤茶けた霞の様にたなびいている。

 その赤茶けた土色に(けぶ)る風景の一角に、ぼんやりと浮き上がる岩山のようなモノが見えた。

 遠目では景色の色と同化して、それが何なのかよく判らなかったが、こうして近くまでくれば嫌でも判る。それはかつて王都だったものの巨大な城壁だった。

 当時遮るものがなにもない草原で、ジャルガなどの肉食獣の侵入を防ぐ柵の代わりに築かれたのだろう。しっかりとした造りでぐるりと王都を護る様に囲んでいた。

 上の方は風化が進んでボロボロになって崩れているが、ジャルガくらいならまだ十分侵入を防げる程度には壁としての形を留めている。

 それはエルティア唯一の定住都市だった王都《明の都(エルゼナ)》が、昔確かにここに()った事を物語る物だった。

 もっともここが荒れ地と化した今となっては、ジャルガの姿を見る事はない。精々強風によって舞う土埃を防ぐ役に立っているくらいだ。

 そして今、ショウ達の目の前にはそこへ入るのを阻むように、幅数十フィノ、深さにして十フィノ以上はある窪んだ土地が大地を横断するように地平線の彼方まで続いていた。

 それは、見ようによっては途轍も無く巨大な大蛇が這いずった後のようにも見える。

「これって、一体何なんだ?」

 ここを突っ切って城壁の所まで行けなくもないが、結構急斜面な上かなり深いので、一角獣を伴って降りるのも登るのも大変そうだった。

 目的のエルゼナまで後もう少しだというのに通せんぼされて、つい尋ねるショウの声も尖り気味になる。

「これはエルティア最大にして唯一の大河、セヴァン河の成れの果てさ」

 軽く肩を竦めて応えながら、エルドは手綱を引いて一角獣の体を返すと、その昔大河だった窪地沿いに歩き出した。

 

 

 草原の盗賊(ジャルガ)の群れとやり合った後、エルドが口笛で逃げた一角獣を呼び戻し、ショウ達はあのジャルガの死体だらけの岩場を後にした。

 あのまま血臭漂うあの場所にいると、何時まで()ってもショウが回復しない上、逃げたジャルガ達が戻って来る可能性が高いからだ。

 仲間であっても死ねばただの肉の塊(ごちそう)に過ぎない。それが大量に転がっているのだ。夜が明ければそれこそ空を舞う肉食の鳥どもに、寄って集って喰い散らかされるだけである。

 一旦逃げ出しはしたものの、それが分かっていて自分達の(かしら)()った奴がまだ近くに居るかも知れないと、尻込みして手を出さないなど、隙を()いて家畜(えもの)を掠め盗る事に(たけ)けた草原の盗賊の名折れというもの。貪欲な奴等はそれを良しとしないだろう。

 そして、再びジャルガが襲ってきたら、完全に血の臭いにやられたショウはもはや使い物にならないし、油も限りがある。戦えるのがエルド一人では圧倒的に不利だった。

 それなら大地に刻まれた道から外れる危険はあるが、暗闇の中を移動した方が遥かにマシというものだ。

 寒さ対策にマントをきっちりと羽織り、弟を前に乗せたエルドの一角獣が先頭に立ち、もはや何もする気力もなくぐってりとしたショウを乗せた一角獣の手綱をアルフィーネが持って続く。その後に荷物を載せた一角獣が大人しく付いて来る。

 夜闇の中、頼りない松明の(あか)りで一角獣の足許を照らし、四人は道を外れないように次の湧き水の場所まで急いだ。できるなら真夜中を過ぎる前までにはそこに着いて休みたい。

「シグ、しっかり道を照すんだよ」

 並足(なみあし)で歩く一角獣の上で弟使いの荒いエルドが、しっかりと釘を刺す。

 姉の前に乗せられたシグは、前方の足許の闇を払う為、明かりとなる松明を入れた鍋を縛った縄を先端に括り付けた棒を持たされていた。それを歩く一角獣の邪魔にならない様に伸ばした両手でしっかりと握り締めているのだ。

 ただ、その格好を維持し続けるのは結構骨が折れる。段々腕がダルくなって鍋が下がり、その度に地面にこすれて斜めになった鍋から松明がこぼれ落ちそうになるのだ。そうなったら一角獣から一々降りて松明を鍋に戻すのも面倒だし、もしそれで火が消えてしまったら事である。

 さっきの釘刺しは、またシグの腕が下がってきたのを見ての事だった。

「うぅ…、矢の回収だってちゃんとしたのに、次の湧き水のトコまでこれ持ってなきゃ明日の朝餉(あさげ)に有り付けないなんて、姉ちゃんヒドい」

「何言ってんだい。矢の回収は、あの戦いの時大して役に立たなかったからだろ」

「おいらだってナルクで結構頑張ったんだぜ」

「ジャルガの数を減らせなけりゃ一緒だよ。ホントならお前の朝餉は無しだったんだ。むしろ棒持ってるだけで有り付けるんだから感謝しなよ」

 バッサリと弟の泣き言を切り捨てたエルドは、恩着せがましく言い返す。

 ジャルガの襲撃で有耶無耶になったと思った事まで持ち出され、グッとシグは言葉に詰まった。

 とんだ藪蛇だった。次の湧き水の所まではまだ距離があるのに、もう腕は限界近くぷるぷる震えている。とてもそこまで保ちそうになかった。

 このままでは朝餉は絶望的だ。とはいえ、姉が前言を撤回する筈もない。

 道は照らしても、お先真っ暗なシグは打ちひしがれた。

 この世の終わりのみたいなその姿に、すぐ後ろを行く一角獣の上でアルフィーネは思わず笑みを零してシグに声を掛ける。

「大丈夫よ、シグ。さっき貴方が矢を回収してる時、『明日の朝餉はシグの好物出してやらなきゃね』ってエルド言ってたから」

 厳しいことを言っているが、エルドの心の中では明日の朝餉は、弟も一緒なのは既に決定していたのだ。

「ホントっ!?」

「ええ、だから頑張ってね」

 目を見開き、振り返って()き込んで訊くシグに、アルフィーネは請け合って励ます。

「わぁってるって」

 朝餉に大好物が出ると聞いて、シグは俄然張り切った。

 ぐっと棒を握る手にも力が入り、さっきまでぷるぷるしていた腕の震えまで止っている。

 これには余計な事を言ったアルフィーネに思わずムッとしたエルドも、弟の余りの現金さに呆れて文句が言えなかった。

 ——まぁ、やる気が出たからいいとするか……

 エルドは仕方なさそうに肩を竦め、そのまま一角獣を進めた。

 次の水の湧く岩場の着いたのは深夜遅くではあったが、まだ夜明けまでは大分あった。

 そこで十分休憩を取り、ショウが回復したのを見て、四人は再び王都を目指したのである。

 それから四日目、再びジャルガに襲われる事なく無事にエルゼナの手前、このかつてセヴァン河であった窪地の所までショウ達は辿り着いたのだった。

 

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