アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅹ —《明の都(エルゼナ)》—

 干上がった大河の縁を進みながら、エルドは以前エラドラから聞いた話を口にした。

「昔は水量豊かな、とっても綺麗な河だったって話だけど、今じゃ見る影もないよね」

 そう言う彼女の口調はやけにあっさりとしたものだった。

 そこに何の感傷もないのは、エルドがその水量豊かだった頃を見たことがないからだろう。

 確かに抉れたように深くなっているその窪地は、よく見ればおぼろげにその名残はあるが、言われなければここが昔大河だったとは誰も気付かないだろう。干上がって剥き出しになった川底は周りの大地と同じく赤茶け、既に無味乾燥とした大地と同化していた。

 長年の風化によって崩れ易くなったかつての岸辺を避けながら暫く窪地沿いを行くと、前方の赤茶けた風景の中に、同系色の崩れかけた石橋のようなものが見えてきた。

「こっちから来ると、あそこからでしか中に入れないんだよ」

 エルドは向こうへ渡る唯一の方法を指差した。

「大丈夫なのか? あれ」

 少なくともあの風化してボロボロになった城壁と同じ頃に造られたものだろう。渡っている途中、足許が崩れるなんてことはだけは勘弁してほしい。あの高さから落ちたら、ただではすまない。

「勿論さ。年に一度の部族集会(エルセイド)はここで開かれるんだ」

 懐疑的なショウに、エルドは胸を張って応える。

 代表者だけとはいえエルティア中の部族の者がここに集まるのだ。交易も兼ねているのでエルセイドの間、この王都はかつての繁栄を彷彿とさせる程の賑わいをみせる。

 当然ここに集まる部族は、何処も大量の荷物を荷馬車に積んでこの中に持ち込むのだ。それに堪えられるように石橋を維持するのは当たり前の事だった。

「ま、兄貴。行けば判るよ。中はもっと凄いからさ」

 お気楽にシグが請け合い、姉の後に付いて平然と橋を一角獣で渡って行く。

 見掛けはともかく、しっかりと補修されているのだろう。

 エルティアの姉弟を信じ、二人に付いてショウ達も石橋の石畳を踏み締める。

 見た目通り端の欄干部分は崩れて危ないが、中央の石畳は比較的新しい石で頑丈に補強されている。使えれば外観など気にしないのは、如何にも質実剛健なエルティアの人間らしかった。

 ショウは枯れて乾燥した風が吹き抜けるセヴァン河の上に架かる石の橋を、前の二人に遅れず一角獣を渡らせていった。

「酷いな……」

 無事石橋を渡り切り、ぼろぼろの城壁の中でそこだけ修繕されてはっきりと分かるエルティア王家の紋章(エンブレム)——草原を背景に風を受けて後ろ脚で立ち上がる一角獣と矢を番えた弓の意匠——が頭上に刻まれた城門を潜り、漸くエルゼナの城壁の中に入ったショウの、それが第一声だった。

 シグの言うように、王都の中は外壁以上に崩壊が進んでいた。

 木や布、革で造られた扉や窓枠は朽ち果てて既に跡形もなく、日干し煉瓦(れんが)などで造られた家々の壁は風化が進んでぼろぼろに砕け、大半が元の土塊(つちくれ)にその姿を変えていた。まだ形を残している物も遠からず同じ運命を辿ることになるだろう。

「人が居なくなった当時は、王様や街の人達が何時帰って来てもいい様に、多少修繕とかしてたみたいだけどね」

 方々手を尽くして捜しても(よう)として行方が掴めず、また、何時になっても戻らない彼等に見切りを付けた後は、荒れるに任せていたらこうなってしまったのだと、エルドは王都というにはあまりの荒廃振りに顔を(しか)めるショウに、やや弁解がましく話して聞かせる。

 決して手を抜いていた訳ではなく、土埃を防ぐ為の城壁やエルセイドで使う広場、交易の品物を並べる露店を開く大通りとか、その他自分達が滞在する間の居住場所などは綺麗に瓦礫を取り払って修繕しているんだと。

 だが、ショウはその説明に妙な引っかかりを覚え、思わず問い返した。

「それってどういう意味だ?」

「どういう意味って……」

「俺は最初、エルゼナ(ここ)に人が住まなくなって百年位()つと聞いて、ここに住んでた人達って、何か理由があって王都を出て行ったと思ってたんだよ」

 自分の問いの意味が分からず、困惑するエルドにショウは自分の考えを口にした。

「なのにお前、今何時帰って来てもいい様にって言っただろ」

 ここに住めない理由ができて人々がこの王都を見捨てたのなら、戻ることはない。当然その為の修繕をする必要もないのだ。

 しかもこの規模の街なら相当数の人間が暮らしていた筈だ。それなのにエルドの今の口振りでは、その人達が何処に行ったか誰も知らないみたいだった。

「じゃあ、なんでそいつらはここを出て行って、何処に行ったんだ?」

「それは……」

 言われてみて初めてその事に気付き、エルドは愕然とした。

 昔お婆様にそう聞かされた時も、そうなのかと深く考えもせずに済ませてしまっていた。

 確かに、当時セヴァン河も水量豊かで、国内の交易路が交わるこの場所は、様々な部族の者が集まり、各地の情報や品物を売り買いする中心地になっていたのだ。ここで毎年開かれるエルセイドの時の様に。

 遊牧で各地を渡り歩く必要のない人達にとってここは、何処よりも住みやすい場所だった筈だ。

 そう考えると王都に住んでいた人達が、その安住の地を捨てる理由が思い浮かばない。セヴァン河が干上がった後ならまだ判るが、彼等が消えたのはそのずっと前なのだ。

 そして、これだけの大人数の人間が、何の痕跡も残さず、人知れずに何処かへ行ってしまう事など、本当にできるのだろうか……

 皆がその疑問の答えを出せずに黙り込んで頭を悩ませていると、何か思い付いたのか、ショウは眉間に(しわ)を寄せて物凄く言いにくそうに口を開いた。

「……なぁ、エルド。確かお前の婆さんはこう言ってたよな。(むら)から人が全ていなくなるって事は、以前から度々起こっている。だが今まで戻ってきた者は一人もいないって」

「まさか……」

 誰も居なくなったウィドの邑の光景が脳裡を()ぎり、エルドは大きく目を見開いて黄金の髪の少年を見返した。

 その視線を受け、ショウは重々しく頷く。

「ああ。ここも、と言うより、ここが最初だったんじゃないか。あの『闇』に呑み込まれたのは」

 だからあの婆さんはエルド達をここに来させたんじゃないだろうか。それを二人に気付かせ、一見平穏そうに見えるこのエルティアの裏で、一体何が起こっているのかを教える為に。

「エルド。王宮って、〈知識の泉(フィラウェル)〉のある書物庫って何処なんだ?」

「こっちだよ」

 ()き込んで訊くショウに、エルドは一角獣の脇腹を蹴って廃墟の中を駆け出した。

 

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