アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅹ —廃墟の王宮—

 四方を城壁に囲まれ、その三方に門がある王都は最奥に王宮と神殿が並び立ち、その手前の広い区画には当時一番勢力を誇っていた王と王妃の部族が住む居住区になっていた。

 そして、その他の部族はそれぞれの門に続く大通りを中心に、力のある部族から順に立地のいい場所を貰い受け、その周りは区画ごとに水量豊かなセヴァン河から水を引き入れた水路に囲まれて独立した造りになっている。同じ場所に住んでいてもそれぞれ部族意識が強いので、はっきりと区別をつける事で余計ないざこざを防ぐ為だ。

 水路はその他にも、小舟を使っての王都内を行き来する交通の手段にもなっていた。

 各部族はそこを王都での部族の拠点として、今現在部族集会(エルセイド)でやるような交易と情報の交換及び収集を日常的にしていたのだ。

 しかし、それも今では過去のものとなり、水路は干乾び、通路沿いに立ち並ぶ家々はもはや帰らぬ(あるじ)を待つことに疲れ果て、その身を母なる大地の(かいな)(いだ)かれる事を夢見て崩れるに任せていた。

 そんな中、枯れ果てた水路を飛び越えて通路を塞ぐ邪魔な瓦礫を避け、ショウ達は先を行くエルドと共に真っ直ぐに王都の中央奥を目指して駆け抜けた。

 近づくにつれ、廃墟の中にあってもそれは威風を放ち、崩れ掛けていながらも堂々とした佇まいを見せている。

 エルティアの祖王がこの地に王都を築くと定めた時、女神ヴァンデミーネを祭る神殿と共に最初に建てられた建造物だ。

 入口近くにあった湧き水の傍で一角獣を降り、四人は中に入る。

 二階以上は既に崩れ落ちて見る影もないが、一階部分はあちこちに真新しい修繕の後があり、今でも十分人が住めそうだった。ただ、装飾品や家具などは既に壊れ、誰かに持ち去られたのか、一つも残っていない。

 もっとも毎年この一階中央にある大広間で、他者を排した族長だけの会合が開かれるだけなので、特に問題はなかった。

「あれ、こっちじゃなかったのかい」

 王宮の北側の端にある小広間に出てしまったエルドは、立ち止まって辺りを見渡した。

 一度だけ、それも五年以上も前にお婆様に連れられて中に入った切りなので、どうも記憶があやふやだ。要するに(みち)に迷ったのである。

「手分けして捜した方が早いんじゃないか?」

 気遣うようにショウがエルドを見る。

 これで迷ったのは七度目である。廃墟と化した王宮といえども、その規模は繁栄を象徴してきた当時のままだ。物が何も無いだけにやたらと広く感じられる。造りも場所ごとに変えてあるわけではないので、目印らしき物もない。これでは内部をよく知らなければ迷わない方がおかしい。

「ちょっと待ってなよ。今思い出してんだから」

 苛々と言い返し、「えーと、あそこをこう行って、こう来たから——」と、ブツブツ呟きながら、辿ってきた路を反芻し、エルドはその先を思い出そうと必死になった。

「逆らわない方がいいぜ。ああなると姉ちゃん怖いから」

 ボソリとシグがショウとアルフィーネに耳打ちする。

 確かに、流石に七度目ともなるとエルドも余裕を無くしてきている。これ以上下手に何か言ったら怒鳴りつけられるだけじゃ済まないかもしれない。

 ここはシグの忠告に従った方が無難だろう。

 未だにエルドは正しい道順を思い出せないのか、今度は来た通路を戻り出した。

 シグはシグで何か面白い物を見つけたらしく、入り口辺りの壁を調べ始めている。

 一瞬ショウはエルドに付いていくべきか迷ったが、これ以上彼女も不甲斐ない姿を見せたくはないだろうし、路が判ったらエルドの方で呼びに来てくれるだろう。

 そう思い、ショウはこの場に残ってかつて窓だった所から外を見た。

 庭園なのだろうか、木や草花は枯れ果てて今はただっ広い赤茶けた空き地になっていた。

 その中央近くにぽつんと水の枯れた噴水らしき物がある。

 かつてここは花々が咲き乱れ、あの噴水も吹き出る清涼な水が虹の橋を架けながら飛沫を上げていたのだろう。

 ——そういや、家の近くの公園に壊れた噴水があったな……

 このところシグに向こうの世界の話をせがまれて話しているから、すっかり里心がついてしまったショウである。ふとした事でも懐かしく想い出されてしまう。

 ——体ごとこの世界(アーサス)に飛ばされて、もうどの位()ったんだろう。急に居なくなって皆心配してるんだろうなぁ……

 ふっとショウの表情が沈み込む。

 同じように外を見ていたアルフィーネは、憂いを帯びたショウの横顔を見てハッとなった。

 ——そう言えば、エルドに言われて反省して自分なりに色々頑張ってみたけれど、まだショウに何一つちゃんと謝っていない……

 そう思った途端、アルフィーネは居た堪れなくなった。

 思わず胸の辺りをまさぐった指に、服の下にあるペンダントの硬質な感触が伝わってくる。

「今まで、すみませんでした」

「え?」

 急に謝られ、ショウは目を瞬かせて傍らに立つ亜麻色の髪の少女を見た。

「エルドに言われ、貴方が今までどんな思いでいたかやっと気付いたんです」

 アルフィーネは服の上からペンダントを両手で握り締めるように押さえ、俯いたまま言葉を継いだ。

「なのに、わたしは自分の事ばかりで、更に傷つけるような真似をして……、本当にごめんなさい」

「あ、いや……」

 ——エルドの奴、アルフィーネに一体何を言ったんだ?

 謝られる心当たりが全くないショウは、そう言えばと自分の方からも謝り返した。

「別に君が謝る必要はないというか、俺の方こそ今まで騙しててごめん」

 騙すつもりはなかったが、結果的には騙していたのも同然なのだ。その所為で(なかみ)が別人と判った時、アルフィーネはあれ程ショックを受けてしまったのだと思うと、ショウの方こそすまない気持ちで一杯だった。

「いいえ、貴方の言葉を信じようとしなかったわたし達が、わたしが悪いんです」

 謝るショウに、アルフィーネは慌てて(かぶり)を振る。

 最初から彼は言っていたのだ。自分はフォルドじゃないと。それを頭から否定して忘れ(やまい)と決めつけ、早く記憶を取り戻してほしいと、以前の皇子と同じに振る舞うよう強要したのはむしろ自分達の方だった。

 その上、魂が別人と判った途端、避けたりして更に傷つけてしまった。

「そんな事全然ないよ」

 無い記憶を早く思い出せとあれこれ言われるのは確かに苦痛だったが、それ以外は自分もそれに乗っかって、フォルドらしく振舞うようにしていたのだ。

 なのに、全部自分が悪いとアルフィーネに言われてしまうと、滅茶苦茶後ろめたい。

「大体(こころ)が入れ替わってるなんて、普通誰も思わないだろ」

「でも——」

「いいんだよ。俺だって水鏡を見るまで、この体がフォルド(たにん)のものだったなんて気づかなかったんだから、お互い様だよ」

「ショウ、アルフィーネ、何呑気に話し込んでんだい。(みち)が判ったから行くよ」

 漸く戻って来たのか、エルドの声が小広場の中に響き渡る。

「ああ、分った。今行くよ」

 急かすエルドに返事を返し、ショウは自分の傍らに佇む亜麻色の髪の少女を見た。

「行こう、アルフィーネ」

 もうこの話は終わりだという風に、まだ何か言いたそうなアルフィーネを促す。

「はい……」

 そう言われてしまえば、アルフィーネも頷くしかない。

 入り口で待つエルド達の許に走り寄り、今度こそ目的の〈知識の泉(フィラウェル)〉のある書物庫を目指して四人は小広間を後にした。

 

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