アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅹ —書 物 庫—

 代り映えのしない石造りの通路が続く。

「さっきの角を曲がらずに、真っ直ぐ行けばよかったんだよ」

 エルドは自信を持って先に立って歩いて行く。

 一旦問題の角まで引き返し、左に逸れた通路を今度は真っ直ぐに突っ切る。

 回廊を通って別の棟に出、そこを更に奥へと足を進めた。

「姉ちゃん。結構歩くけど、今度こそ大丈夫なんだろうな? おいらもう引っ返したりするの()だからね」

 なかなか目的地に着かないので、シグが疑いの(まなこ)で姉を見る。

「心配いらないよ、今度こそ間違いないんだから。ほら、あれが見えればもう直ぐさ」

 エルドが顎で通路の突き当りを示した。

 そこは昔扉があった名残か、石壁の中央がぽっかりと空いて上の方はアーチ型に石が組まれていた。

 それでもシグはいやに疑り深かった。

「本当に本当だろうね?」

 と、念を押す。八回目ともなると流石にシグも慎重だった。

「なんだい。姉の言う事が信じられないのかい」

 むっとして、エルドは弟のソバカス面を睨む。

「信じられるもんなら、とっくに信じてるよ。姉ちゃん、何回間違ったと思ってるんだい」

 シグは目を(すが)め、すかさず痛いところを突いた。

 一瞬エルドは言葉を詰まらせたが、直ぐに反撃に出る。

「誰だって間違いの一つや二つあるもんだろ。男の癖に度量の小さい奴だね」

「一つや二つで済まないから言ってんだろ。度量が小さいんじゃなくて、用心深いだけだよ」

 唇を尖らせ、すかさずシグがやり返す。

「へぇ、ものは言いようだね」

「おかげ様で。姉ちゃんと付き合ってると自然と口がうまくなってね」

 言い合いながら、お互い額を突き合わす。

「また始まった……」

 ショウはエルティアの姉弟を前に溜息をついた。

 仲がいいのか悪いのか、この姉弟は出会った頃から何かにつけて口喧嘩ばかりしている。最初は慌てて止めに入っていたが、今はもうその気力さえない。

「なんだか楽しそうですね。わたし一人っ子だったからよく分からないんですけど、姉弟って皆あんな風なんでしょうか?」

「うーん」

 楽しそう? まあ、そう見えないこともないか……

「俺も兄弟いないから分からないけど、この二人の場合は…ちょっと特殊なんじゃないかなぁ」

 あの激しい言葉の応酬を見て「楽しそう」と、羨ましがるアルフィーネの感覚に首を捻りながらショウは応えた。

 ——井原ンとこは妹がいたけど、ここまで酷くなかったような……

 むしろ、兄の方が妹に一方的にやり込められて手も足も出てなかったよな。

 悪友とその妹の顔を思い出しながら、ショウはまた「う~ん」と一頻り唸った。

「兄貴、ンなとこで何考え込んでるんだよ」

「早く来ないと置いてくよ」

 いつの間に口喧嘩が終わったのか、先に立って口を揃えてショウを呼ぶ二人は、ついさっきまでの険悪な雰囲気など微塵も感じさせない程、ぴったりと息が合っていた。

 ショウは毎度の事ながらエルティアの姉弟の変わり身の早さに溜息をついた。周りが引くほどの舌戦も、この二人にとっては単にじゃれ合っているだけなのかもしれない。

 ——だから心配するのも馬鹿らしいんだよな……

 ショウはもう一度溜息をつき、アルフィーネと共に先に立って待つ二人の許に向かった。

 更に幾つかの角を曲がり、最後の通路を真っ直ぐに進んだ突き当りの部屋に入ると、エルドは得意げに胸を張った。

「ほら、ここがそうだよ」

「本当にここが書物庫なのか?」

 部屋の中を見回し、ショウはエルドに確かめた。

 中はさっきの小広間程度の広さがあり、奥の壁際に高さ一フィノ程の石柱が立っている以外、がらんとして何もないホールのような空間だ。

 書物を収める書棚どころか、文字の彫られた石板の欠片や、羊皮紙の切れ端一つ落ちてない。これではヴィルドヒルの手掛かりなど有りそうもなかった。

「慌てなさんな、お婆様が言ってただろ。エルーラがなければ書物庫には入れないって」

 エルドは首にかけた革紐を手繰り上げ、胸元から革製の小袋を取り出した。

 それの口を開いて中からヌゥートの布の塊を取り出して丁寧に広げ、透明な水晶珠の中で琥珀色に輝く宝珠を大事そうに手に持つ。

 そして、壁際にある石柱の上に描かれたエルティア王家の紋章の中央の窪みにエルーラを嵌め込んだ。

 途端に地鳴りにも似た鈍い音と震動が、ホール一杯に響き渡る。

 ぎょっとして他の三人は辺りを見回した。

 石柱から少し離れた右側の壁が動いていた。

 中央から割れ、左右にゆっくりと。

 茫然とショウ達が見守る前で、壁は三フィノ程開くとその動きを止めて沈黙した。

「あの中が書物庫、〈知識の泉(フィラウェル)〉があるんだ」

「なぁ、姉ちゃん。フィラウェルって一体なんだい?」

 大きな目を丸め、ここに入るのが初めてのシグは興味深そうに訊く。

「あんた、ほんとにお婆様の話、何も覚えちゃいないんだね」

 嘆息し、エルドは呆れ顔で弟を見た。

「中に入れば判るよ。あんたには話して聞かすより、その目で見た方が早いだろ」

 石柱からエルーラを取り、エルドは三人を促して開いた壁の中に入った。

 中はひんやりとしていて肌寒いくらいだった。書棚らしき物が迷路のように並べられ、その中に整然と書物が収まっている。羊皮紙独特の臭いが微かに鼻につくが、窓が一切ない割には空調が効いているのか埃っぽさはなかった。

 そして、光が届かない書物庫の壁や、書棚の通路の上の天井の所々に嵌め込まれた白水晶の結晶の中で(ほのお)のような物が、部屋の中の闇を払って揺らめいていた。

「姉ちゃん、あれってなんだい?」

 部屋の天井に嵌め込まれた半球の白水晶の中に揺らぐ焔を指差してシグが訊く。

 初めて見るらしく、物珍しそうに大きな目を見開いてそれに見入っている。

「えっと、それは——」

「輝光石だよ」

 自信なさげに言い淀んだエルドに代わり、ショウが答える。

 ソルティアの王宮にも幾つかそれがあり、やはりショウも珍しくてエイルに尋ねたことがあったのだ。幼い頃からそれを見慣れていたフォルドの知識(きおく)では、そういう物という認識しかされてなかったので余計気になったのである。

「《宵の国(ナイティア)》でしか取れない鉱石で、一度空気に触れるとああやって燃えるように輝くんだ」

 ショウはシグにエイルに教えてもらった事をそのまま得意げに披露する。

 輝光石はナイティアでも地中奥深くからしか産出しない貴重な鉱石だった。掘り出された時はただの黒い石に過ぎないが、一度地上の空気に触れると燃え上がる様に発光するのだ。

 ただ、そのままにしておくとすぐに石が小さくなって消滅するので、あのように空気に触れないよう白水晶などの中に封じ込めておくのだ。そうすると輝光石はその中にある限り永遠に輝き続けるのである。

 但しその製法は失われて久しく、このような輝光石は現存する物が全てだった。

「へぇ、兄貴って意外と物知りなんだね」

「ほんと、驚いたよ」

 シグだけじゃなく、エルドにまで感心されてショウは憮然となった。

「意外だけは余計だろ。俺だって色々勉強してるんだ」

 というより、単なる受け売りなのだが。それを知っているアルフィーネは、笑うのを堪えるようにショウを見ていた。

 その視線にわざとらしく咳払いして誤魔化し、ショウは脇の棚にあった書物を一冊手に取る。

「ああ、それじゃないよ。フィラウェルはこっちだよ」

 エルドが書物庫の奥を示した。

 不意に背後から地響きに似た鈍い音と震動が響き渡る。

 振り返って見ると、先ほど入って来た壁の扉が動き出していた。

「おい、閉じ込められるぞ」

「エルーラがあれば大丈夫だよ」

 慌てるショウにエルドが事も無げに言う。

 あの扉は一定時間が過ぎると勝手に閉まるようになっているのだ。出たければ内側にある石柱に、さっきのようにエルーラを嵌め込めばいいだけの話だ。

「でもそれじゃ、うっかりエルーラを外に置いてきたら出れなくなるんじゃないか?」

「石柱にエルーラを嵌め込んだままなら、壁の扉は閉まらないよ」

 ショウの懸念を一蹴し、エルドはさっさと奥に向かった。

 両脇に書棚が並ぶ通路の突き当りの壁の前に立ち止まる。

 そこにはさっきホールで見たのと同じような石柱があった。

 エルドはそこにまた宝珠を嵌め込んだ。

 前面の壁が低い唸りを上げて開いていく。

 書物庫の中に外部の光が差し込み、四人はその中に足を踏み入れた。

 中は五フィノ四方の部屋で、その中央に一・五フィノ程の高さの石柱の上に直径五十フィア程の、全体に美しいレリーフがあしらわれた水受け皿が乗っている。その受け皿の窪んだ真ん中から清らかな水が湧き出、水受け皿を満たして零れ落ちては石畳の床を濡らしていた。

 そして高さ四フィノの天井の中央には、ひと際大きな輝光石を封じ込めた透明な水晶球が嵌め込まれ、その輝きで真下にある水受け皿を満たす清水を煌めかせている。

 それ以外、そこは何もなかった。

 

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