「エルド、これは——」
書物庫の中に水が湧き出ている不可思議な光景にショウ達は呆然となった。
驚く三人に悪戯っぽい笑みを浮かべ、エルドは勿体ぶって言う。
「これが〈
「これが……」
その名称から、問えば泉から湧いて出てくる水のように、
エラドラはこれに尋ねれば教えてくれると言っていたが、そもそもこの何の変哲もない泉にどうやって訊けばいいのかが、まず分からない。
唖然とするショウ達を満足げに見やり、エルドは手にした宝珠を湧き水の水受け皿の水中の中央にある台に置いた。
半分揺れる
それを受けた宝珠が、眩い琥珀色の輝きを四方に放った。
すると、その輝きの中に一人の少女が浮かび上がり、そっと琥珀色の力の
さらりとした長い琥珀色の髪に同色の瞳を持つ美しい少女である。身にはこのエルティアで巫女が纏う琥珀色の法衣を着ていた。
『迷える者よ、我に尋ねしは何か?』
澄んだ少女の声が直接頭の中に響いてくる。
「〈
声もない三人に得意げにエルドは説明する。
自分も初めて見た時は仰天したのだ。皆も精々驚いて貰わなければ、自分だけ驚き損である。
「
「って事は、俺達わざわざここまで来る必要なかったんじゃないか?」
心話とやらでこの少女に直接エラドラが訊けたのだから。
「確かにそうかもね」
険を含んだショウの声に、エルドはあっけらかんと応える。
「でもほら、お婆様も言ってただろ。自分の頭で考えろって」
まずは自分で考えて動いてみる。すべてはそこから始まるのだ。最後まで人に頼っていいのは赤ん坊か、年端も行かない子供。それに足腰が立たなくなった老人や病人くらいである。
「それに、お婆様はあの通り偏屈で頑固だから、一度言い出したらきかないしね」
「そうそう、助言はするけど人の為に骨を折るなんて事、絶対しない
姉の言葉に乗って、シグも妙に悟り切ったように腕を組んでうんうんと頷く。
「………」
——なんて婆さんだ……
自分の祖母も結構色々と厳しかったが、ここまで酷くはなかった……よな、たぶん。
ちょっと自信なさそうにショウは昔を想い出して悩み込んだ。
『迷える者よ、我に尋ねしは何か?』
再び抑揚のない声が頭の中に響く。
各々尋ねたい事がある四人は、お互いに視線を交わした。
そっとショウがアルフィーネの背中を押す。
元々ここに来る切っ掛けは、彼女がフォルドの
「ソルティアの皇子フォルド様の
『〈
問いかける少女の後ろに立つ黄金の髪を持つ少年を示し、淡々とエルーラの化身は言葉を紡いだ。
『〈
「じゃあ、そのヴィルドヒルは何処にあるんだ?」
フォルドの状態を具体的に説明され、無事なことにほっとするアルフィーネの脇に立ち、ショウは続けて訊いた。
「神話で
『この
今や〈
抑揚のない澄んだ少女の声は、この大地が刻んだ時の流れを紡ぎ出していく。
「もっと具体的な場所が知りたい。地名でも何でもいいから、そこに確実に辿り着ける道筋が知りたいんだ」
切実なショウの声に、琥珀色の少女は淡々と答えを返す。
『人知れぬ名も無き地ゆえ、そこに
「川か……」
結局エイルの推測は正しかったわけだ。明確な場所は判らなかったが、それの確証を得られただけでも幾分気が楽になった。
けれど、そうなると河のないエルティアにいては、何時まで経っても目的地には辿り着けない事になる。
「それじゃあ、最後に一つ」
少し
「俺がソーレスの力を使えるようになるには、どうすればいいんだ?」
「ショウ!?」
他の三人はぎょっとした。
それはつまり、ショウがソーレスの担い手になるという事だ。フォルドがいるというのに。
『其方がソーレスの力を使うには、〈
張り詰めた空気の中、淡々と答える少女の声が響く。
『その為には、まず現ソーレスの担い手の死亡、もしくはその者が担い手を降りる意志を示し、〈
だが、
「………」
無情なエルーラの化身の言葉に、ショウはがっくりと肩を落とした。
そんな彼に、エルドが憤然と詰め寄る。
「ショウ、今のは一体どういうつもりなんだい?」
「どうって……」
何を言われたか分からず、ショウは目を瞬かせた。
「あんた、フォルドからソーレスまで取り上げる気かい」
「え?」
虚を
「ち、違う。そうじゃない」
慌てて否定する。
「ただ、俺はこれからの事を思って訊いたんだ」
別にフォルドに取って代わりたいと思った訳じゃない。今までの事があって、ここに来るまでの間ずっと考えていたのだ。全部じゃなくても、その一部だけでもいいからソーレスの力が使えたらと。
そうすれば、オーシグルやジャルガだけでなく、あの蠢く「闇」でさえも、きっと自分一人の力で何とか切り抜けられただろう。エルドや婆さんの助けがなくとも。
おおよそではあるがヴィルドヒルのある場所が判った以上、これから先はアルフィーネと二人でそこを目指す事になる。
とはいえ今後も何があるか分からないのに、誰の助けも無く自分独りの力でアルフィーネを護っていくことを考えると、ショウとしては今のままの自分の力に不安を感じずにはいられなかったのだ。一応ここまでの旅でフォルドの体での戦いにも慣れ、漸く違和感なく本来の動きが出来るようになったが、それでもだ。
特にあの蠢く「闇」にまた出会ったらと考えると、尚更そう思ってしまう。
「婆さんが居なくてもソーレスの力が使えれば、それだけ旅の危険は少なくなるだろ」
「けど、やっぱ俺じゃあ無理みたいだな」
ショウはさっきの情け容赦ないエルーラの言葉を思い出し、力なく溜息をつく。
いきなりとんでもない事を言い出すショウに愕然としたエルド達だったが、彼の話を聞いてホッと安堵した。
そんな四人を前に、フィラウェルの中央に立つエルーラの化身の少女は、それ以上誰も尋ねてこないのを見て、すうっと光の中からその姿を薄れさせていく。
それに気付き、エルドが慌てて呼び止める。
「待っておくれ。まだ聞きたい事が——」
だが、琥珀色の少女はそのまま姿を消してしまった。
―完成した〈
「へぇ……」
「ほぉ……」
「これが、エルーラの化身……」
「お、おい、なんでこの姿なんだよ」
『何か問題か?』
「大ありだろうが。俺のガキの頃の姿してんじゃねぇよ」
『現在の其方の姿では色々と差し障りがあろう。其方の
「成程、子供の姿であれば、人々も尋ねやすいかもしれないね」
「流石力の
「だからって、何も俺じゃなくてもいいだろ。他の奴にしろ」
『それでは今度は我が馴染めぬ故、
「やっぱり自分の担い手が一番ってことか」
『無論の事。我の担い手ならば体の隅々まで
「ほぉ、体の隅々まで遍くとは……」
「全部分かってるって、凄いな……」
「流石知識を総べるエルーラだけの事はあるね」
『無論、我と担い手の間で隠し事など出来ぬ』
「という事は、奥方よりも親密ってことかな」
『当然であろう』
「エルーラ。頼むから、一々そいつらに答えるのは止めてくれ」
『
「お前が答える度に、こいつら変な目で俺を見るんだよ」
仲間の視線がとても痛いエルティアの祖王だった。
ちなみに彼の幼少期の姿は、自信に満ちたガキ大将のようなこましゃくれた子供だった。
なお、他の力の
【アーサス豆知識⑨】
誰でも〈
その化身の姿は、現担い手の幼少期の姿を模したものになっている。
つまり今のエルーラの化身は、エラドラの少女の頃の姿を
フィラウェル完成後、祖王はエルーラの管理を神殿に任せ、次に担い手として選ばれたのは、神殿の神官の一人だった。
それ以降エルーラは王族の手を離れ、代々女神ヴァンデミーネの神官、もしくは巫女がその担い手となった。王族は国の中枢を担い、祖王の血を後世に伝えるのみとなる。
王族がエルーラの担い手としての素質を持っていた場合、その者は王族を離れ神官や巫女となった。
これは王族及び、王族の部族がエルーラを独占し、権力を集中させて他部族の反感を買い、国が乱れるのを防ぐ為の手段だった。
祖王は部族に関係なく中立の立場である神官や巫女にエルーラを託す事で、末永く国を安定させようとしたのである。