アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅹ —〈知識の泉(フィラウェル)〉—

「エルド、これは——」

 書物庫の中に水が湧き出ている不可思議な光景にショウ達は呆然となった。

 驚く三人に悪戯っぽい笑みを浮かべ、エルドは勿体ぶって言う。

「これが〈知識の泉(フィラウェル)〉さ」

「これが……」

 その名称から、問えば泉から湧いて出てくる水のように、知識(こたえ)を教えてくれる何かがそこにあると漠然と考えていたのだが、まさか本当に泉だったとは。

 エラドラはこれに尋ねれば教えてくれると言っていたが、そもそもこの何の変哲もない泉にどうやって訊けばいいのかが、まず分からない。

 唖然とするショウ達を満足げに見やり、エルドは手にした宝珠を湧き水の水受け皿の水中の中央にある台に置いた。

 半分揺れる水面(みなも)から顔を出しているエルーラに、真上から輝光石の光が降り注ぐ。

 それを受けた宝珠が、眩い琥珀色の輝きを四方に放った。

 すると、その輝きの中に一人の少女が浮かび上がり、そっと琥珀色の力の宝石(いし)を内包した透明な水晶珠の上に降り立つ。

 さらりとした長い琥珀色の髪に同色の瞳を持つ美しい少女である。身にはこのエルティアで巫女が纏う琥珀色の法衣を着ていた。

『迷える者よ、我に尋ねしは何か?』

 澄んだ少女の声が直接頭の中に響いてくる。

「〈暁の星(エルーラ)〉の意志が具現化したモノっていうのかな。お婆様は心話で直接声を聞くことが出来るみたいだけど、あたしら凡人はこうやってフィラウェルにエルーラを置く事で声を聞くことが出来るのさ」

 声もない三人に得意げにエルドは説明する。

 自分も初めて見た時は仰天したのだ。皆も精々驚いて貰わなければ、自分だけ驚き損である。

彼女(エルーラ)はこの世界の記憶を全て持ってるっていうから、聞かれた事は何でも答えてくれる筈さ」

「って事は、俺達わざわざここまで来る必要なかったんじゃないか?」

 心話とやらでこの少女に直接エラドラが訊けたのだから。

「確かにそうかもね」

 険を含んだショウの声に、エルドはあっけらかんと応える。

「でもほら、お婆様も言ってただろ。自分の頭で考えろって」

 まずは自分で考えて動いてみる。すべてはそこから始まるのだ。最後まで人に頼っていいのは赤ん坊か、年端も行かない子供。それに足腰が立たなくなった老人や病人くらいである。

「それに、お婆様はあの通り偏屈で頑固だから、一度言い出したらきかないしね」

「そうそう、助言はするけど人の為に骨を折るなんて事、絶対しない(たち)なんだよ。若い(もん)は苦労して当然と思ってるからねぇ」

 姉の言葉に乗って、シグも妙に悟り切ったように腕を組んでうんうんと頷く。

「………」

 ——なんて婆さんだ……

 自分の祖母も結構色々と厳しかったが、ここまで酷くはなかった……よな、たぶん。

 ちょっと自信なさそうにショウは昔を想い出して悩み込んだ。

『迷える者よ、我に尋ねしは何か?』

 再び抑揚のない声が頭の中に響く。

 各々尋ねたい事がある四人は、お互いに視線を交わした。

 そっとショウがアルフィーネの背中を押す。

 元々ここに来る切っ掛けは、彼女がフォルドの(こころ)の詳しい安否を知りたがったからだ。

 躊躇(ためら)ったものの三人の視線に促され、アルフィーネは泉に浮かぶ少女に尋ねる。

「ソルティアの皇子フォルド様の(こころ)は、今何処に居て、無事でおられるのでしょうか?」

『〈蒼の閃光(ソレイア)〉に選ばれし者の魂は今、其処な者の肉体(からだ)に宿り〈生命の丘(ヴィルドヒル)〉の〈命の樹(エリオス)〉の(もと)にいる』

 問いかける少女の後ろに立つ黄金の髪を持つ少年を示し、淡々とエルーラの化身は言葉を紡いだ。

『〈命の樹(エリオス)〉の加護により、その(もと)にいる限り()の者は、飢える事も病む事もなく命は保たれる』

「じゃあ、そのヴィルドヒルは何処にあるんだ?」

 フォルドの状態を具体的に説明され、無事なことにほっとするアルフィーネの脇に立ち、ショウは続けて訊いた。

「神話で()われている場所には、ヴィルドヒルはないみたいなんだ」

『この大地(アーサス)が生まれし時、〈生命の丘(ヴィルドヒル)〉のある小島を内包する〈聖なる湖(アクア・ヴィダ)〉は大地の中心にあった。やがて〈聖なる湖(アクア・ヴィダ)〉から〈生命の水(アクアティア)〉が流れ出し、その流れと共にこの大地は拡大していった。

 今や〈聖なる湖(アクア・ヴィダ)〉はこの大地の中心にあらず。ここより西北の方向、山岳と大森林の狭間に、人知れず生まれし時の姿のままに在る』

 抑揚のない澄んだ少女の声は、この大地が刻んだ時の流れを紡ぎ出していく。

「もっと具体的な場所が知りたい。地名でも何でもいいから、そこに確実に辿り着ける道筋が知りたいんだ」

 切実なショウの声に、琥珀色の少女は淡々と答えを返す。

『人知れぬ名も無き地ゆえ、そこに(いた)る明確な道はない。そこに辿り着きたくば川を遡るがよい。全ての川は〈聖なる湖(アクア・ヴィダ)〉に通じる』

「川か……」

 結局エイルの推測は正しかったわけだ。明確な場所は判らなかったが、それの確証を得られただけでも幾分気が楽になった。

 けれど、そうなると河のないエルティアにいては、何時まで経っても目的地には辿り着けない事になる。

「それじゃあ、最後に一つ」

 少し躊躇(ためら)いながらも意を決してショウはそれを口にする。

「俺がソーレスの力を使えるようになるには、どうすればいいんだ?」

「ショウ!?」

 他の三人はぎょっとした。

 それはつまり、ショウがソーレスの担い手になるという事だ。フォルドがいるというのに。

『其方がソーレスの力を使うには、〈蒼き閃光(ソレイア)〉に認められねばならぬ』

 張り詰めた空気の中、淡々と答える少女の声が響く。

『その為には、まず現ソーレスの担い手の死亡、もしくはその者が担い手を降りる意志を示し、〈蒼き閃光(ソレイア)〉がそれを了承する必要がある。

 だが、(たと)えそれが成されたとしても、其方は異なる世界の者。この世界(アーサス)への想いが無くば、神と想いを重ねる事は難しい。そして、それが出来ぬ限り、〈蒼き閃光(ソレイア)〉が其方を認め、ソーレスの力を(ゆだ)ねる事は無い」

「………」

 無情なエルーラの化身の言葉に、ショウはがっくりと肩を落とした。

 そんな彼に、エルドが憤然と詰め寄る。

「ショウ、今のは一体どういうつもりなんだい?」

「どうって……」

 何を言われたか分からず、ショウは目を瞬かせた。

「あんた、フォルドからソーレスまで取り上げる気かい」

「え?」

 虚を()かれたようにショウは呆気に取られたが、エルドの後ろで顔を青褪(あおざ)めさせているアルフィーネの姿に、ハッとなった。

「ち、違う。そうじゃない」

 慌てて否定する。

「ただ、俺はこれからの事を思って訊いたんだ」

 別にフォルドに取って代わりたいと思った訳じゃない。今までの事があって、ここに来るまでの間ずっと考えていたのだ。全部じゃなくても、その一部だけでもいいからソーレスの力が使えたらと。

 そうすれば、オーシグルやジャルガだけでなく、あの蠢く「闇」でさえも、きっと自分一人の力で何とか切り抜けられただろう。エルドや婆さんの助けがなくとも。

 おおよそではあるがヴィルドヒルのある場所が判った以上、これから先はアルフィーネと二人でそこを目指す事になる。

 とはいえ今後も何があるか分からないのに、誰の助けも無く自分独りの力でアルフィーネを護っていくことを考えると、ショウとしては今のままの自分の力に不安を感じずにはいられなかったのだ。一応ここまでの旅でフォルドの体での戦いにも慣れ、漸く違和感なく本来の動きが出来るようになったが、それでもだ。

 特にあの蠢く「闇」にまた出会ったらと考えると、尚更そう思ってしまう。

「婆さんが居なくてもソーレスの力が使えれば、それだけ旅の危険は少なくなるだろ」

 肉体(からだ)は紛れもなくフォルド本人の物なんだから、ちょっとくらいソーレスの力が使えるようになる方法でもあったらと、淡い期待を抱いて訊いたのだ。

「けど、やっぱ俺じゃあ無理みたいだな」

 ショウはさっきの情け容赦ないエルーラの言葉を思い出し、力なく溜息をつく。

 いきなりとんでもない事を言い出すショウに愕然としたエルド達だったが、彼の話を聞いてホッと安堵した。

 そんな四人を前に、フィラウェルの中央に立つエルーラの化身の少女は、それ以上誰も尋ねてこないのを見て、すうっと光の中からその姿を薄れさせていく。

 それに気付き、エルドが慌てて呼び止める。

「待っておくれ。まだ聞きたい事が——」

 だが、琥珀色の少女はそのまま姿を消してしまった。

 




―完成した〈知識の泉(フィラウェル)〉の中央に置いた〈暁の星(エルーラ)〉の上に、初めて姿を現したエルーラの化身の姿を見ての祖王四人の会話―
「へぇ……」
「ほぉ……」
「これが、エルーラの化身……」
「お、おい、なんでこの姿なんだよ」
『何か問題か?』
「大ありだろうが。俺のガキの頃の姿してんじゃねぇよ」
『現在の其方の姿では色々と差し障りがあろう。其方の記憶(ちしき)の中で、最も人々に馴染まれやすい姿を(かたど)ったに過ぎぬ』
「成程、子供の姿であれば、人々も尋ねやすいかもしれないね」
「流石力の宝石(いし)だけあって、思慮深いものだな」
「だからって、何も俺じゃなくてもいいだろ。他の奴にしろ」
『それでは今度は我が馴染めぬ故、(かたど)(にく)くなる』
「やっぱり自分の担い手が一番ってことか」
『無論の事。我の担い手ならば体の隅々まで(あまね)く熟知しているが故』
「ほぉ、体の隅々まで遍くとは……」
「全部分かってるって、凄いな……」
「流石知識を総べるエルーラだけの事はあるね」
『無論、我と担い手の間で隠し事など出来ぬ』
「という事は、奥方よりも親密ってことかな」
『当然であろう』
「エルーラ。頼むから、一々そいつらに答えるのは止めてくれ」
何故(なにゆえ)に? その為に我はここに顕現させられたのであろう』
「お前が答える度に、こいつら変な目で俺を見るんだよ」
 仲間の視線がとても痛いエルティアの祖王だった。
 ちなみに彼の幼少期の姿は、自信に満ちたガキ大将のようなこましゃくれた子供だった。
 なお、他の力の宝石(いし)も担い手との間で何らかの意思疎通は出来ているが、ここまで明瞭ではない。


【アーサス豆知識⑨】
 誰でも〈暁の星(エルーラ)〉の知識を利用できるようにする為、祖王がエルティアの神殿の奥に設置した〈知識の泉(フィラウェル)〉は、その中央にエルーラを置くと、力の宝石(いし)の意志を具現化した琥珀色のエルーラの化身が姿を現す。
 その化身の姿は、現担い手の幼少期の姿を模したものになっている。
 つまり今のエルーラの化身は、エラドラの少女の頃の姿を(かたど)っていた。現在は年老いてアレだが、幼少期は愛らしくも知的な美少女だった。

 フィラウェル完成後、祖王はエルーラの管理を神殿に任せ、次に担い手として選ばれたのは、神殿の神官の一人だった。
 それ以降エルーラは王族の手を離れ、代々女神ヴァンデミーネの神官、もしくは巫女がその担い手となった。王族は国の中枢を担い、祖王の血を後世に伝えるのみとなる。          
 王族がエルーラの担い手としての素質を持っていた場合、その者は王族を離れ神官や巫女となった。
 これは王族及び、王族の部族がエルーラを独占し、権力を集中させて他部族の反感を買い、国が乱れるのを防ぐ為の手段だった。
 祖王は部族に関係なく中立の立場である神官や巫女にエルーラを託す事で、末永く国を安定させようとしたのである。

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