アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅹ —怒れるエルド―

「兄貴っ、エルーラの力が回復したって」

 書棚の角から顔を出し、シグが姉の伝言を口にする。

 一緒に聞く気があるなら早く来いと。

「あ、ああ、今行く」

 動揺した気持ちを無理やり落ち着かせ、ショウは返事を返して立ち上がった。

 アルフィーネと共にフィラウェルの部屋に戻る。

 同時にエルドは琥珀色の少女を呼び出した。

「あたしらの(むら)(うごめ)く『闇』に襲われて、邑人が皆消えたんだ」

 すかさずフィラウェルの中に佇むエルーラの化身に問い質す。

「あの『闇』は一体何なんだい? 父さんや母さん、邑人達は何処に行ったんだい?」

『あの「闇」は人の慟哭と怨嗟の想いに凝り固まった心の闇により産み出されし物。消えた人々の行方は「闇」を産み出したる者にしか判らぬ』

「じゃあ、その『闇』を産み出した奴は誰なんだい? 何処に行けばそいつに遭えるんだい?」

『産み出したるは闇の女王。だが、深淵よりもなお深き濃い「闇」が全てを覆い、その者の居場所は我には見出せぬ。それを知るは黄金の髪の少年。()の者の許にそれは現れる』

「黄金の……」

「——髪の少年!?」

 一同の視線が、一斉にショウに向けられる。

「お、俺じゃない」

 慌ててショウは首を横に振った。

「黄金の髪の少年って言ったら、ソルティアにごろごろ居るだろっ」

「そりゃそうだね」

 じゃあ、誰なんだろう?

 尋ねようとしてフィラウェルの宝珠に目を向けたが、エルーラの化身は既に消えてしまっていた。

 さっき姿を消した時はまだ(ほの)かに光っていた宝珠の輝きも、今はすっかり失せてくすんだように見える。完全に力を使い果たしてしまったようだ。

 こうなるとエルーラの担い手であるエラドラが居ないと力の回復はできない。できたとしてもそれは相当長い月日が掛かる事になる。

 取り敢えず訊きたい事は聞いた。この王都や今この国で起こっている事も詳しく訊いてみたかったが仕方がない。後は邑に帰って、お婆様にもう一度尋ねてみればいいだろう。

 そう割り切ってエルドはフィラウェルの中から宝珠を取り出した。

「とにかく目的は達したんだし、一旦ダーナの邑に戻るよ」

 書物庫から出て、エルーラで扉をしっかりと封印し直すと、再びヌゥートの毛の布に包むみ革袋の中に入れて懐に仕舞い込みながらエルドは言った。

「そうだな、誰かがいきなり飛び出して行くから、ロクにお礼も言えなかったしな」

 ショウがちらりと咎めるように朱毛(あかげ)の少女に視線を向ける。

「あ、あれはゴムラツハが——」

 怒って飛び出す前にダーナの若長から言われたことを思い出し、エルドはさっと頬を赤めらせて口籠もった。

「あれ、姉ちゃん。何赤くなってんの?」

 目ざとくシグがからかう。

「やっぱゴムラツハと何かあったんだろ。ひょっとして結婚申し込まれたとか」

「えっ? ダーナの若長って四十過ぎてんじゃないか」

 驚いてショウはソバカスだらけのシグの顔を見た。

「幾ら何でも年が離れ過ぎてないか?」

「まだ四十前だよ」

 シグがダーナの若長の為に訂正する。

「それにこれ位年の離れた夫婦なんて、この国じゃ珍しくもないぜ。気の早い奴なんか、生まれたての赤ん坊にだって唾つけたりするもんな」

「それは…ちょっと凄いな」

 ショウは目を丸めた。元の世界じゃとても考えられない。

「だろ? それで姉ちゃんが産まれた時、ゴムラツハがえらく喜んだって話でさ。邑に来る目的が父ちゃんじゃなくて姉ちゃんなんじゃないかって、随分噂になったんだってさ」

「へぇ~」

 シグの背の高さまで屈み込み、ショウは興味深そうに耳を貸す。完全に腰を据えて聞く体勢だ。

 それに気を良くし、調子に乗ってシグは更に言いたい放題言葉を連ねていった。

「おいらとしちゃ、もうちょい若い方がいいんだけどさ。でも姉ちゃんああいう性格だろ。やっぱダーナの若長みたいに、ちょっとやそっとじゃビクともしない奴じゃないと、とても姉ちゃんとやっていけないんじゃないかと思うんだよね」

「う~ん」

 なんとコメントしていいのやら、ショウは顎に手を当てて唸った。

 その肩を、アルフィーネが遠慮がちにつっ突く。

 何事かと振り返るショウの視界に、怒りに全身を震わせて仁王立ちになっているエルドの姿が入った。

 きつい赤味がかった琥珀色の双眸を吊り上がらせ、ショウの隣で自分の姿に顔色を無くす弟を睨み付けていた。燃え盛る焔のように逆立った(あか)い髪の上には白い湯気さえ見えそうだ。

「シーグ。あんた、よくも好き勝手言ってくれたねぇ」

 地獄の底から響くような声を喉元から絞り出し、バキボキと両の指を鳴らす。

 どうも今回は今までのような口喧嘩で済みそうにない。

「ね、姉ちゃん……」

 声が震え、シグの背筋に冷たいものが幾筋も流れた。

「お、おいらはその、姉ちゃんのこと想って——」

「問答無用だよっ!」

 いきなり殴り掛かる。

「うわっ」

 悲鳴を上げ、シグはショウの後ろに隠れた。そうなると必然的にエルドの攻撃をショウが受ける羽目になる。

「ちょ、ちょっと」

 慌ててショウはエルドの拳を受け止める。

「邪魔する気っ」

 きっと燃える琥珀色の瞳で端整なショウの顔を睨め付ける。

「そ、そんな事言ったって……」

 口籠もるショウを後目(しりめ)に、エルドは半歩前に出、すかさず彼の後ろに隠れる弟に蹴りを入れる。

 だが、シグも必死だ。

 ショウの体を巧みに盾にして姉の怒りの蹴りから逃れる。

 エルドの攻撃を間一髪で躱し、ショウがシグに抗議する。

「おいシグ、人を巻き込むなよな」

「何言ってんだよ。兄貴だって面白がって聞いてたくせに」

 一蓮托生だと言わんばかりに、シグはしがみついて離れない。

「何ごちゃごちゃ言ってんだいっ」

 エルドは怒りの声を飛ばしながら、更に攻撃を仕掛ける。

 手加減抜きのエルドの攻撃は、一撃でも喰らったらただでは済まない。

 ケリアの男と()った時以上に神経を研ぎ澄まし、ショウは背中にシグを引っ付つかせたまま何とか(しの)ぎ続けた。

「ショウ、これ以上邪魔すんなら、あんたも同罪だよっ」

 何度も邪魔され、エルドは更に切れた。目が完全に座っている。

 ごくりと、ショウもその後ろに隠れるシグも唾を呑み込んだ。

 これはもう、何を言っても無駄なようだ。

 こうなったら——

 二人はちらりとお互い視線を交わし、そして、くるりと怒れるエルドに背を向けると、脱兎の如く逃げ出した。

「あ、こらっ。お待ちっ、卑怯者っ!」

 エルドが喚きながらその後を追う。

 その三人の後姿を見送って、アルフィーネは大きく溜息をついた。

 

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