アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅺ —出城巡りの帰還—

 ソルティアの慈雨の月は雨がよく降るが、一日中降り続けることは少ない。

 白を基調とした建物のそこかしこを彩る色鮮やかな花々の花弁や葉が雨粒を弾いて揺れている。

 その雨足も次第に弱まり、王都(ソーラス)の街並みの石畳のあちこちには、しっとりと大地を濡らした雨の名残を思わせる水たまりができていた。

 その上を水飛沫を跳ね上げながら一角獣達が駆け抜けていく。

 街中なので速度は控え目だが、それが続けて十数頭ともなると、人々も何事かと思わず振り向いてその姿を目で追ってしまう。

 一団となって駆け抜ける一角獣達は、そのままソーラスの南西を流れるシャナン河に架かる橋を渡り、真っ直ぐに丘の上にある王宮に向かっていた。そして、その後を追うように幌を付けた荷馬車が続く。

 先頭の一角獣を駆るのは鈍い金髪を短くした三十代の騎士だった。フォルド皇子の出城巡りに同行した騎士隊長のレグナントである。

 日程を終え、漸く出城巡りから戻ったのだ。

 王宮に向かって緩やかに続く坂道を駆け上がり、レグナント達出城巡りの一行は王宮の門を抜けて手前にある広場に出た。

 王宮は普段通りで、行き交う文官達が突然大人数で駆け込んできた一行に驚いて振り返る。

 出城巡りに出た皇子一行の帰還だというのに、出迎えの準備などは全然なされていない。

 ただ、正面玄関の手前に彼等の到着を待っていた一団がいるだけだ。

 数人の部下らしき騎士を従えた、明るい金髪に水色の瞳をした華やかな容姿の壮年の美丈夫である。鍛え抜かれた体躯に、腰には部下とは違い一目で業物と分かる剣を佩いている。

 近衞の長であると共に全ての騎士団を統括するセイレムである。普段は王の傍に控えて居るが、先触れで今日の午後に出城巡りに出た一行が戻るとの知らせを受け、他の者に王を任せて門前の広場で到着を待っていたのだ。

 彼の姿を見るや、レグナントは一人一行から離れてセイレムの前で一角獣を降りた。

 右手を胸に当て、深々と(こうべ)を垂れる。

「ただいま戻りました」

「ご苦労。それで皇子は?」

 広場の中央で隊列を組んだまま控えている出城帰りの騎士達をチラリと見やり、簡潔にセイレムが尋ねる。

 彼はそれを聞くためにわざわざここで待っていたのだ。

「はっ、皇子は順調に出城巡りの日程をこなし、無事フェデルの出城まで行ったのですが……」

 そこでレグナントは言い淀んだ。

 暫し逡巡していると、無言で先を続けろとセイレムが視線で促す。

「——フェデルの出城で、エルティアのエルーラの巫女が、この時期にも関わらず未だ我が国寄りに(きょ)を構えていると聞き、興味を持たれた皇子は同じ力の宝石(いし)に選ばれた者同士で話をしたいとおっしゃられたのです」

 周りの人間が注目している中、淡々とレグナントは報告を続ける。

「女神ヴァンデミーネの巫女はご高齢との事で、この機会を逃すと二度と会えぬかもしれぬと思われた皇子は、引き留める我々に王都に帰るよう言い渡し、エルティアに詳しいフェデルの騎士数人と共に巫女に会いに行かれました」

「そうか、確かに皇子は力の宝石(ソレイア)の力について色々と調べていたからな。他の力の宝石(いし)や同じ立場の人間が近くに居るなら、会ってみたいと思うのも無理ないか……」

 仕方なさそうに嘆息し、セイレムは目の前で畏まる鈍い金髪の騎士に言葉を返した。

「判った。王にはそのように伝えておこう。お前達はゆっくりと休むがいい」

 用は済んだとばかりに体を返し、供の騎士を引き連れて王宮の中に入って行く。

 王宮内の者に今日出城巡りの一行が戻る事を知らせなかったのは、一緒に皇子が戻らない旨を先にフェデルより通達されていたからだ。

 残されたレグナントは隊列に戻り、部下に指示を出す。

 そのやり取りを王宮の者達は茫然と見ていたが、セイレム達が居なくなると慌ててその場を後にした。

 おそらくこの事を知らなかったことに焦り、各庁の同僚に確認に向かったのだろう。そして、今さっき見聞きした事を伝える為に。

 これで放っておいても戻って来た出城巡りの一行に、皇子が居ない理由(わけ)を王宮内に広げてくれる。王の意向による筋書きを。その為にセイレムはわざわざ人目がある所で、レグナントにそれを報告させたのだから。

 ——これで少しでも皇子のあの噂が払拭されればよいのですが……

 少し離れた所でひっそりとその様子を眺めていたエイルは、小さく息をついた。

 一行の荷車から降りてきた頭の天辺が禿げ上がった老人が、そんな彼を見つけて声を上げる。

「エイル殿」

「これはロドルバン殿、お疲れ様です」

 のんびりとした足取りで近づいてくる皇子の侍従長に、エイルもにこやかに(ねぎらい)いの言葉を掛ける。

「こんな所で何をしておるんじゃ?」

「王宮の書庫での調べ物の帰りで、出城巡りの一行がそろそろ戻る頃だと思ってここで待っていたんですよ」

「ほぅ、わざわざ出迎えに来てくれたのか」

「ええ、久しぶりにロドルバン殿と積もる話でもと思いましてね」

 軽く片眉を跳ね上げる皇子の侍従長にエイルは微笑んで言う。

「ここで立ち話もなんですし、よろしければ場所を移しませんか?」

「そうじゃな、儂も荷馬車に散々揺られて体のあちこちが痛いからのう」

 行きは忘れ(やまい)(かか)ったフォルドをフォローするために、老骨に鞭打って一角獣に乗っていたが、皇子が姿を(くら)ました後は、一緒にいなくなったアルフィーネが自分の一角獣に乗っていった所為で、それからはずっと荷馬車の荷物と一緒だったのだ。

「それは大変でしたね」

 くすりとエイルは微笑(わら)い、首や肩をコキコキと鳴らす元気な老人を促すように歩き出す。

 ロドルバンが腰に手を当ててその後に付いていく。

 そんな二人を誰も気に留めなかったが、レグナントは自分の指示に従い動く部下を横目に、広場から王宮内に入っていく二人の姿をじっと見ていた。

 だが、同じように建物の陰から自分を窺うように見詰める者がいる事に、レグナントは気付く事はなかった。

 

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