アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅺ —密 約—

 レグナントは騎士団本部の会議室に向かう為、回廊を一人顎に手を当てて俯きがちに歩いていた。

 内密な話があると、ついさっき近衛の長が騎士団統括の名で皇子に同行した者達全員に招集を掛けたのだ。

 その内容も気になるが、それよりもレグナントは先程の光景の方が気になった。

 皇子が行方不明のまま何の手掛かりもなく王宮に戻って来たというのに、あの皇子の侍従長は道中もまるで気に病む素振りすらなかった。ただ呑気に一人荷馬車に乗って寝てばかりだったのだ。

 先程もそうだ。あの薬師と楽しそうに話をしながら行ってしまった。

 幼少の頃より仕え、誰よりも皇子の事を第一に考えていた筈なのに、何故そのような態度が取れるのか、レグナントには理解できなかった。

 ——やはり、ロドルバン殿は何か知っているのだ。

 道中何度か問い詰めたが、何時ものらりくらりとはぐらかされていた。移動中で時間も無かったので余り追求できなかったが、王宮に戻って来た以上時間はたっぷりとある。今度はじっくりと腰を据え、絶対に口を割らせてみせる。

 内密の話とやらが終わったら即刻皇子の侍従長に会いに行く。と、決意も新たにレグナントが拳を握り締めたその時だった。

「レグナント様」

 背後から自分を呼ぶ男の声が聞こえた。

 振り返るとそこに、所々に白髪が混じったくすんだ金髪の男が立っていた。

「何か用か、マクアーク殿」

 すっと目を細め、レグナントは警戒するようにサウアーの侍従長を見る。

 フォルド様が神の意志によって世継ぎの君と定められたにも拘わらず、サウアー様はそれに異を唱えるように、事ある毎にフォルド様と張り合い、貶めるような言動を繰り返してきた。

 本来ならそのような(あるじ)の愚かな行動を、侍従長であるマクアークが諫めて()めさせるべきものを、止める処か裏でそれを手助けしていたという噂まである。

 証拠はないが、二年半ほど前皇子を危険な目に遭わせた従者が、実はマクアークに買収されていたと、王宮ではまことしやかに(ささや)かれていた。

 その所為で、皇子はその後新たに従者を傍に置こうとしなくなったのだと。

 そのような黒い噂しかない人物が、このタイミングで自分に接触してきたのは、何か魂胆があっての事だろう。

「そう警戒せずとも」

 苦笑いを浮かべ、マクアークは他意などないと言わんばかりに言葉を継いだ。

「ただ私は今、王宮内で囁かれているフォルド様の噂について、貴方様の意見が聞きたいと思いましてな。それで声を掛けた次第で」

「皇子の噂だと?」

「余りにもあり得ない噂でしてな」

 勿体ぶるようにそこで言葉を切り、マクアークは眉根を寄せるレグナントに声を(ひそ)めて告げた。

「『世継ぎの君ともあろうお方が、こともあろうに国も民もうち捨て、一介の侍女風情と駆け落ちした』と」

「なっ!? 何故それをっ」

 ひた隠していた筈の皇子達の失踪が、噂になって王宮に広がっている事にレグナントは愕然とした。しかも自分ももしかしてと思ってしまった事だけに余計気が動転してしまった。

「やはり、あの噂は事実であったようですな」

 思わず口走ったレグナントを見て、マクアークがニヤリと口の端と歪める。

「ち、違う。そうではないっ」

 慌ててレグナントは否定した。

「神に選ばれた皇子がそのような真似をする筈がない。そうだ、何か深い理由があったのだ」

 まるで自分に言い聞かせるように断言する。

 だが、それをマクアークは内心でほくそ笑んだ。

 語るに落ちるとはこの事だ。フォルドを弁護しても、噂自体は否定していない。フォルドとあの侍女が連れ立って姿を(くら)ましたと白状したも同然だった。

「深い理由とは?」

「そ、それは判らぬ。だが、皇子が理由もなくあのような事をする筈がない」

 頑なにレグナントはフォルドを信じると口にする。

 そうでもしなければ、皇子に対する信頼が足許から崩れていきそうだった。

「そうですな」

 鷹揚に頷き、マクアークは追い打ちを掛けた。

「しかし、喩えどんな理由があったとしても、このように国民に対する不義をされては、臣下としても不信感は拭えませんな。国を捨てて駆け落ちなどと……」

 吐き捨てるように言い、動揺を隠せない出城巡りの騎士隊長にねっとりとした声音で問う。

「そうではありませぬか、レグナント様?」

「………」

 それが事実のように同意を求めるマクアークに、レグナントは否定も肯定もできなかった。

 春のあの事件で意識不明になった皇子が目覚めた後、あの侍女だけは傍らに置き続けていた。例の一件以来幼い頃より自分に仕えていた侍従長以外、誰も傍に置こうとしなかった皇子が。

 やはり皇子はあの侍女と駆け落ちしたのだろうか。だから、自分には何も言わなかったのか。言えば止められると思ったから……

 ——いいや、そうではない。

 レグナントは大きく(かぶり)を振ってサウアーの侍従長を()め付けた。

「皇子は必ず戻ると言葉を残して行かれたのだ。私はその言葉を信じる」

「左様ですか……」

 策を弄せずとも簡単に心を揺らす単細胞だから、あっさりと落ちるかと思えば忠義に拘る頑固者とは面倒な。だが、その方がかえって扱いやすい。

「ですが、理由も判らずただ待つのは辛くはないですかな」

「それは——」

 図星を指されて口籠もったレグナントは、そこで当初の目的を思い出した。

 皇子の侍従長を締め上げ、知っている事を洗いざらい吐かせるつもりだった事を。

「ロドルバン殿に聞けばよい。あの者は絶対に何かを知っている筈だ」

「あのご老体を……」

 心底嫌そうにマクアークが呟く。

 やたらと口が達者で人の邪魔ばかりする、目障りこの上ない老人だ。さっさとぽっくり逝ってくれないかと切実にマクアークは思っていた。

「その者よりも、もっと適任者がおりますぞ」

「適任者?」

「エイル殿ですよ。本来なら自分が行く筈だった出城巡りに、あの侍女を連れて行くよう進言したのは彼ですからな」

 怪訝な表情(かお)をするレグナントに、マクアークは訳知り顔で言う。

「裏で皇子と示し合わせてそう仕向けたと考えれば、あの者が一番今回の件に詳しいと言えるでしょうな」

「成程……」

 言われてみれば確かにそうだ。

「だが、あの者はロドルバン殿以上に(とぼ)けるのが上手いぞ。聞いたところで素直に教えてくれるとはとても思えないが」

「それはやり方次第ですな」

 自分なら聞き出せると、自信満々に言ったマクアークだったが、そこで不意に力なく肩を落とした。

「ただ、私はエイル殿には嫌われておりましてな。警戒されて近づく事もできぬのでは、聞き出せもしませぬ」

 と、無念そうに唇を噛みしめる。

 しかしそれは無理なからぬ事だろう。フォルドに肩入れしているエイルが、サウアーの侍従長と仲良くなれるわけがない。

「ならば私が其方の許にエイルを連れてきてやろう」

「よろしいのですかな?」

 驚いた様にマクアークはレグナントを見た。

 自分の事はこの騎士も良く思ってはいない筈だが、手を貸そうというのか。

「ああ。ただし、エイルから聞き出した事をこちらに全て教えるならばだ」

 鋭い視線をマクアークに向け、レグナントは条件を突き付ける。

 サウアーの侍従長などと馴れ合う気はないが、これで皇子が失踪した理由が判るならば是非もない。

「いいでしょう。エイル殿を連れて来さえすれば、後は任せてくだされ」

 事も無げにマクアークは請け合った。

「とはいえ、これはフォルド様の名誉にも関わる事ですからな。くれぐれも他の者には気付かれぬように」

「判っている。奴が一人になったところを狙って捕まえる」

 優男の一人くらい、喩え相手が嫌がろうとも捕まえて連れて来るのは簡単だ。

 念を押すマクアークに不快げに言い返すと、レグナントはそのまま(きびす)を返して去って行く。

 その後ろ姿を見やり、マクアークはにんまりと(わら)った。

 こちらの思惑通り、自らあの薬師を連れてくると申し出てくれるとは。本当に単純な男は扱い易くて助かる。

 最初気付かれないようにエイルの故郷で情報を集めようとしたが、どうも王宮に来る前は隣国(エルティア)にいたらしく、この国で暮らしていたという村では全然収穫がなかった。

 仕方なく本人に直接聞くべく、今までもずっと捕まえる隙を窺っていたのだが、用心深くて全く手出しができなかったのだ。尾行した者が撒かれたのも一度や二度ではない。だが、フォルド寄りの人間なら奴も油断するだろう。

 口を割らせる方法などそれこそ幾らでもある。何処まであの薬師がそれに堪えられか。その情景を脳裡に思い描き、マクアークは嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

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