アーサス   作:飛鳥 螢

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第二章 《 暁 の 国(エルティア) 》 Ⅻ—異 変—

 そろそろ雨季も終わり本格的な乾季の到来を示すように、草原の草葉が立ち上る陽炎(かげろう)に揺れていた。

 躍動的な一角獣の彫刻が乗っている門の脇、連なる柵の上に飾られた猛獣達の牙が陽光を浴びてキラリと光る。

 その前でダーナの邑人に囲まれた四人の少年少女が、旅支度を整えて一角獣と共に立っていた。

「俺たち行くけど、いいのか、待っていなくても。すれ違いになったらマズいだろう」

「それは判ってるけど、早くこれをお婆様に返したくて」

 と、エルドは懐の上を軽く叩く。

 そこにはエラドラから預かったエルーラが大切にしまい込まれていた。

 ここに戻ってから既に二日が経っていたが、ゴムラツハ達は未だに戻って来ていなかった。

 ショウとアルフィーネは旅の疲れを癒し、隣国へ行く準備を整えて今日出発するのだが、ゴムラツハ達を待ちくたびれたエルド達も、これからウィドに向けて行くと言うのだ。

 曾祖母の無事を自分の目で確かめるまで、安心できない気持ちはショウにもよく分かる。

「そうだな。ホントは俺も婆さんに直接お礼を言うべきなんだろうけど……」

「あたしがちゃんと伝えておくから、大丈夫だよ」

 すまなそうに言うショウの胸を軽く叩いてエルドが受け合う。

「それより案内なしで、ほんとに行けるのかい?」

「ああ、昨日色々聞いておいたからな」

 邑人の話では、ナイティアの方はこの国との間に絶壁ともいえる険しい岩山が立ち塞がり、アルティアの国境沿いには深い大地の裂け目があるという事だった。

 どちらも越えるのは難しそうだが、幸いにもダーナの邑近くにある大地の裂け目には橋が架かっているらしい。ショウはその吊り橋を渡ってアルティアに出て、当初の予定通りシャナン河の上流にあたる河を目指すつもりだった。

 随分と遠回りしてしまったが、目指すべき所がはっきりしただけでも、かなり気が楽になっていた。

「じゃぁ——」

 と、名残惜しいが最後の挨拶をしようと、ショウが声を上げた時だった。

 遠くから馬蹄の音が連なって鳴り響いてきた。

 見ると、波打つ草原の中を一角獣の一団が、こっちに向かって駆けて来る。

「あれは……」

 そこにいた全員が、目を凝らしてそれを見た。

 先頭の一角獣に乗る男の姿に見覚えがあった。収まりの悪い緋色の髪を後ろで一つに束ね、日に焼けた逞しい体躯の男——

「ゴムラツハっ」

 エルドが叫んで手を振る。

 ウィドの邑からやっと戻って来たらしい。もう少し遅かったらすれ違いになるところだった。

 ほっとして一同は若長達の到着を待った。

「ゴムラツハ、お婆様は?」

 一角獣の一団が到着するなり、エルドとシグは先頭の一角獣に駆け寄った。

 それに応えず、ゴムラツハは無言で一角獣から降りる。

 何時もならエルドを見るや軽口の一つや二つ出てくる筈が、今日はやけに静かだ。

 お婆様に何かあったのだろうかと、二人して不安になってくる。

 一緒に行ったノマンやダーナの若者連中も、同じく一言も発せずに無表情で地面に降り立った。

 そっちに視線を巡らすが、そこにもエラドラの姿は見当たらない。一角獣の背の上も同様だ。

 普段の陽気な彼等からは想像できない不気味に静まり返った様子に、どういうことかと眉を(ひそ)め、エルドは無言の緋色の髪の男を見上げた。

「ゴムラツハ?」

「…——長老は居ない……」

 虚ろな声で淡々とゴムラツハが答える。

「居ないって、どういう事だい? まさか置いてきたのかい?」

 つい気色ばんでエルドは問い詰める。

 お婆様が我儘を言ってウィドの邑を離れない可能性は十分ある。でもそれなら先に連絡を寄越してくれていれば、すぐに自分達が戻ったのに。

「長老は居ない」

 もう一度同じ言葉を繰り返しながら、ゴムラツハは腰帯に挟んでいたぼろ布を、自分を睨み付ける少女に放る。

 思わずそれを受け取ったエルドは、弟と共に顔色を変えた。

 それがウィドの邑を出発する時、エラドラが身に着けていたショールだと気付いたからだ。引き裂かれてぼろぼろになっている。

「邑に居たのはジャルガだけだ。家畜は全て奴らに()られた」

「そんなっ」

 柵の修理をし、門の扉もしっかり閉めて出た筈なのに、どうやってジャルガは中に入ったのか。

 でもゴムラツハは冗談は言っても嘘は言わない。

 ぼろ切れとなったショールを握りしめ、エルドはギリッと奥歯を噛みしめた。

 こんな事ならお婆様が何と言おうと、一緒に連れて来るべきだった。

「姉ちゃん……」

 顔を蒼ざめさせたシグが姉に縋りつく。

 そんな二人に何と声を掛ければいいのか分からず、ショウやアルフィーネ、エネメ達ダーナの邑人達はただ姉弟を見守るしかなかった。

「エルド、長老はもう居ない」

 朱毛(あかげ)の少女を見据え、ゴムラツハは右手を差し出した。

「…——だから、エルーラを寄越せ」

「ゴムラツハ?」

 沈痛な面持ちで俯いていたエルドは、思わず(おもて)を上げて怪訝そうにゴムラツハの顔を見た。

 暗褐色の瞳には何の感情も窺えない。

「それを手に、俺はエルティアの王になる」

「ゴムラツハ……」

 エルドは唖然となった。

 何時ものゴムラツハならこんな事は言わない。父親の跡を継ぐのを嫌がってウィドの邑に転がり込んで自分の邑に帰らず、エルドの父親やエラドラに散々説教されて渋々族長の跡を継ぐ事にしたくらいだ。

 そんな面倒臭がりの権力欲のない奴が、この国の王になると言うなんて信じられない。

 それにゴムラツハと一緒に行った連中も変だった。こんな若長を見て誰も止めようとしないのだ。ノマンなど真っ先に口を出してくる筈が、無言のままピクリとも動かない。

「エルド、エルーラを俺に寄越せ」

「どうしたんだい、ゴムラツハ。あんたらしくもない」

「そうですよ、若長。エラドラ様が亡くなられたばかりだと言うのに、そのような——」

五月蠅(うるさ)いっ!」

 ノマンが動かないのを見て口を出したエネメを、ゴムラツハは睨め付けて怒鳴った。

 殺気すら感じさせる剣幕に一同が息を呑む。

「さあ、早くエルーラを寄越せっ」

 エルドに詰め寄るゴムラツハの生気のなかった双眸に、凶暴な光が宿る。

「…——判ったよ」

 諦めたようにエルドが嘆息する。

「姉ちゃんっ!?」

 驚いてシグが姉を見上げた。

 お婆様に、今ではそれは遺言になってしまったが、『何があってもエルーラは絶対に他の者に渡してはならん』と言われていたのに。

 こんなおかしくなってしまったゴムラツハに抗いもせず、あっさりとエルーラを渡そうとする姉が何を考えているのか、シグには分からなかった。

 何時もの自分らしくない態度に目を()く弟を後目(しりめ)に、エルドは腰にしっかりと括り付けてあった革の小袋を外し、ゴムラツハにそれを手渡した。

 それを見て、何か気付いたようにシグはそろりと後退(あとずさ)る。

「これで、俺はエルティアの王になれる」

 掴んだ革の小袋の丸い感触に、ダーナの若長はニヤリと口の端を歪ませる。

 そして、視線を巡らせ、鮮やかな黄金の髪の少年にギラついた目を向けた。

「ついでに、お前が持っている〈陽の剣(ソーレス)〉を貰おうか」

「っ!?」

 ——何故ダーナの若長がソーレスの事を知っている!?

 ゴムラツハの言葉に、ショウは顔を強張(こわば)らせた。

 この肉体(からだ)の身バレの許であるソルティアの宝剣は、巻いていた布を人前で取った事はなかったのだ。エルドやシグに誰にも言わないように念を押しておいたし、婆さんだって言いはしないだろう。

 なのにゴムラツハは、何処でその存在を知ったのか。

 ショウは警戒するように、ダーナの若長を見返した。

 一方、留守を預かっていた邑人達の間で(ざわ)めきが起こっていた。

 ソーレスはこの世界を争乱に陥れた男を斃した伝説の剣として、その存在を他の国にも(あまね)く知られている。力の宝石(ソレイア)に選ばれたソルティアの王もしくは王となるべき者のみが持つことを許された剣として。

 そして、三年前その所有者は現王から、新たに担い手として選ばれた「皇子」に替わったと、部族集会(エルセイド)でソルティアと交流のある部族から報告されていた。

 若長の言葉が事実ならば、そのソルティアの皇子が何故エルティアにいるのか……

 固唾を呑み、一同は疑惑の念を抱いて黄金の髪の少年と若長に視線を集中させた。

「そいつがあれば、俺はこの世界(アーサス)の覇王になれる」

 血走った目を向け、熱の籠った声でうわ言の様に言い放つ。

「さあ、小僧。背負っているその剣を寄越せ」

 ずいっとゴムラツハは前に出た。

 ショウは折れた腰の剣の代わりに、先日買った短剣の柄に手を掛けて身構える。

 また一歩、傲然とダーナの若長がショウに迫る。

 その背後から、のんびりとエルドが声を掛けた。

「あぁそうだ、ゴムラツハ。革袋の中身は確かめなくてもいいのかい? それ、さっき門の柱に思いっ切りぶつけたんだよね。エルーラに傷が付いてなきゃいいんだけど」

「なにっ!?」

 足を止め、ゴムラツハは慌ててきつく結わえてある革紐をもどかしそうに解いた。

 中を覗き込む。

 途端に強烈な刺激臭が容赦なく目と鼻を突く。

 ヌルルの実だ。

 エルドはエルーラの革袋の代わりに、ヌルルの実の入った革袋をゴムラツハに渡したのだ。

「ぐわっ」

 思わずゴムラツハは革袋を投げ捨てたが、目と鼻に刺激臭をモロに受け、涙が溢れ、鼻水が止まらない。

 ずっと無表情に若長のやることを見ていたノマン達が、この時初めて表情を変えた。

 手で顔を覆うゴムラツハに駆け寄る。

「皆、一角獣に乗るんだよっ」

 エルドが叫び、自らもショウ達を見送ったらウィドの邑に戻るつもりで用意しておいた栗毛の一角獣に飛び乗る。

 シグは姉が若長にあの革袋を渡した時点で、既に自分の一角獣の傍に移動して合図を待っていた。

 慌ててショウとアルフィーネも傍らの一角獣の背に(またが)る。

「西へ行くんだよっ」

 言いながらエルドが一角獣の脇腹を思いっ切り蹴る。

 甲高く嘶き、一角獣は矢のように草原の中を駆け出した。

 

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