アーサス   作:飛鳥 螢

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第三章 《 昏 の 国(アルティア) 》 Ⅰ —遠き日の夢—

 遠くで梢の間を渡りながら(たわむ)れる鳥たちの(さえず)る声が聞こえる。

 晴れた蒼穹の下、降り注ぐ陽光が南側の陽当たりのよい窓のレースのカーテン越しに、柔らかな光となって室内を満たしていた。

 時折爽やかな清風が、カーテンを揺らして吹き込んでくる。

 そんな中、部屋の中央奥に置かれた天蓋付きのベッドの上で、やつれた姿のソルティアの王は、ふっと閉じた目蓋(まぶた)を開いた。

 王が目覚めたのを察し、侍従の一人が天蓋のカーテンを開ける。

「お目覚めでございましょうか?」

「ああ」

 王は初老の侍従に視線を向けた。

 それを受けて控えていた侍従達がてきぱきと動き回り、王をベッドの上に起き上がらせ、立てかけた柔らかなクッションに王の上半身を預けた。

「では、何かございましたらお呼びください」

 そう言うと、初老の侍従は他の者と共に部屋を出ていく。

 後に残されたのは、ベッドの脇に立ってずっとその様子を見ていた壮年の明るい金髪の騎士ただ一人だった。

 近衛の長のセイレムである。

 報告したいことがあるので、王が目覚めたら少しの間人払いしてもらったのだ。

「ご気分がよろしいようで。何か良い夢でも見られましたか?」

「そうだな……」

 近衛の長の言葉にふっと遠い目をし、王は少し頬こけた顔に柔らかな笑みを浮かべた。

「昔の夢を見ていた」

「昔の?」

 軽くセイレムは水色の瞳を瞬いてベッドの上に身を起こす王を見る。

「ああ、王宮の学び舎で兄上と、其方と、オルフォートと、それから——」

 と、王族以外に次代の王の候補として連れて来られ、共に学んだ者達顔を一人一人思い浮かべ、カムラスは懐かしむようにその名を上げていった。

 自分達の代の最終的な候補者は十五人と多かったが、「継承の選儀」で王に選ばれなかった後王宮に残った者は半数ほどだった。全てが祖王の頃より仕えていた臣下の血筋、もしくは血縁の者達で忠誠心が厚く、王のカムラスによく仕えてくれた。今近衛の長となり、傍らでこうして護衛をしてくれているセイレムもその一人だった。

 後の半数は殆どが平民の生まれで、故郷に戻って中央との橋渡し役となり地方の為に尽力し、今もカムラスの治世を支えてくれている。

 三年前王が重篤な(やまい)に倒れた時も民衆の不安を取り除き、国内を安定させてくれたのは彼等が居てくれたからだった。

「あの頃は楽しかったな」

 次代の王となる可能性を秘めた者達を集めた学び舎では、身分など関係なく誰もが対等だった。呼び捨てで名を呼び合い、互いに切磋琢磨して皆希望に燃えてこの国の未来を語り合った。勿論それ以外の事も。今ではどれも懐かしい想い出だった。

 当時を思い起こして穏やかな表情をするカムラスだったが、不意に笑みを消して目を伏せた。

「……儂はずっと、ルゴス——兄上がソーレスに選ばれると思っていた」

「カムラス……」

 思わず立場を忘れ、セイレムはベッドの上のかつての学友の名を呼んだ。

「そうであろう。兄上は誰よりもこの国の事、民の事を考えていた」

 それに比べ自分は考えが甘いと、よくルゴスに怒られていたものだ。

 何時になっても一進一退で中々(やまい)が癒えない自分を不甲斐無く思うカムラスは、懐かしい昔の夢を見たことで、ついずっと心に(くすぶ)っていた本音を漏らす。

 何時になく弱気な王に、昔に立ち戻ったセイレムは何を今更と息をついた。

「それはそうだが、ソーレス——〈蒼の閃光(ソレイア)〉はお前を選んだんだ」

 ルゴスはそれに異を唱える事はなかった。騒いだのは彼の妻のレイミアくらいだ。

「それに俺も、お前が王に選ばれて良かったと思っている」

 セイレムはベッドのカムラスを見下ろした。

「考えてもみろ。ルゴスが王になっていたら、今頃王宮内は息苦しくて気が休まる時がないぞ」

 とかくルゴスは一切の妥協を許さず厳しいのだ。自分だけでなく他人に対しても。それが相手の為を思っての事だから余計始末が悪い。

 何時の時代でも、王宮の学び舎に集められた次代の王候補の中には、付いて行けずに脱落する者は少なからず居た。だが、自分達の時は一人も脱落者は出なかったのだ。

 選ばれた以上誰一人脱落する事は許さないと、ルゴスが問答無用で徹底的に彼らを(しご)いた結果だった。

 たとえ次代の王に選ばれなくとも、脱落者とならずに最後まで候補に残れた事を皆喜んでいた。ルゴスに対して感謝もしていたが、それを素直に感謝する者はいなかった。たとえそれが善意であっても、素直に感謝するには彼の教え方は厳しすぎたのだ。

 だが、そんな彼等の複雑な心情など、ルゴスは全く意に介さなかった。彼にとって結果が全てだからだ。

 確かに当時能力的には誰よりも抜きんでていたルゴスだったが、彼が王となりそんな調子で国を治めたら、より良い国になったとしてもあちこちで軋轢を生みかねない。

 学び舎時代それが起きなかったのは、その間に立ったカムラスの尽力によるものだった。

 力の宝石(ソレイア)がルゴスでなくカムラスを選んだ時、本人は茫然として蒼く輝くソーレスの刀身を見ていたが、セイレムだけでなく他の候補者は全員内心で胸を撫で下ろしていたのだ。ルゴス自身もその時何処か納得したような表情(かお)を見せていた。

「誰もが、ルゴスでさえお前を王だと認めているんだぞ」

「兄上が……?」

 目を瞬いて、カムラスはセイレムを見た。

 今でこそ何も言わなくなったが、次代の王に選ばれた当初はかなり厳しい事をルゴスに言われ続けていたのだ。

「ああ」と、セイレムは重々しく頷いて断言する。

「でなければ、とっくに官僚以下休む間もなく扱き使われ、あいつに生気を絞り取られて王宮は幽鬼の巣窟になり果てているぞ」

「酷い言われようだな」

 思わずカムラスは口許を綻ばせる。

「本当の事だろう。ルゴスでなくお前が王だから、この国はうまく治まっているんだよ」

 セイレムの言葉は、あながち間違ってはいなかった。それが同じ学び舎で学んだ者達の共通の認識だった。

 ルゴスもそれは判っていた。だから自分の裁量が及ぶ範囲以外の事は、必ず王の判断を仰いでいたのである。あのサウアーの一件を除いては。

 ——そういえば、サウアーの所在は未だに掴めていないのだったな……

 姿を(くら)ませた時期からしてフォルドを追って行ったと思われるが、杳としてその行方は知れなかった。

 ただ一つ気になったのは、出城巡りの一行が遭遇したエスカーの野営地での襲撃の報告だ。その襲撃犯とフォルドは戦ったようだが顔はよく見えず、正体は不明だという話だった。

 だが、剣の教え子の性格を良く知るセイレムはそれを疑問視していた。フォルドは襲撃犯の顔が見えなかったのではなく、庇っているのではないかと。

 もし襲撃したのがサウアーなら、もはや死罪は免れないだろうから。

 それにしても、王族なのに、いや王族だからなのか、幼少の頃よりサウアーのソーレスに対する思い入れはかなりのものだった。

 物心つく頃から子供らしく遊ぶこともせず、ただひたすら勉学に励み、剣の腕を磨いていた。ソーレスに選ばれる、ただその為だけに脇目も振らずに己が道を邁進していた。

 おそらく幼い頃から事あるごとに母親に言われていたのだろう。

『其方は選ばれ損ねた父親とは違う。其方こそが誰よりもソーレスの担い手に相応しい』

と——

 そうして候補者が王宮の学び舎に集められる頃には、サウアーは肥大した自信の塊となっていた。ソーレスに選ばれるのは自分なのに、何故このような無駄な事をするのかと、慣例に従う者達を(さげす)んだ。

 同時にサウアーはそれらの者達が見ていない処で候補者達が早く諦めるよう、対等であるはずの彼等に身分を振りかざし、自分の力を誇示して辛く当たった。彼等を庇うフォルドに対しては、特にそれが酷かった。

 無理やり候補者にされた者達を哀れに思うなら、それから早く解放してやるのが王となる者の務めだと言う、独善的な母親の言葉に従って。

 学び舎の中での事は候補者達自身の裁量に任されていた為、判っていても誰もそれを咎める事はできなかった。

 こうして候補者の半分以上がサウアーの仕打ちに耐えられず、無念の内に学び舎を去って行ったのだ。

 父のルゴスは誰一人脱落者を出させなかったが、サウアーはまるで正反対の事をやったのである。

 そして、そこまでした結果が、あの三年前の「継承の選儀」だった。

 あれだけ自信満々だったサウアーは、ソーレスを輝かせられなかった。

 それでも誰一人宝剣を輝かせられなかったのならまだ良かったのだ。だが、最後の最後になってフォルドがそれを輝かせてしまったのである。

 従弟が手にしたソーレスが蒼き輝きを放ったのを目の当たりにした時、サウアーの中で今まで信じて積み上げてきた何もかもが、音を立てて崩れ落ちていったのだ。母親に幼い頃よりずっと吹き込まれ続けたソーレスへの妄執だけを残して。

 哀れだと思うが、だからと言ってサウアーがした事は到底許されるものではなかった。

 




 お久しぶりです。
 何時も寒波が来ると「今季最強」と言いますが、たまには「今季最弱」の寒波が来てもいいのではと思います。毎回寒すぎて、ついぬくぬくとした布団の中で、春まで冬眠したくなります。
 さて、漸く第三章《昏の国(アルティア)》ですが、例によってアルティア国内の話に入る前に、その頃ソルティアでは——です。
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