アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅲ ー忘れ(やまい)(2)ー

「…——それともう一つ」

 暫しの沈黙の後、エイルは更に言いにくそうに言葉を継いだ。

「皇子が目覚められた事を、レイミア様とベルティナ様に知られてしまいまして……」

「あの高慢ちきの疫病神親()にですとっ!?」

 途端にロドルバンが頓狂な声を上げた。余程嫌っているのか、口調にも表情にも好意のカケラすらない。

 もっとも、それは無理なからぬ事だった。

 このソルティアでは次代の王を決めるのは現王ではなく、祖王ショウより代々受け継がれた、太陽神ソルブレイより授けられと謂われる神の力を宿した宝石(いし)蒼の閃光(ソレイア)〉が柄に()められた宝剣〈陽の剣(ソーレス)〉によって選ばれた者が次代の王になると定められていた。

 以前息子が宝剣ソーレスに選ばれる唯一の者と勝手に決めつけていたレイミアは『次代の王座はサウアーのもの』と公言して憚らず、フォルドに対しても『現王の子とはいえど敬意を払ってもらわなければねぇ』と、臣下の様に扱い、その娘も母に倣えとばかりに親子揃って嫌味嫌がらせなど日常茶飯事であった。

 それが三年前、サウアーを差し置いてフォルドがソーレスに選ばれた途端、コロリと掌返して百八十度態度が変わったのだ。

 今までの傲慢無礼三昧の日々は忘却の彼方に放り投げ、そんな確執などまるでなかった様にフォルドに猫撫で声で擦り寄ってきたのだ。

 そして、宰相の妻娘という肩書きを振りかざし、他の美姫をフォルドに一歩どころか半歩すらも近寄らせようとしなかった。その所為で今年十八歳だというのに、フォルドには婚約者はおろか恋人の一人もいないという有様なのだ。

 息子が王位に就けないので、代わりに娘を次代の王妃の座に据えようというレイミアの魂胆が見え透いていて、ロドルバンは腹立たしい限りだった。

 やった方は都合良く忘れ去っても、やられた方は死ぬまでどころか死んでも忘れられそうにない。そんな連中に、どうして好意を寄せられよう。

「お主が付いていながら、何故そのような事にっ」

「申し訳ございません。まさかあのような時間に訪ねて来るとは思いませんでしたので」

「済んだことは仕方あるまい」

 あの気まぐれな親子の行動を完全に予測するのは、夫であり父親でもある宰相のルゴスでも不可能だ。

 すまなそうに(こうべ)を垂れる宮廷薬師の若者にオラトリオは優しく声を掛けた。

「フォルド皇子の目覚めは、遅かれ早かれ知らせなければならぬのだからな」

「しかし、あの親()、フォルド様が目覚められたと知った以上、人の迷惑も(わきま)えず、昼夜問わずに押しかけてきますぞ」

 ロドルバンの表情(かお)が、レイミア親子の厚顔な傍若無人ぶりを思い出して、苦虫を百匹まとめて噛み潰したように渋くなった。

「おそらくはそうでしょうね」

 それに同意してエイルは頷いた。

「私は仕事の都合上、四六時中皇子の傍に居るわけにいきません。かといって、アルフィーネでは今回のように押し切られてしまうのは目に見えています」

 それは他の女官など配しても同じであるし、今はまだ皇子のこの病を知る者は極力少ない方がいい。

「それでロドルバン殿に今後は常に皇子の部屋に居て身辺を守って頂きたいのです」

 フォルドが目覚めず、またエイルがこの部屋のある南棟全体を警護する衛兵以外全てを人払いしているので、今までロドルバンは仕事の手が空いてる日中は本宮で他の仕事をしていたのだ。

「成程、お任せあれ」

 決して厚くはない胸板をドンと叩き、ロドルバンは張り切って請け負った。

「病が完治するまで、フォルド様には何人たりとも絶対に近付けさせませんぞ」

「お願いします」

 にっこりと微笑み、エイルは侍従長から神官長に視線を移した。

「オラトリオ様には今まで通り臣民の心の安寧を。皇子の病は何時治るかも知れず、明らかにしなければならない時が来るかもしれません。そうすれば不安を抱く臣民が少なからず出るでしょう。それらの者が今もサウアー様を擁して三年前の夢を現実にさせようと暗躍する輩の甘言に惑わされぬように導いてやってください」

「神の法と理を守らせるのは、儂ら神官の役目ですからな」

 オラトリオは重々しく頷いた。

 

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