アーサス   作:飛鳥 螢

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第三章 《 昏 の 国(アルティア) 》 Ⅱ —巨大樹の森—

 見渡す限り緑深い森林が何処までも続いていた。

 清浄な空気を造り出す、()せるような深緑の匂いが森全体を押し包み、遠くからだと森林の周囲を淡いエメラルドグリーンの靄が掛かっているように見える。

 それを境に上方に向かって(みどり)の色が段々淡くなって紺碧の空へと溶け込んでいき、下方に向かっては新緑から深緑へと濃さを変え、濃淡色の美しいグラデーションを織り成していた。

 そして、一度(ひとたび)森林の中に入ると、頭上はすっぽりと緑の天蓋に覆われ、そこから零れ落ちた陽の光が湿った腐葉土と苔むした地面に降り注いでいる。

それは黄昏時に似た森の中に(ほの)かな明かりを(とも)し、外から見るのとはまた違った幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 国土の大半が樹齢千年以上もの巨大樹に覆われたアルティアは、直径が十フィノ以上もある樹々を切り倒して森を開拓するのは困難を極めた。

 それ故エルティアの人々は、森を切り開くよりも森と共に生きる事を選んだのだった。

 

 

 エルティアとアルティアの国境にある大地の裂け目に架かる吊り橋を落とし、追って来たダーナの男達の手から逃れたショウ達四人は、そのままアルティアの森の奥へと入って行った。

 大地の裂け目に近い辺りはエルティアの雑木林と然程変わらない森が続いていたが、それが次第に様相を変えてソルティアやエルティアでは見たことのない巨大な樹々が林立しだす頃になると、見晴らしの良かった草原とは違い、壁のように立ち並ぶ赤褐色の幹が視界を遮るようになった。

 それは頭上に幾重にも重なる深緑の葉の天蓋と相俟(あいま)って閉塞的な感じがして、自分達が小人(こびと)にでもなったかのような錯覚さえ覚える。

 地面にはこの巨大樹の枯葉だろうか、暗褐色のそれが幾層にも堆積して腐葉土と化していた。

 そして、幾重にも重なる枝葉の所為で殆ど陽光が通らない地上には、下生えの草木の代わりに、時折様々な色合いの茸などが腐葉土の下から顔を覗かせている。

 そんな巨大樹の間を縫うように、馬車が楽に通れるくらいの幅に堅く道が踏み固められていた。途中目の前に立ち塞がるように立つ巨大樹があると、道はそれを左右に迂回して続いていた。たまにどうしても避けて通れない所は、苦労して赤褐色の幹に穴を開け、トンネルのようにして道を通している。

 その道沿いには、所々に微かに独特の刺激臭を漂わせる低木が生え、その向こう側には枝につく(こま)かい葉の間からびっしりと、三フィア程の細く鋭い棘に埋め尽くされた灌木が、垣根のように生えていた。

 こんな陽の光が射さない場所によく生えているものだと思うが、葉が小さい上色が薄い処から、必要な栄養は光合成よりも養分豊富な腐葉土から摂っているのだろう。

 微かに馴染みのある刺激臭を放つ低木は、おそらくヌルルの木と思われる。潰した実の汁程ではないが、枝を折った時に出る白い汁にも同様の臭いがあった。その所為だろうか、道沿いの枝のあちこちに折られた痕があり、そのすぐ下から左右に新しい枝が出て一層繁って見える。

 この道形(みちなり)に進む限り、森の蛮人(オーシグル)の襲撃を心配する必要はないようだ。

 そしてもう一種の棘の木はかなり厄介な代物だった。枝や葉の隙間から見える棘は容易く皮膚や服を貫いて突き刺さり、刺さった先端を残して折れてしまうので、中々抜くことができずに何時もまでも痛みが続くのだ。

 それをショウ達に教えてくれたのは、好奇心旺盛で後先考えないシグが、身を持って体験してくれたからである。

 こんな物騒な木をわざわざ道沿いに生やしているのは、森の中からこの道への侵入もしくは道から外れない様にする為なのかもしれない。

 一角獣もこの棘の危険性を本能的に感じているのか、決して近づこうとしなかった。

 棘が抜けずに大騒ぎするシグの所為で途中時間を無駄にしたが、ここまで来ると頭上から梢を渡る動物の鳴き声や小鳥の(さえず)り以外聞こえるものはなかった。

「あの大地の裂け目があってホント助かったよな」

 並足(なみあし)で歩く一角獣の背で、ほっとしたようにショウが言う。

 吊り橋での攻防はかなり(きわ)どかったが、あれで追っ手を振り切る事ができたのだ。でなければ、あいつ等はエルーラとソーレスを手に入れる為に、何処までも追いかけて来ただろう。

「だったらソルティアの祖王に感謝しなきゃね」

「え? どうして?」

「あの大地の裂け目はソルティアの祖王が、あんたの背負っているソーレスの力を使って大地を割ったものだからさ」

「——っ」

 エルドの言葉と共に、それを補完するようにフォルドの知識(きおく)が蘇る。

 あの大地の裂け目はその昔、まだ国というものがなく、それぞれの場所で各々小さな集落をつくって人々が暮らしていた頃、この世界(アーサス)全域を支配しようとした男の暴虐の手から逃れてこの森に逃げ込んだ人々を、男の追っ手から守る為に神から授かった力の宝石(ソレイア)の力を使い、ソーレスで大地を斬ってできたものだった。

 宝剣の伝説の中でも、今もその力の凄さが判る特に有名な話である。

 その話は今まで記憶になかったとは思えないほど鮮明で、今でも一語一句(そら)んじられるくらいだった。それほどまでに自分はこの話が好きだったのだと思える程に。

 ——またか……

 ショウは苦々しげに顔を歪めた。

 確かに以前ヴィルドヒルの場所を探して、神話や伝説などを読み漁った。でも熱心に読んでいたのは、主にヴィルドヒルの記述があった神話の方なのだ。だから興味のないこの世界の伝説など、殆ど読んでないし憶えてもいない。

 それなのに——

 ——これはフォルドの知識(きおく)で、俺の記憶じゃない。

 以前は色々とこの世界の事を覚える手間が省けて有り難かったが、自然と頭に思い浮かぶフォルドの知識が自分の記憶を侵食し、まるで昔からこの世界で暮らしていたかのような錯覚さえ覚えるようになった今では、(いと)わしいものでしかない。

 エルティアに入ってからこのような事は起こらなくなっていたのに、やはり自国(ソルティア)に関する事だと刺激されて、フォルドの知識が呼び起こされるのだろう。

自分本来の肉体(からだ)を取り戻し、自分が居るべき場所——元の世界に還りたい筈なのに、こうやって自分自身に言い聞かせないと、いずれ何の疑問も持たずにフォルドの知識を自分の記憶として受け入れてしまいそうだ。そうなったら自分の元々の記憶の方が、ただの異世界の知識に成り果ててしまうのではないか。そんな不安をショウは抱いていた。

「どうしたんだい?」

 顔を歪め、こめかみを押さえるショウを、エルドが怪訝そうに見る。

「あ、いや何でもない。ソーレスの力って、マジで凄いんだなぁって思っただけだ」

 あの左右に何処までも延びる底の見えない大地の裂け目を脳裡に思い浮かべ、ショウはゾクリと微かに体を震わせた。

 どうやったら剣であんな風に大地を割れるのか。ウィドの(むら)で蠢く漆黒の「闇」を消し去った時とは、また別種の人知を超えた力だ。

 ソーレスの力であの「闇」が霧散した時、この力が使えたならと思ったが、刀身を輝かせるくらいならまだしも、あんな人の手に余るような強大な力なら、流石に怖くて欲しいとは思えなかった。

「そうだね。ソーレスの〈蒼の閃光(ソレイア)〉は『武』の力。〈暁の星(エルーラ)〉は『識』の力が宿ると()われてるって、前にお婆様が言ってたよ」

 神の力を秘めた力の宝石(いし)には、それぞれの神に(ちな)んだ力を持っていると。

「そうか、だから『剣』なのか……」

 それが最も効果的に力の宝石(いし)の能力を引き出せるのだと、ショウは納得した。

 同時に頭の中に新たな知識(きおく)が呼び覚まされる。

 ——それ故、祖王はソーレスに相応しい者をソルティアの王とする為、世襲によってではなく、力の宝石(いし)に宿る「神の意志」に王を選ばせる事にしたのだ。

 本来「継承の選儀」は次代の王を決める為ではなく、ソーレスを代々真の担い手に渡す為に祖王が定めた制度だった——

「………っ」

 勝手に流れ込んでくる知識に、ショウは煩わしげに眉間に(しわ)を寄せた。

 この調子だと、この話をしている間中次々と湧いてくるフォルドの知識(きおく)で、頭の中が埋め尽くされてしまいそうだ。

 もうこれ以上ソーレスの話はしない方がいい。

 ショウは話題を変えるべく、エルティアの姉弟に別の話を振った。

「ところでお前達は、これからどうするんだ?」

 ショウとアルフィーネは元々アルティアに行くつもりだったのでいいのだが、自分の邑に戻る予定だったエルドとシグは、おかしくなったダーナの若長達の所為で、この国に逃げ込む事になったのだ。

「そうだねぇ……」

 少し考えるようにエルドは黙り込んだ。

 あの大地の裂け目はソルティア寄りの森からナイティアの山岳地帯まで続いていた。勿論吊り橋はあれ一つという訳ではなく他にもあるが、どれもここからだと距離があり過ぎてエルティアに戻るだけでもかなり時間が掛かる。

 だからこそ当面追っ手の心配をしなくて済むのだが、そこから更にウィドの邑に行くとなるとどれだけ日数が掛かるか判らなかった。

 それに、あのおかしくなったゴムラツハが正気に戻らない限り、戻った処で同じことの繰り返しだ。

「このままあんた達と一緒に行くよ」

「いいのか、婆さんの事」

 あの若長の様子からして、本当に死んだかどう分からない。それはエルドも感じていた筈だ。

「いいんだよ。ゴムラツハがエルーラを欲しがってる限り、お婆様を死なせはしないよ」

 もし死んでないのなら人質として生かしておく筈だ。自分の持つ宝珠と交換する為に。

「それにエルーラの化身が言ってただろ。あの蠢く『闇』を産み出した奴は、黄金の髪の少年の許に居るって」

「でも、それは俺じゃないぞ」

「それはまだ分からないよ」

 ショウの主張を、エルドは軽くいなした。

「エルーラがどいつを指して言ったのか分からないんだ。取り敢えず手近な奴から当たるのが筋ってもんだろ」

「……シグも、それでいいのか?」

「姉ちゃんは一度言い出したら聞かないからね」

 シグが仕方なさそうに肩を竦めるが、何処となく嬉しそうだ。

 やっぱりこのまま別れたくないのだろう。

 素直じゃない弟に素早く拳骨をくらわせると、エルドはニッと笑った。

「じゃ、そういう事で、これからも宜しく頼むよ」

「ああ、俺達の方こそ」

 ショウとしても、このまま別れるのは名残惜しいと思っていたのだ。

 それに世間慣れして機転が利く彼女が、これからも一緒にいてくれるなら、これ以上心強いものはない。

 一角獣の背で橙色の頭を抱えて悶絶するシグを横目に、ショウもアルフィーネと共に笑みを返した。

 一応話がまとまった処で四人は先を急いだ。

 全員がこの国に来るのは初めてなのだ。森の中の生態系もよく判らないのに、野宿など無謀な真似は流石にしたくはない。

 日が暮れる、と言っても、天高く(そび)える巨大な樹木の枝葉による天然の天蓋に覆われたこの森の中では、運よく木漏れ陽の()した場所以外は薄暮の明るさしかない。それが完全に闇に閉ざされる前に、今夜の寝床を提供してくれる人家を探さねばならなかった。

 今辿る道が何処に通じているか知らないが、よく人が通る道だからこのように整備されているのだろう。

 ショウ達はそれを信じ、アルティアの集落のある所まで一気に一角獣を駆った。

 




 ―大地の裂け目が出来た理由(わけ)
   森林と草原が見渡せる崖上に立つとある四人の若者の会話―
「こンのぉ馬鹿がっ。力をセーブしろと言っただろーがっ! 下手すると大地(アーサス)が真っ二つになってたトコだぞっ」
「確かに。いくら逃げる人達を助ける為とはいえ、これはちょっとやり過ぎではないか? 〈蒼の閃光(ソレイア)〉が輝きを失っているぞ」
「ちゃんとセーブはしたぞ。ただちょっと……力の加減を間違えただけだ」
「ちょっとでこんなになるかっ」
「まあまあ、やってしまった事は仕方ない。あの人達を助けるという目的は一応果たしたわけだし」
「だよな」
「だよなじゃねぇ。お前がこいつを甘やかすから、全然反省しねぇだろ」
「お前も少しは頭を冷やせ。助けた人達が怯えているぞ」
「う……。だけど、どうすんだよこれ。これじゃ不便でしょうがないだろ」
「それは大丈夫。きっと追っ手(あいつら)が必死になって橋を架けてくれるよ。それがないと追って来れないからね」
「とはいえ、この裂け目を回り込まれたらマズいのではないか?」
「それも大丈夫だよ。ここから見ても裂け目は結構遠くまで延びてるからね。回り込むにしても時間が掛かるから、彼等を逃がして罠を仕掛ける時間は十分あるよ」
「お前また何かえげつない事考えてないか? すげぇ腹黒そうな表情(かお)してるぞ」
「失礼な。合理的かつ効率的な罠を仕掛けようと思っているのに」
「じゃあ、今回も悪辣な()ってことか」
「ショウ、誰がそんな事を君に言ったのかな?」
「ティ」
「ば、馬鹿っ」
「ほほぅ。君とは一度じっくりと腹を割って話したいと思っていたところだよ」
「え、いや、あの——」
「俺達はあの人達の相手をしなければならんからな。お前はこいつの相手を頼む。ショウ、ここから降りるぞ」
「ちょ、待てって、俺も——」
「罠には君の〈暁の星(エルーラ)〉の知識が必要なんだよ。ここで私と罠に付いて色々打ち合わせしないとね」
「~~~」
 ——こいつと二人でなんて嫌だ——っ!

 つまり《暁の国(エルティア)》と《昏の国(アルティア)》の間にある大地の裂け目は、《陽の国(ソルティア)》の祖王が敵から逃げる人達を助ける為に、ちょっと力加減を間違えて〈陽の剣(ソーレス)〉の力を振るった所為で出来た。
 ※「ティ」はエルティアの祖王の名「ティイング」を縮めて言ったもの。言いにくいので。
ちなみに各国の祖王の名前は下記のとおり。
 《陽の国(ソルティア)》の祖王;ショウ
 《暁の国(エルティア)》の祖王;ティイング
 《昏の国(アルティア)》の祖王;グリッシュ
 《宵の国(ナイティア)》の祖王;アスローン

 物事を直感で判断するティイングは、理詰めで考えるアスローンに口では絶対勝てないので苦手。別に嫌っているわけではない。

【アーサス豆知識⑩】
 〈暁 の 星(エルーラ)〉は『識』の力
 〈蒼の閃光(ソレイア)〉は『武』の力
 〈森 の 雫(アルサール)〉は『護』の力
 〈月の輝き(ラナール)〉は『智』の力
 という風に、力の宝石(いし)には共通した加護の他に、それぞれに特化した能力(ちから)が宿ると()われている。

 お久しぶりです。
 漸くアルティア国内に入りました。
 ソルティアともエルティアともまた様相が違う、巨大樹の立ち並ぶ森林の国となっています。
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