森の中、薄暮に少し赤味の帯びた陽の光が差し込む道の先に、開けた土地があった。
そこは枝葉を広げた巨大樹二、三本分程の広さがあり、頭上にはほんのりと茜色に染まり始めた空が見える。
その下の陽の光が届く大地は全て耕され、様々な作物が植えられていた。
そして、その周りにはほぼ等間隔に巨大樹がそそり立ち、耕された土地に面したそれぞれの根元近くの幹に扉型の溝がついていた。そのかなり上の方には奥の方がほんのりと明るい、小ぶりの同じ大きさの
何とも奇妙な巨大樹だが、更に地上から十フィノ以上もの高さにある太い枝の上には、どう見ても小屋にしか見えないものが幾棟か乗っかっている。
ここに人が住んでいるのは間違いないようだ。
ただ、その不思議な巨大樹を繋くように道沿いにあった物騒な棘の木が、その一帯を囲むように生えて近づけない。
「どうやって中に入ればいいんだ?」
ショウの口から困惑した呟きが漏れる。
騎乗しているから低いように見えるが、棘の木は道沿いのものよりも更に背が高く、三フィノ以上あるだろう。流石に一角獣でもこれに触れずに飛び越すのは不可能だ。
「取り敢えず何処か入れる所がないか、この周りを回ってみるかい?」
「そんな事しなくても、あの木の上の小屋に向かって大声で呼びかければいいだろ」
面倒臭いことはしたくないと、シグは姉の提案よりもっと直接的な事を言う。
「でも、人が居るならそろそろ明かりが
巨大な樹木の枝に乗る家々の窓はどれも閉じて暗いままだ。とても人がいる様には見えない。
そうアルフィーネが言った時だった。
「お前等、何を騒いでいるんだ?」
頭上から怪訝そうな男の声が降ってきた。
驚いて四人が見上げると、少し離れた巨大樹の幹の洞から壮年の
「あ、えっと……」
「あたし等宿を探してるんだ。もう直ぐ夜になるだろ。森の中で寝るのは物騒だからさ」
面食らって咄嗟に言葉が出てこないショウの代わりにエルドが応える。
「お前等旅の
薄暗がりの中順に髪の色を確認し、男は少し目を見開いた。
国境からあまり遠くないここら辺まで、他国の者が来るのはそう珍しい事ではなかった。だが、ソルティアの者が南の国境付近ならまだしも、エルティア寄りのこんな奥まで来る事は殆どない。
「ああ、俺は色々とあちこち旅して回っているんだ」
ショウはエルティアで通してきた設定を口にする。
「あたし等はそのお供ってやつ。見れば分かるだろ?」
意味ありげに、エルドが軽く肩を竦めて片目を
簡素な旅装束でも何処か気品のある黄金の髪の少年の佇まいに、
物見遊山で気の向くまま各地を旅しているソルティアの道楽息子と、それに雇われて仕方なく付き合うお供という風に。
「成程、そりゃ難儀だな」
大いに納得して集落の男が頷く。
「待っていろ。今門を開けてやるから」
と、洞から頭を引っ込める。
「おい、さっきのはどういう意味だよ」
何かとても不本意な誤解を受けた気がしたショウが、小声でエルドに問い詰める。
「別に、相手が納得すればそれでいいだろ」
細かい事は気にしない。変に詮索されるよりはマシだろうと。
それは確かにそうなのだが、何となく釈然としないショウだった。
ゴトッ、ゴトッ、ゴトンという鈍い音が横手にある巨大樹の中から響いてくる。
よく見ると、何もないと思っていた赤褐色の幹に切り込んだような筋があった。そこがゆっくりと扉の様に内側に開く。
それは一角獣に乗ったままだと低いが、人一人通れる程の大きさだった。
「ほら、早く入れよ」
目を丸める四人をアルティアの男が
慌てて一角獣から飛び降り、ショウ達はそれを引き連れて中に入った。
巨大樹の幹の中は広く、四頭の一角獣に人間が五人いてもまだ十分余裕があった。
壮年の男は四人が中に入るとすぐさま幹の扉を閉め、三本の太い棒を扉の両脇にある金具に通して扉が開かないように固定する。
さっき聞こえたゴトッという音は、扉を開ける為に棒を外していた音だったらしい。
しかし、それにしてもどうやってこの硬そうな幹の内部に、これだけの広い空間を作ったのか。
ショウ達が唖然として中を見回していると、鳶色の髪の男は反対側にある扉を開いた。
「悪いが
「ああ、判った」
言われた通りに一角獣を幹の中に残し、四人は荷物を持って外に出た。
するとまた男は太い棒を扉の中央に通して固定する。
「随分厳重にするんだな」
いくら育てている野菜を喰われたくないからと言って、ここまでする必要があるのだろうか。
一応出る前に中に明かりとなるランプの他に、水と餌となる飼葉らしき物があるのを確認したから大丈夫だろうが、それでも慣れない場所に閉じ込められるのは、一角獣にとっても不安だろう。
可哀想ではないかと、そんな考えが
「ここいらの森には肉食獣が多くてな。一応この周りは
幹の中に一角獣を押し込めて置くのは、野菜を喰われない為というだけではなく、肉食獣から守る意味もあるのだ。
「そうだね。
同じく草原で野生の肉食獣の脅威の中で暮らしているエルドは、理解を示して言った。
一角獣の本来の持ち主である彼女がそう言うのであれば、ショウとしても文句は言えない。
鳶色の髪の男は、そのまま四人を近くの巨大樹の前に連れて行った。その根元近くにヌルルの低木が植えてあり、幹の扉型の溝と思っていたのは、溝ではなく本当に扉だった。
男はその扉の脇にある紐を何度か引っ張ると、その傍に直径十フィア程の綺麗に磨かれた窪みの中央にある二フィア程の穴から男の声が聞こえてきた。
「どうした?」
「ラジェル、旅人が来た。今晩
窪みを両手で覆い、穴に向かって怒鳴る様に男が声を返す。
「判った。今開ける」
返事が返ってきて暫く待つと、また中からゴトッという音がして扉が開いた。
中から出てきたのはここに案内してくれた男より更に年を取った、濃い黄土色の髪に白髪が混じり始めた筋骨逞しい壮年の男だった。この宿(?)の親父のラジェルなのだろう。
「ガキが四人か?」
ちらっと男の背後に立つ見知らぬ顔の少年少女達を見て、胡散臭そうに訊く。
「ああ、
暗に金は持っていそうだと男が応える。
「判った。中に入れ」
不愛想な宿の親父は扉の前から離れ、四人を中に招き入れる。
そして、鳶色の髪の男が去って行くと、扉を閉めて太い棒をその前に通してしっかり戸締りをする。
「付いて来い」
ぼそりと言うと、ラジェルは壁に掛けたランプを手に持ち、奥にある縄梯子を登って行く。
それに倣ってショウ達も暗がりの中、荷物を背負って登って行った。
五フィノ程登った所に頭上を塞ぐようにしっかりした板が張られ、縄梯子はその一角の四角く切り取られた穴から垂れ下がっていた。
ラジェルはその張られた板の上に
そして、縄梯子を回収して穴の蓋を閉める。
それからまたランプを持って、更に五フィノ程頭上に敷かれた板張りの穴から垂れ下がる縄梯子を登り、その上に出た。
そこは下同様円形の広々とした空間が広がっていた。違うのは道具や薪など置かれた殺風景な下の階とは違い、壁は幹の内側の地の色を活かしてよく磨き込まれ、床も同様に表面に樹脂を塗って艶やかだった。
そこに丸太の椅子とテーブルが置かれ、奥の壁には手作りの壁掛けや木製の装飾品などが飾られていた。
天井近くの幹の壁には、小さな子供の頭程の小ぶりな穴が幾つか空いているが、明り取りというより、外気の空気を取り入れる為のもののようだ。代わりに壁の所々にある飾り棚の上に置かれたランプが、
とはいえ、その明りだけでこの広い部屋全体を照らすには足りない。それなのに思った程暗くないのは、この良く磨き込まれた壁自体に光を反射するような細工がされ、それによって少ない光源でも部屋全体が明るくなるようにしているからだろう。
そして、部屋の奥の壁際には、石を積み上げて防火を施した暖炉らしきものがある。そこで調理をするのか近くには調理台と、幹の内側を掘って造った食器棚があった。どうやらここは居間と台所と食堂を兼用した、家族の団欒の場所らしい。
どうにも宿らしくない。おそらく集落に旅人が来た時だけ、宿屋として場所を提供する普通の家庭なのだろう。
調理台の傍には、ラジェルの妻らしき薄茶色の髪の壮年の女性と、その陰に隠れるように栗色の髪の幼い少女が顔を覗かせて立っていた。
「メリージェ、連れて来たぞ」
男は妻にぞんざいに声を掛けながら、縄梯子を回収して床に蓋をする。
「ほんとにソルティアの者がいるとはねぇ」
メリージェは夫の後に付いて上がって来たショウを見て目を瞬かせた。
この集落に泊まるのは自国の者と、エルティアからの旅人が殆どだ。その中には強い陽射しに
下の方から「ソルティアの」という言葉が聞こえた時、メリージェは何かの見間違いじゃないかと思ったのだが、この髪の色は見間違いようがなかった。
ラジェルは四人をその場に残し、ランプを手にしたまま、左横手の壁を削って造った階段を上がって行く。
「さぁさ、座って座って」
取り残されて所在無げに立ち尽くす客人達に、メリージェは椅子を勧めて座らせる。
「森の中は暑かっただろう」
用意しておいた木のコップが乗ったトレーを持ち、娘と共に座った四人の客の前に木のコップを置いていく。
中には程よく冷えた木の実の
森の中は緑の天蓋に覆われ、あまり陽の光が届かない。一見夏場では涼しそうに思えるが、実はそうでもなかった。頭上を覆う枝葉は湿気を閉じ込め、風も殆ど中まで届かない。その結果籠った熱気に湿気が合わさり、森の中はじっとりとした蒸し暑さに満たされていたのだ。
ショウ達もここに来るまでの間、纏わりつくような暑さに全身うっすらと汗ばんでいた。
出された冷えたジュースは、四人にとって実に有難かった。
「さあ、お飲みなさいな」
「お飲みなしゃいな」
母親の口真似をして、娘も舌っ足らずな言葉で客達に飲み物を勧める。
その微笑ましい姿にほっこりとして四人はコップに口を付けた。
飲むと薄荷のようなものが入っているのか、すっと爽やかな後味が口から鼻に抜け、体に籠る暑気を払ってくれる。
「どうだい? さっぱりしてていいだろう」
「ホントだ。それに冷たいし」
「ああ、喉が渇いていたから、丁度いいな」
目を丸めるエルドに、ショウもどうやって冷やしたのか、思ったよりも冷たくて飲みやすい果実水に感心する。
「しゃっぱりしてて……えっと、おいしい?」
「ええ、とっても美味しいわ」
こてりと首を傾げて尋ねる栗色の髪の少女に、アルフィーネがにっこりと微笑む。
飲むのに忙しいシグは、応える代わりにこくこくと頷く事で連れ三人に同意する。
「そうかい。随分遠くから来たんだね」
一気に飲み干した四人のコップに、メリージェはにこにこしながらお代わりの果実水を
その後をコトコトと付いて回っていた幼い少女は、ふと黄金の髪をした少年の傍に立ち止まった。
じっとその頭を見詰める。
「えっと……」
何も言わずに自分を見詰める栗色の髪の少女に、ショウは居心地悪そうに身じろいだ。
すると、少女はやおら不思議そうに声を上げる。
「ねえねえ、お兄ちゃんは、本当にショルティアのしとなの?」
「え?」
一瞬ドキリとしたショウだったが、おそらくこの少女はソルティアの者を見るのは初めてなのだろう。母親の方も珍しがっていたくらいだ。他意はない。この世界の普通の住人に、自分が誰だかなんて解る人間がいるはずがないのだ。
「あ、ああ、そうだよ」
ぎこちなく笑みを浮かべ、ショウは頷いた。
この姿では、そう言うしかなかった。
「ふ~ん」
頬に指を当て、分かったのか分からないのか曖昧な声を上げた少女は、不意にパッと目を輝かせてショウの頭を指差す。
「キラキラおひしゃま色っ」
「は?」
意味が分からない。
栗色の髪の少女は満足そうに頷くと、たたっと母親の許に走って行く。
後に残されたショウは、どう反応していいか分からず困惑していると、母親のメリージェがクスクス笑った。
「髪の色の事だよ。この子が一番大好きな色なんだよ」
面食らう少年に娘の言葉の意味を教える。「金髪」という言葉が分からない娘が、自分で考えた一番ピッタリな色を名付けたのだと。今後この幼い少女にとってソルティアの者の髪は皆キラキラお陽様色になるのだろう。
それとも今ここで「金髪」と言うのだと教えてやった方がいいだろうか。とはいえ本人が大満足しているのに、その努力を無にするのも気が引ける。
そんな風に悩んでいる処へ、唐突にぼそりと男のぶっきらぼうな一言が割り込んだ。
「飯は?」
「へ?」
いつの間に戻って来たのか、見ると宿の親父が鉈のような包丁を片手に調理台の前に立ち、ショウ達を見ている。
「夕食はどうするかって訊いてるんだよ」
娘同様言葉足らずな夫の代わりにメリージェが補足する。
素泊まりより少し割高になるが、食事も出すことができると。
「それじゃお願いするよ。明日の朝の分も」
四人を代表してショウが答える。
一応ダーナの
「じゃあ、泊まるのは今晩だけでいいんだね」
「ああ。それとここには鍛冶屋ってないかな?」
身バレの元のソーレスは人前では使えない以上、何時までも腰の剣を折れたままにしておけない。
「鍛冶屋は
「それって、ここから近いのかい?」
ショウに答えた薄茶色の髪の女の言葉にエルドが興味を示して尋ねる。
自分も色々と買いたいものがあるのだ。
「そうだねぇ。
少し考えて応えたメリージェは、思い出したように言葉を継ぐ。
「そうそう、
自然の天蓋に覆われ、陽の光が少ない森の中では草などの植物の育ちは悪い。当然一角獣が好んで食べる草など殆どなかった。あっても精々畑の周りに生える雑草くらいだ。
その為一角獣に十分な餌を食べさせるなら、わざわざエルティアまで飼葉となる草を刈りに行かなければならないのである。
だから集落では普通一角獣は飼わない。当然飼葉などいらないのだが、たまにエルティアの者がファレスを利用しに来て泊まるので一応用意してあるのだ。そこら辺の事情を知る常連は、金で買うなどせずに飼葉を持参する。
つまりソルティアやエルティアと違い、アルティアでは一角獣は人以上に金の掛かる贅沢な動物だった。
「あ、ああ、判った」
エルティアやソルティアとは違う常識に驚き、四人は思わず頷いた。
お久しぶりです。
暑いです。バテてます。
外に出たくない……
また引きこもりが再発しそうです。