アーサス   作:飛鳥 螢

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第三章 《 昏 の 国(アルティア) 》 Ⅱ —ツリーハウス—

 出されたジュースを飲み干し、ショウ達が人心地ついた処で、メリージェは四人に声を掛けた。

「それじゃ、部屋に案内するからね」

 そう言って、自分に引っ付く娘にも声を掛ける。

「お前は父さんの手伝いをしておくれね」

 娘を鉈のような包丁を片手に調理し出す不愛想な父親の元に押しやり、メリージェは四人を伴ってさっき夫が向かった階段を上がって行く。

 その先には扉があり、そこから外に出られるようになっていた。

 ショウ達がここに着いた時はまだ茜色の陽が射していたが、今では集落の中もすっかり闇に沈み、周囲の巨大樹の幹のあちこちにポツリポツリと(とも)る明りだけが見える。

 メリージェは扉の脇に掛けてあるランプを手に取り、そこから水平に張り出た太い枝の上に出た。

 枝の上には板が張られて歩くのに不便はない。

 そして、その先は太い枝葉が分かれて大きく広がり、さっき集落の外で見上げていたツリーハウスが、しっかりと枝に固定されてその上に建っていた。

「他国の者は(いえ)の中だと息苦しく感じるらしくてねぇ」

 ツリーハウスの扉を開けて客達を中に通し、メリージェが説明する。

 以前は居間の下の階に客を泊まらせていたのだが、どうにも落ち着かないらしく苦情が多かったのだ。そこで試しに物干し場の枝の上に小屋を建てて泊まらせた処、かなりの高評価だったので、そのままここを客室として使っているのである。

「ただ、暑いのは我慢しておくれよ。小屋(ここ)じゃ(うち)と違って涼しくないからね」

 その言葉に、ショウ達は怪訝な表情を浮かべる。

 先にあの不愛想な親父が窓を開けて、小屋の中の熱気を外に逃がしていたらしく、それ程暑くはなかったのだ。

「幹の中が涼しいって、ホントに?」

 シグが疑わしそうに薄茶色の髪をした壮年の女を見る。

 風通しの良い小屋より、風が入りにくい幹の中の方が涼しいというのが、今一納得できない。

「他国の者は皆そう言うよ」

 手に持ったランプを壁に掛けながら、メリージェは苦笑した。

「だけどこの巨大樹(セクルス)は生きてるからね。壁の部分に水を通す管があるから中はそれで夏は涼しいし、冬は暖かいのさ」

 セクルスの幹の中を巡る維管束の道管が吸い上げる地下水は、年中一定の温度が保たれている。その影響で外と違い内部も温度の変化が少なく、夏は涼しく、冬は暖かく感じられるらしい。

 湿気も樹の壁自体が呼吸して湿度が高い時は湿気を取り込み、少ないと補充してくれるので、中の物がカビたり乾燥し過ぎることもない。

 誰が最初にこの巨大樹の中で暮らそうと考えたのか、中々快適そうだった。

「へえ、でもあんなに大きな竪穴開けるの、そうとう苦労したんじゃないか?」

 巨大樹の外観を思い浮かべてョウが尋ねる。

 見た限り、幹はいかにも硬そうだ。

「それがそうでもないんでね」

 毎度の質問に答えるメリージェも慣れたものだった。

「この樹はこのくらいの大きさになると、中心部分がスカスカになるんだよ」

 腐るという訳ではなく、成長すると共に外側に太い維管束などが新しくできる為、不要になった中心部分のそれが役目を終えて枯れてしまうのだ。

 大変なのは外からそこまで穴を通すことで、それさえできれば後は枯れてボロボロになった木屑を掘り出すだけである。

 このセクルスの(いえ)は居間の上に更に二階程あり、天井は掘り出していない木屑が落ちてこないように板で塞いでいた。今使っている部分が手狭になったら、天井板を剥いで木屑を掘り出せばいい。

「じゃぁさ、住んでいると壁が段々ボロボロと落ちて来るってこと?」

 垢が落ちるように壁から木屑が次々と剝がれるのを想像し、それを始末するのが面倒臭そうだとシグはげんなりした顔になった。

 そんなエルティアの少年の杞憂を、メリージェは笑い飛ばした。

「ここまで大きくなると樹の成長はそんなに早くないからね。今の壁がボロボロになるまで百年以上もかかるよ。

 ——と、そうだ。一つ訊くけどあんた達森の蛮人(オーシグル)は知ってるかい?」

「ああ、一応」

 応えながらショウは顔を(しか)める。

 オーシグルに関しては当然の事ながら嫌な想い出しかない。できることなら二度度お目にかかりたくなかった。その想いは他の三人も同様だ。

「それなら話が早いよ」

 説明の手間が省けると、メリージェはそのまま話を続ける。

「この小屋の周りにヌルルの木を植えてはいるけど、寝る時は窓の板戸もしっかり閉めて寝てもらいたいんだよ。暑くても」

「それって、ここいらにオーシグルが出るって事かい?」

「一度ね。外縁の雑木林から枝伝いに来た事があって、何人も死んだんだよ」

 そう朱毛(あかげ)の少女に応えたメリージェの声は暗く沈んでいた。

 オーシグルは元々このセルクスの森の北にあるナイティアとの境の雑木林に棲み、ナイティアの山岳地に棲むラーマなどの草食動物を捕食していたのだが、何時の頃か次第にこの巨大樹の森の中に棲処(すみか)を移してきたのだ。

 このセクルスの森は地上にも草食獣は棲んでいるが、バルザームやディクスなどの大型から中型の肉食や雑食の動物が幅を利かせていた。その為力の弱い小型のチャルバなどの草食や雑食の動物は、捕食されないように梢の上を生活圏としている。

 その中に乱入してきたオーシグル達は、硬くて不味い肉食や雑食動物の肉よりも、柔らかく美味い草食動物の肉を好んだ。しかし、地上にいる草食獣は不味くはなかったが筋張って硬かった。

 オーシグル達がもっとも好む、柔らかく美味しい肉は頭上にいたのだ。

 頭上に柔らかく美味い獲物(にく)がたくさんいる。それが解ったところで、セクルスの巨大樹の樹皮は剥げ易く、その下の幹は自慢の鋭い爪も受け付けない程硬いので、オーシグルでも登るのは困難だった。

 だが、それを指を(くわ)えて我慢する程オーシグルは潔くなかった。美味い肉を求めて森の中を彷徨(さまよ)い、いつしかセクルスの巨大樹の森を抜けて東南の外縁の雑木林に辿り着いたのだった。

 そして暫くそこで暮らしていた彼等は、ある時その雑多な細い樹しかない雑木林の中で、自分達でも登れる程の太い樹がある事に気付いた。そこでオーシグルは群れを引き連れて枝伝いに巨大樹の森の上に棲む草食動物達を喰いに来たのだ。

 その時一部のオーシグルが枝の上から集落の中に入り込み、無防備だった人間にも襲い掛かったのである。

 不意を突かれた人々は、(いえ)の中に逃げる間もなく次々と犠牲となり、全滅した集落もあった。

 それ以来アルティアの人々は主要な道や集落のセクルスの(いえ)の周りに、バルザームなどの肉食獣除けの棘のあるザルツェの他に、オーシグルが毛嫌いするヌルルの木を植えるようになったのだ。

 それから二度と頭上から侵入されないように、集落の周辺のセクルスの枝を削り、造った穴に土と一緒にヌルルの木を植え込んだ。

 とはいえヌルルの木は宿り木のようにセクルスに寄生はしない。その為集落以外の場所は定期的に自警団(レンジャー)が見回り、枯れたモノを植え替えるなどしていた。

「だから、一応近づけないようにはしてるけど、万が一ってこともあるからね」

「いや、野宿するのに比べれば、これで文句を言ったら罰が当たるよ」

 申し訳なさそうな表情(かお)をする宿の女性に、ショウは笑顔で応えた。

 あの壮絶な臭いを遮断してくれる、しっかりした造りの屋根や壁の中で眠れるのだ。エルド達と出会ったあのネヴィラの森の崖上で眠った時の事を思えば、天と地ほどの差だ。

「そうかい。じゃあ、夕食が出来るまでゆっくりしてるといいよ。もし、体を拭きたかったら水を用意するから取りに来ておくれ」

 そう言ってメリージェはツリーハウスから出て行った。

 

 

 枝上の小屋の床に敷かれた毛皮の上に車座に腰を下ろし、その中央にランプを置く。

 闇に閉ざされた部屋が、そこを中心に明るく照らされる。

「可愛かったね、あの子。ショウの事キラキラのお陽様頭だってさ」

 いきなりそう言われて面食らった彼の顔を思い出し、エルドがくくっと可笑しそうに喉を鳴らす。

 実際ショウ(フォルド)の髪は微かな光の中でも黄金色に煌めき、とても綺麗だった。宿の少女がそういうのも無理もない。

「いいよな、兄貴は。おいらなんか『モダラゲ色』だぜ」

 何の事か分らず尋ねたところ、モダラゲとは森に生える茸の一種で、派手な色で自己主張しているが、非常に不味くてニオイも酷いので誰も採らないのだそうだ。その色がシグの髪の橙色と同じらしい。

 ちなみにエルドの髪は「あったか色」で、アルフィーネは「リネの秋葉色」だそうだ。それぞれ冬の暖炉の炎とリネという樹の落ち葉の事らしいと、少女の母親が教えてくれた。

 そう聞くと、シグがいじけるのも無理ないだろう。

「まぁ、いいじゃないか。何時もの事らしいし、中にはもっと凄いのに喩えられた人もいたって話だし」

 ショウが慰めの言葉を掛ける。

「でもさ——」

「何時までもうだうだ言ってんじゃないよ。ショウ、こんなのほっといて、さっさと決めるもん決めちまうよ」

 尚も不服そうな声を上げる弟をピシリと一喝し、エルドはショウに本題に入るよう促す。

「あ、ああ」

 相変わらず情け容赦ない姉に理不尽さを感じているシグに、チラリと同情の目を向け、ショウは先程木紙に描いて貰ったこの近辺の地図を明りの傍に置いて今後の事を口にした。

「明日ここを出たら、まず市場(ファレス)に行って剣をどうにかしないとな」

「そうだね、逃げる時色々と使ってしまったから、その補充もしなくちゃならないし」

 と、エルドが即座に同意する。

 あの後、ショウ達は先に桶に貰った水で体を拭き、さっぱりとした後でこの宿の親子と一緒に夕食を取った。

 好奇心旺盛な栗色の髪の少女は、すっかり四人、特に自分の大好きなキラキラお陽様色の髪のショウに懐いてしまい、少女がはしゃぎ疲れて眠くなるまで、これまでの旅の話を強請(ねだ)られたりした。

 少女が上の階にある寝室で休んだ後、ショウ達は宿の夫婦にこの国についてもう少し詳しく話を聞き、ついでに木を薄く削ったものを何枚も張り合わせて丈夫にした木紙に地図も書いて貰ったのである。

 このまま四人でヴィルドヒルを目指すと決めたものの、それ以外の細かい所はまだ決めていなかったので、今それを話し合うつもりだった。

「買うのはいいけど、お金足りるかなぁ」

 心配そうにシグが呟く。

 元々ウィド(じぶん)(むら)に戻るつもりでいたのだ。それにエルティアでは部族集会(エルセイド)の時以外の他部族との交流は、大概近辺の馴染みの邑に限られている。その為顔見知り相手との取引にわざわざお金など使わず、物々交換するのが当たり前になっていた。エルティア国内でお金は普段は殆ど使い道がないのだ。

 それでもエラドラに言われ、万が一の為に最低限のお金は持ち歩いていたが、その枚数は投石具(ナルク)で使う小石より少なかった。当然姉の方も似たり寄ったりである。

「金なら、一応持ってるけど」

 ショウが腰のベルトポーチから、硬貨の入った巾着を出した。掌に乗るくらいの大きさだがずっしりと重く、中を見ると金貨と銀貨が大半で、ダーナの邑で短剣を買った時釣銭として貰った銅貨が結構な量入っている。

 何をするにしてもお金は必要だ。祖母にも『何事も、先立つものが無ければ上手くいかないよ』とよく言われていた。

 これからの事を考えたショウは、あの出城巡りに出る前に、ロドルバンに無理を言って貰ったのだ。折角だから病床の王に何か土産を自分で買いたいと、かなり強引だったがもっともらしい理由を付けて。

「これだけあれば、お金の心配はなさそうだね」

 巾着の中身を確認し、エルドは呆れ返った表情(かお)になる。

 流石肉体(からだ)がソルティアの皇子の物だけの事はある。一体何を買うつもりなのか、平民には一生拝む事の出来ない大金だ。

「じゃあ、後は一角獣をどうするかだね」

「どうするって?」

「この国じゃ、一角獣はお金が掛かるらしいからね」

 どのくらいで目的のヴィルドヒルに着けるか判らないのだ。いくらお金があるとはいえ、一角獣四頭の餌代は馬鹿にならない。節約できる処は節約しなければ、お金など稼ぐ当てがなければ瞬く間に無くなってしまう。

「…——ファレスで売るしかないか……」

「えっ、でも姉ちゃん、あいつらは——」

 少し考え込んでぽつりと漏らした姉の呟きに、シグが驚いた声を上げる。

 仔馬の時から世話をして良く懐いているのだ。特に何時も姉が乗っている栗毛の一角獣は、「アクルス」と名前を付けてエルドは可愛がっていた。それをあっさり手放すと言うのがシグには信じられなかった。

「シグ」

 鋭く弟の言葉を遮り、エルドは首を横に振る。

 弟の言いたいことは判るが、一角獣の餌代も満足に持っていない自分達が、連れて行くなどと言えるわけがない。

「いや、何もそこまでしなくても——」

 いきなり一角獣を売ると言われ、ショウも慌てた。

 エルティアではエルドのお陰で色々便宜を図って貰い、持ってきた金は殆ど使わずに済んだのだ。それを思えば、彼女達が大切にしている一角獣の餌代くらい、幾ら出しても構わなかった。

 だが、その好意をエルドがバッサリと切って捨てる。

「どのくらいで辿り着けるか判らないんだ。締めるトコはちゃんと締めないと、後で後悔しても遅いんだよ」

「それなら、わたしも幾らか持っているから——」

「だったら、それは万が一の時の為に取っておきな」

 そうアルフィーネを(たしな)めると、エルドはショウに目を向ける。

「別に全部売るって訳じゃないよ。荷物持ちの為に一頭は残すつもりだからさ。それならいいだろ」

「あ、ああ。エルドがそれでいいなら……」

 もう腹を決めた朱毛(あかげ)の少女に、ショウはそれ以上何も言う事はできなかった。

 その後は、地図に描いて貰ったファレスの先にある川に向かう事にした四人は、昼間の疲れからか、その夜はすぐに寝入ってしまった。

 




 お久しぶりです。
 焼けるような暑さです。
 クーラーが無いと、とても生きていけません。
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