アーサス   作:飛鳥 螢

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第三章 《 昏 の 国(アルティア) 》 Ⅲ —市 場(ファレス)(2)—

 市場(ファレス)の入口付近まで戻ったショウ達は、反対側に並ぶセクルスの巨大樹の洞の中に構えている店に向かった。

 そこに住み込んで雑貨屋に武器屋や鍛冶屋などが商売をしていると、昨日泊まった宿で聞いたのだ。特に火を使う鍛冶屋は、幹から煙が出ているから直ぐ判ると。

 その言葉通りに鍛冶屋はすぐに判った。

 煙はファレスの外側に出しているらしくて見えなかったが、景気よく打つ槌の音がそこから響いていた。

 中を覗くと、武器屋も兼ねているのか、洞の中を二分するようにカウンターがあり、手前に斧や剣を始め様々な武器が飾って置いてあった。

 そして、打つ槌の音は、壁面全体が積み上げられた石で覆われた、熱気の籠ったカウンターの奥の方から聞こえてくる。

 エルティアの姉弟はそれぞれ興味を引かれた武器を手に取って使い勝手を確かめ、ショウとアルフィーネは客が入って来ても我関せず、気怠そうにカウンターで頬杖をついたままの黄褐色の髪の若者に声を掛けた。

「ここって、鍛冶屋でいいんだよな?」

「まぁ、そうだけど」

 チラッと二人に視線を向けた若者が、面倒臭そうに答える。

「あんた、うちに何んか用でもあるの?」

「ああ、折れた剣を直して欲しいんだけど」

「えぇ、直すの? 買った方が早いよ」

 誠意のない声でカウンターの若者が、やる気なさそうに店の中に並べてある剣の方を顎で示して勧める。

「ま、大したモン置いてないけど、折れてるよりはマシだからさ」

 言われてショウは店内にある剣をざっと見て、試しに手に取って振ってはみるが、どれも今ひとつな感じがした。

「剣はここにあるだけなのか?」

「別に格好付けで腰に()くだけなら、どれも同じだろ」

 どうやら粋がって剣を欲しがるガキと思われたらしい。

 そういえば、外ですれ違う人達も、少し長めの柄のついた手斧をベルトに挟んでいて、剣を持っている者は少なかった。

 店内も剣よりも手斧の方が種類も数も多い。アルティアは森林の国と言われるだけあって、一般的な武器は剣ではなく手斧のようだ。

 剣を欲しがるのは自警団(レンジャー)や商隊の護衛などの、森に棲む猛獣や時には人間を相手にする者達だけだ。

 そのどちらにも見えない、育ちの良さそうな金髪少年が持つ剣である。どうせロクに使いもしない単なるお飾りだろうと店番の若者は思ったのだ。剣が折れたのも、誤って岩にでも叩きつけた所為だろうと。

「ちょっと、さっきから聞いていればなんなんだい、その態度」

 とうとう堪り兼ね、近くにいたエルドが憤然と文句を言う。

「こっちは命が掛かってんだからね。そんな(なまく)ら勧めて、あたし等を殺す気かいっ」

「な、なんだよ。命が掛かってるとか、そんなオーバーな——」

 猛然と詰め寄って来た朱毛(あかげ)の少女にたじたじとなりながらも、カウンターの若者は反論しようとしたが、それをエルドは容赦なくぶった切った。

「オーバーなもんかいっ。あんた、あの剣で森の蛮人(オーシグル)どもとどのくらい渡り合えるっていうんだい」

「オ、オーシグル?」

「そうさ、こいつはね、その折れた剣で、一人でオーシグルの群れ一つ潰したことがあるんだからね」

「お、おい、エルド……」

 それこそオーバーだ。実際群れ一つなんて潰してないし、結局は危ない所を彼女に助けられたのだから。

 慌ててショウはエルドを止めようとした。

 彼女の怒声が外まで響き、外を行き交う人達が何事かと足を止めて覗き込んでくる。

 だが、頭に来ているエルドはそれらを全く頓着しなかった。

「あんたが売り付けた(なまく)らの剣で、あたし等が死んだらどう責任取ってくれるんだい」

「せ、責任って……」

 そんなの知る訳がない。運が悪かったと言うしかないだろう。

 けど、そんな事口にしたら、更に文句の二十や三十矢継ぎ早に飛んできそうだった。

 ——と、

「ったく、五月蠅(うるさ)いと思ったら、この馬鹿息子がっ」

 奥の石造りの壁の向こうからぬっと顔を出した大柄な女が、いきなり朱毛(あかげ)の少女の勢いにたじろぐカウンターの若者の頭をぶっ叩いた。

「~~~~」

 若者が黄褐色の頭を抱えてカウンターの向こう側でうずくまる。

「客相手に、何ケンカ売ってんだよ」

 悶絶する店番の若者を冷ややかに見やり、女は唖然とする年若い客達に視線を向けた。

「すまないね。(しつけ)がなってなくて」

「え、いや……」

 大丈夫なんだろうか……

 ショウは顔を引き()らせ、いきなり現れた筋骨逞しい女を見た。

 奥から出て来たこの大柄の女は、店番の若者を息子と言っていた。という事は彼女がこの店の店主なのだろうか。額に汗流して耐熱性の高そうな(なめ)した厚革のエプロンに、同じく革製の手袋を両手に嵌めている。

 奥から響いていた槌の音が消えている処から、おそらく彼女が今まで槌を振るっていたのだろう。女の鍛冶屋とは珍しい。

 その鍛冶屋の女の剥き出しの腕は、鍛えに鍛えた男顔負けの太さだ。そんな腕から繰り出された拳骨(げんこつ)はとんでもない破壊力があるはずだ。

 それを情け容赦もなく喰らった若者が、いっそ気の毒になるくらいだった。

 アルフィーネも目を(みは)って心持ち顔を青褪(あおざ)めさせ、何時も頭に拳骨をもらっいてるシグは、過去の自分の姿を若者に重ねたのか、とても悲痛な表情(かお)になっていた。

 ただ一人、エルドだけは当然というような顔をして、大柄の女店主に言葉を返した。

「ホント、人の命を何だと思ってるんだい。そういうトコきちんと教えてやらないと、ロクな大人にならないよ」

 と、大人相手に偉そうに忠告までする。弓の腕だけでなく、口も度胸も大人顔負けのエルドだった。

「そうさね、後でよく言って聞かせるよ」

 苦笑して軽く受け流した鍛冶屋の女は、鍛冶用の革手袋を取ってカウンターの上に置き、首に掛けた手拭いで顔の汗を拭いた。

「それで、あんた達はうちに何の用なんだい?」

「折れた剣を直してもらいたくて」

 ショウは腰に佩いた剣を鞘ごと取ってカウンターの上に置いた。

「見せてもらうよ」

 そう断り、女店主が剣の柄を掴んで抜いた。

 剣の刃は真ん中辺りで折れ、鞘をひっくり返すと残りの刃がカウンターの上に転がり落ちてくる。

「これは……」

 刃の折れ口をじっくりと観察し、鍛冶屋の女は表情を険しくした。

 折れ口がやけに歪だ。何かに叩きつけたり、刃が欠けて脆くなった所為で折れたならこんな風にはならない。獣に噛み砕かれたらこんな感じになるかもしれないが、鋼の刃を噛み砕けるような獣が果たしているかどうか。

「これを折ったのはオーシグルかい?」

「いや、別のヤツだ。草原の盗賊(ジャルガ)だよ」

「——そうかい」

 ホッとしたように鍛冶屋の女は表情を緩めた。

 馴染みのない獣の名だ。おそらく他国の獣だろう。鋼の刃を噛み砕くような獣がこの界隈をうろついていたらと思ったが、どうやら違ったようで一安心だった。

「けどねぇ、これはもう直すというより、全部溶かして最初から打ち直した方がいいよ」

「それをすると、日数はどのくらいで出来る?」

 ショウが訊くと、鍛冶屋の女は少し考えながら答える。

「十日……。いや、他のもあるから二十日くらいかねぇ」

「二十日……」

 その間何処かの集落で寝泊まりしなければならない。その分余計な金が掛かる事になし、ヴィルドヒルに辿り着くのも遅くなる。

「待てないってなら、こいつを下取りに出して新しい剣を買った方がいいよ」

「でも、ここの剣は……」

 大柄の女の勧めに、ショウは難色を示して言い淀むと、エルドが言いにくい事をズバリと言った。

「この店の剣は(なまく)らばっかりで使えないんだよ」

「へぇ、分かるのかい、あんた達」

 店の商品を(けな)されて気分を悪くするどころか、女店主はニヤリと笑った。

「確かに店頭にある剣は、そこそこ使える奴用だからね」

 と、足元でうずくまる息子の尻を蹴上げる。

 ひっと声を上げ、若者は慌てて石壁の向こうに駆け込むと、両手一杯に剣を抱えて戻って来た。

 カウンターの上にそれを乗せると、さり気なく母親から距離を取る。これ以上叩かれたり蹴られたりされたくないのだろう。

「で、こっちが腕の立つ奴用だね。どれでも好きな剣を選ぶといいよ」

 そう言って、鍛冶屋の女は自慢げにカウンター上に並べた剣を示した。

 彼女が鍛えた自信作なのだろうか、黄金の髪の少年が何を選ぶか興味深そうに見ている。

 ショウは一つ一つ手に取って鞘から抜いて刀身を見比べていった。

 そして、最後に三番目に手に取った剣をもう一度掴むと、剣を抜き放って軽く振ってみる。

 折れた剣より刀身が幾分細いが、その分軽くて素早く振りやすい。

「やっぱりこれかな」

 満足したように剣を鞘に収めると、ショウはそれを女店主に差し出した。

「それでいいのかい?」

「ああ、これが一番しっくりくる」

 柄の握り具合といい、刃の長さや重さも丁度いい具合だ。

「随分と玄人(くろうと)好みの剣を選ぶね。店頭の剣じゃ物足りないわけだ」

 元々それは男より筋力の少ない女性剣士用に鍛えたもので、力自慢の男では物足りないと思われがちの剣だ。

 だが、刀身の重量に任せて叩き斬る通常の剣と違い、これは軽い分それを補うだけの技量が要求される。つまり男が使うとなると、力ではなく技量(うで)が無ければ扱えない剣なのである。

 さっき見た素振りから、それが判った上でこのソルティアの少年は、この剣に決めたように女店主は思ったのだ。

 納得したようにそれを受け取ると、息子にチラリと目をやる。

 すかさず距離を取っていた若者は、カウンターの上に置かれた他の剣を抱えて店の奥へと姿を消した。

 それを見送り、女店主は早速値段を計算し出す。

「じゃあ、この折れた剣を下取りにするから二割り引いて——」

「ちょっと待ちなよ」

 金額を提示しようとする女店主の言葉を、いきなりエルドが遮る。

「二割ってのはちょっと少ないんじゃないかい」

「折れた剣を下取りするんだ。これくらいなもんだろ」

 妥当だと店主の女が言うが、エルドは納得しなかった。

「折れたと言っても、剣先まで刀身は全部あるんだ。それに剣自体モノはいいんだよ。半額分の値打ちくらいあるだろ」

「馬鹿言っちゃいけないよ。普通の下取りはちょっと手入れすれば、すぐ売り物になるもんなんだ」

 朱毛(あかげ)の少女の言い分に、女店主は理由を上げて突っ撥ねる。

「けどさっきも言ったように、この剣は最初から打ち直さなけりゃ、使い物にならないんだ。その手間を考えりゃ、二割なんて良心的だろ」

 そう言われれば、反論のしようがない。

 だが、一瞬言葉に詰まったものの、エルドは諦めなかった。

 ふと奥にある石壁の裏から、そっと顔を覗かせている若者と目が合う。

 ビクっとして慌てて首を引っ込めるそれを見て、エルドがニンマリと笑みを浮かべる。

「——迷惑料と指導代」

「え?」

 ぼそりと言われた言葉に、女店主は虚を突かれたように目を瞬いた。

「さっきあんたの息子は、あたし等の命(ないがし)ろにして(なまく)ら売り付けようとしたんだ」

 女店主の反論を許さず、エルドは畳みかける。

「それはあんたも認めただろ。あたしが言った事後でよく言い聞かせるって。だからその迷惑料と指導代。それを含めて半額でいいって言ってんだよ」

「くっ……」

 ——あんの馬鹿息子がっ。

 痛い所を突かれ、店主の女は拳を握り締めた。

 折角二割で押し通せそうだったのに、一気に形勢が不利になってしまった。

「だったら三割り引きでどうだい」

「その程度で済むと思ってんのかい」

 女店主の提案を、エルドはにべもなく撥ね付ける。

 そんな値段で手を引く気など更々ない。

「五割り」

「大まけして三割り半」

「五割り。せめて誠意を見せて欲しいね」

「三割り半だって、赤字覚悟の値段なんだよ」

 女二人の舌戦に、もはや口を挟める者は誰もいなかった。

 目の前で繰り広げられる、自分を無視して白熱する値段交渉を呆然と見ながら、ショウは傍らで同じく見物に回っていたソバカス面の少年に声を掛けた。

「なあ、シグ。エルドっていつもこんななのか?」

 さっきマドラの男に対しても、思いっ切り値切ってたし。

「そーだねぇ、きっと兄貴に恩を感じてるんだよ」

「恩?」

「そ、一角獣を売らずにエルティアに連れてってもらうようにしてくれただろ。おいらもそうだけど、姉ちゃんも嬉しかったんだよ」

 それで一角獣を売らずに儲け損ねた分を、これで少しでも挽回するつもりなのだ。

「別に、俺は自分のやりたいようにしただけだから、そんな恩に思わなくても……」

 エルドの心遣いは嬉しいが、これはかなり目立つ。店外の見物人もさっきよりも増えていた。

 ショウとしては値段なんかどうでもいいから、ただもう早く終わって欲しいと願うばかりだった。

 




 お久しぶりです。
 急に寒くなって着る服が無くて大変です。
 体調を崩さない様に気を付けてください。
 
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