アーサス   作:飛鳥 螢

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第三章 《 昏 の 国(アルティア) 》 Ⅳ —落ちた橋—

 大地の裂け目は底が知れず、何処までも続いていた。

 最初は自国の祖王の偉業を目の当たりにして興奮していたサウアー達も、代わり映えのしない裂けた大地と雑木林の間の道を延々と歩き続けていると、それも薄れてエルティア入りを阻むこの大地の裂け目が煩わしくなってくる。

「一体何時になったらエルティアに行けるのだっ」

「昨日で二つ目の吊り橋を通り過ぎて四日目になりますので、もう少し行けば次の吊り橋に出ると思われます」

 苛立つ長身の(あるじ)(なだ)めるように、クノックが答える。

 大地の裂け目に渡されている吊り橋は、次の橋まで歩いて行くとなると大人の足で大体五日前後位の時間が掛かる。

 そして、吊り橋の間にある雑木林と巨大樹の境目辺りに幾つかの小規模なアルティアの集落が点在していた。

 話では北に移動したエルティアの(むら)には、後三つ先の吊り橋でなければ行けないとの事だ。それより前の吊り橋は皆アルティアの者達が補修していて渡れない。

 仮に渡れたとしても、北に移動した邑までエルティアの事を良く知らないサウアー達が、何もない草原の中で水や食料を調達するのは困難を極める。

 邑に着く前に干乾びて餓死する可能性が高いと、最初に泊まった集落の男に言われていた。だから五つ目の吊り橋までアルティア側を行った方がいいと。

 とはいえ、距離として六十フィノ程度の先にある国にフォルドがいるのに、行けないというのは何とも歯痒い。忍耐力のないサウアーがイライラを募らせるのも当然だった。

「せめて一角獣でもおれば……」

 一気に五つ目の吊り橋の所まで行けたものを。あの川辺に置いて来たのが悔やまれる。

 そもそもこの男が一角獣を置いてさっさと先に行くから、自分達も思わずそれに倣ってしまったのだ。

「貴様、何故あの時一角獣を置いて行った?」

 矛先を同行する焦げ茶の髪の男に変え、サウアーは憎々しげに問い質す。

 八つ当たりの的にされたゲッシュは、面倒臭そうに口を開いた。

「皇子が辿った道は一角獣では通れん」

 人が一人何とか通れる程の幅しかなかったのだ。無理をすれば連れて行けなくはないが、手間も時間も掛かる。追う立場の人間がそんな事をするのはただの無駄骨だ。

「だが、一角獣がいればあの時獣など簡単に振り切れたし、今も一気に距離を稼げた筈だ」

「あんな森の中、一角獣がまともに走れると思うか?」

 開けた平地とはわけが違う。下生えの繁みや地面を這う木の根、それに雑然と生える木や枝葉が邪魔で、普通に駆けることすらできないだろう。

「連れて行ったところで獣どもの餌が増えるだけだ」

 一角獣の取り柄である脚が活かせない森の中では、バルザーム等が圧倒的に有利だ。いいようにあしらわれた挙げ句、斃されるのがオチである。そして、その時真っ先に食われるのは、より肉の柔らかい人間の方だろう。

 ゲッシュは早くも疲れて遅れがちになっている太ったアガスを、チラリと皮肉げに見やる。

 それでなくとも、手足を失わなかったもののあの大怪我の所為で、服の下に隠れた傷痕は酷く抉れて皮膚が引き攣り、まだ少し動かすだけでも痛みが走る。右足に傷を負ったクノックは少し足を引きずり気味で、以前に比べれば歩みは鈍くなっていた。

「ぐっ——」

 あっさりとやり返され、サウアーは言葉に詰まった。

 そこにクノックが、注意を促すように声を掛ける。

「サウアー様、あそこを見てください」

 と、道の先を指差す。

 そこに人(だか)りが見えた。吊り橋を支える太い二本の柱が立つ(たもと)に集まっている。

 歩きながら言い合っていたので、何時の間にか次の吊り橋の所まで来ていたらしい。

 しかし、何か様子が変だ。

 よく見ると裂け目に架かっている筈の吊り橋が落ちていた。微かに焦げた臭いもする。

 四人は誰ともなく足を速め、アルティアの男達が(たむろ)む吊り橋の袂に急いだ。

「何があった?」

 ゲッシュは集まっていた男の一人、暗緑色の髪をした若い男を掴まえて訊いた。

「判らない。何時もなら今頃になると、エルティアの者が北への出立の挨拶をしに来るんだが——」

 (かぶり)を振って言葉を返した男は、声を掛けて来た見知らぬ顔の男の背後に、金色の髪をした若者達に気付くと目を瞬いて二度見した。やはりこの辺りでソルティアの金髪は見慣れないものらしい。

「気にするな。ただの世間知らずな道楽息子どもだ」

 そのぞんざいな説明に憤慨したサウアーが剣を抜きかけ、それをクノックとアガスが必死に取り押さえて宥めすかす。

 背後での騒動を無視してゲッシュは男に話の続きを促した。

「で、エルティアの者は来なかったのか?」

「あ、ああ…… 

 それでどうしたのかと、様子を見に来たら橋が落ちていたんだ」

 ソルティアの若者達が気になりながらも、若い男は言葉を継いだ。

 誰かが吊り橋を燃やして落としたらしいが、この時期はあまり橋を利用しないので、何時落とされたのかも誰も分からないでいた。

「けど、架け直そうにも、完全に橋を落とされては俺達だけではどうにもならないんだ」

 吊り橋用の綱を張るにしても、崖の両方で協力しなければならない。補修ではなく架け直すのだから、エルティア側にも協力を求める必要があるだろう。

 だが、それにはエルティアに行かなければならない。誰が何処に、どうやってそれを伝えに行くのか。吊り橋の材料も揃えなければならないし、工事に着手する前に決める事は山ほどあった。

「大変だな」

「ああ、落としたヤツ見つけたら、たたじゃおかねぇ」

 声に怒りを滲ませ、暗緑色の髪の若者はぐっと拳を握り締めた。

 余計な仕事を増やされて、かなり頭に来ているのだろう。災難だと同情はするが、ここを利用しないゲッシュには関係ない事だ。

「邪魔をしたな」

 もう用は済んだとばかり体を返す。

 そこに疲れた様子の従者二人を左右に従え、親の仇でも見るかのようなご面相のサウアーがいた。

「貴様——」

「おい、どうしたんだ?」

 ゲッシュに突っ掛かるサウアーの声を遮り、背後から耳慣れた蹄の音と共に声が飛んできた。

 思わず四人が顔を向けると、雑木林の奥に続く道からそれぞれ二頭の一角獣で引いた二台の荷車が縦に並んでこっちに向かって来るのが見えた。

 声はその前の荷車の御者台に座る二人の男の片方が、ゲッシュ達ではなく、その向こうの吊り橋前に集まるアルティアの男達に向かって発したものだった。

 赤銅色に淡紅色の髪、後ろの荷車の御者台いる若者の髪も赤黄色をしている事からエルティアの者達だと分かる。

 それを見たアルティアの男達はゲッシュ達を押し退け、荷車の周りに集まった。

 その内の一人、白髪交じりの緑茶色の髪の壮年の男が期待に満ちた声で尋ねる。

「あんたら、エルティアに戻るのか?」

「ああ、そうだが。何かあったのか?」

 軽く目を瞬かせながら、先程声を掛けて来た赤銅色の髪の男が応えて問い返した。

 自分の言葉に安堵の色を見せるアルティアの男達に不思議そうな目を向ける。

 それに壮年の男は沈痛な面持ちで応えた。

「吊り橋が落ちたんだ」

「吊り橋が!?」

 エルティアの男達は大きく目を見開いた。

 祖王の時代からここにあり、毎年アルティアの男達が丁寧に修繕して、今まで一度も不具合などなかった筈の吊り橋が落ちるなど信じられなかった。

「嘘だろ」と、思わず呟いた淡紅色の髪の若者は立ち上がると、後ろの荷台に積まれた樽の一つに飛び乗った。

 その上に立ち、伸びあがるようにして吊り橋の方を見る。

 崖の端に立つ太い丸太に繋がれた吊り橋を支える(かなめ)の綱がだらりと垂れ、遠くに見えるエルティア側の崖に黒く煤けた橋板が(すだれ)の様に垂れ下がっていた。

 なんとも無残な状態に愕然となる。

「ファルマ、どうだ?」

「……完全に落ちてる。橋板が黒ずんでるから、燃やされたのか?」

「ああ、そうだ」

 アルティアの男が無念そうに顔を歪めた。

「だが、落ちたのは燃やされたからでなく、切られたからだ」

 残った要の綱の切れ端を見れば判る。燃えたのは片方だけで、それも焼き切れたのではなくばっさりと切られていた。そして、もう一方も何度も切りつけたのか、切り口はボロボロになっていた。明らかに意図的にこの吊り橋は落とされたということだ。

「一体誰が……」

「それは分からんが、そんな事よりも今はこの橋をどうするかだ」

 そう言って壮年の男は、荷車の御者台に座る赤銅色の髪の男に目を向けた。

「わしはドゥクスだ。代々ここの吊り橋の補修をやっている」

「マドラのバトロムだ。仲間とアルティアで行商してエルティアの(むら)に帰るところだ」

 アルティアの男が名乗ったので、バトロムもそれに倣って名乗る。

 それに頷き、ドゥクスは口を開いた。

「それで、橋の事でエルティアに帰るというあんたに頼みがある」

「頼み?」

「ああ、見ての通り、橋はもう架け直すしかない。それでエルティアにも協力してもらいたいのだ」

「確かに、これはアルティアだけじゃ手に余るな。けど協力と言っても俺達には無理だぞ」

 アルティアの男の言葉に頷きつつも、バトロムは難色を示した。

 事情は分かるが、ここは自分達の邑からかなり離れた場所の吊り橋だ。流石にそんな所の吊り橋の面倒まではみてられない。

 それはドゥクスも当然の事と割り切っていた。

「それは判っている。頼みたいのはこの橋に一番近いダーナという邑だが、北に向かったその邑の者に橋の事を伝えてもらいたいのだ」

 自分達では北の何処に彼らの夏の邑があるか分からなかった。知らせに行きたくとも、不慣れな土地で闇雲に探していては時間が掛かり過ぎる。

「まぁ、それくらいなら」

「助かる」

 了承して貰えた事で、ドゥクスはホッと息をついた。

 そして、傍にいた者から細長い棒を受け取り、バトロムに差し出す。

「ついでにこれも持って行ってくれ」

「これは?」

「橋の支柱周辺で見つけた矢だ」

 アルティアで使われる矢よりも太く長い。それが何本も支柱や地面に突き刺さっていたのだ。おそらく崖の向こう、エルティア側から射込まれたのだろう。

「なるほど」

 矢を受け取ったバトロムは、隣に並べて停めたもう一台の荷車の御者台に座る仲間に手渡す。

「確かに、エルティアの大弓に使う矢だな」

 それをじっくりと見て、褐色の肌に赤黄色の髪の若者が眉間に(しわ)を寄せた。

「ラザン、この矢がどうかしたのか?」

 樽の上にしゃがみ込み、不思議そうに背後からファルマが問う。どう見ても何処にでもある普通の矢だ。

「ああ、これとあの橋の状況から見て、エルティアの者に追われた奴が、橋を渡り切った処で追っ手を振り切る為に橋に火を()け、(かなめ)の綱を切り落としたという事だろう」

 今一解っていない連れに、淡々とした口調で分かり易くラザンが説明する。

「そいつらが逃げた方向は三つ。大地の裂け目に沿って橋から左右に分かれた道と、俺達が来た森の奥に向かう道だ。

 だが、ここに来るまでの道中、俺達は怪しい者は見なかった」

 エルド達がしでかした事を知らないラザンは、そう言いながらチラリとこの場で一番の不審者達に視線を向けた。

 そこにいる全員の目が金髪の者達に集中する。

「俺達は裂け目沿いに南から今しがたここに着いたばかりだ。俺達も道中怪しい者は見ていない」

 すかさずゲッシュがソルティアの三人の前に出て無関係を主張した。

 その言葉をアルティアの暗緑色の髪の若者が支持する。

「では、残るは北か……」

 自分達がこれから向かう方向だ。そこにエルティアの者に追われた奴がいるかもしれないと思うと億劫である。

 嫌そうな顔をするラザンに肩を竦め、バトロムはドゥクスに視線を戻した。

「矢は確かに預かった。ダーナの者に見せれば、橋を落とした者について何か知ってるかもしれないからな」

 もしかしたら、聞く前に捕まえてしまうかもしれないが。

「ああ、できるだけ早くダーナの者に伝えてくれると助かる。気を付けて帰ってくれ」

「そっちこそ、大変だろうけど頑張ってくれ」

 互いに最後の挨拶を交わし、ドゥクスは今後の話し合いの為に仲間と共に集落へと戻って行き、バトロムは落ちた橋を横目に手綱を引いて北に進路を取った。

 




 お久しぶりです。
 寒波に次ぐ寒波で毎日寒くて堪りません。
 何時になったらこの寒波の襲来は終わるのでしょう。
 ところで、梅は別名「春告草」と言うらしいです。
 木なのに草? と思いますが、花を咲かせる草木で、その年最初に花を咲かせるからだそうです。
 でも、梅が咲いても寒いままです。
 早く本当の春が来て欲しいです。
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