アーサス   作:飛鳥 螢

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第三章 《 昏 の 国(アルティア) 》 Ⅳ —追跡者(10)—

 一角獣に引かれた二台の荷車は、そのままその場から立ち去ろうとする。

 それを背後から、やけに尊大な物言いの声が引き留めた。

「待て、エルティアの者どもよ」

 今度は何だと目を向けると、そこにさっきのソルティアの若者達がいた。

 その内の一人、長身の若者が更に高飛車に言い放つ。

「その一角獣を寄越せ」

「はぁ?」

 一瞬バトロム達は揃って我が耳を疑ったが、次の瞬間一斉に動いた。

 即座にバトロムとラザンが御者台から飛び降り、短剣を構えて一角獣の前に出、ファルマは弓に矢を(つが)えて樽の上に立つ。

「こんな所まで来て強盗とはな。ソルティアじゃそんなに稼ぎが悪いのか?」

「ま、待て。誤解だっ」

 エルティアの者達の敵意に反応し、剣の柄に手を掛けたサウアーを弟と共に押さえ、クノックは慌てて弁明した。

「一角獣を寄越せと言っても、タダではない。ちゃんと金は払う。お前達はエルティアの行商人なのだろう。一角獣も商品ではないのか?」

「——その言葉、嘘じゃないだろうな?」

 疑わしげにソルティアの男達を見やり、バトロムはさっきこの三人を庇ったアルティアの男に視線を向けた。

 他人事(ひとごと)のように見ていたゲッシュは、面倒臭そうに口を開く。

「ああ、アレは高慢ちきで横柄な言い方しかできないからな」

「っ!」

 アレ扱いされたサウアーは目を()き、憤然となった。それを従者兄弟が必死に宥めすかして押し止める。

 ゲッシュは冷笑を浮かべ、従者兄弟を助けようともしない。

 ——こいつ等、一体どういう関係なんだ?

 なんとも理解しかねるが、もはや自分達は眼中にないソルティアの三人を警戒するのも馬鹿らしい。

 バトロム達は互いに視線を交わし、武器をしまうと交渉相手を三人の騒ぎを傍観しているアルティアの男に定めた。

「一角獣を売って欲しいという話だが、悪いがそれはできないな」

「何故だ?」

 ゲッシュは怪訝そうに荷車を見る。

「見た処あの荷車を引くのに、一角獣は二頭もいらんと思うが」

「ああ、確かに一頭でも十分だけどな。そもそもあの一角獣達は預かりものなんだよ」

「預かりもの?」

「そうだ。あいつらと同じソルティアの(もん)に頼まれてな」

 擦ったもんだと騒ぐ三人を顎で示し、バトロムが説明する。

「ソルティアだと?」

 その言葉にゲッシュはピクリと片眉を撥ね上げた。

 こんな所まで来るソルティアの物好きがあいつ等以外にもいるとなると、考えられるのは一人だけだ。

「ああ、これから更にアルティアの奥の方を旅するらしく、金のかかる一角獣を手放すつもりで市場(ファレス)に来たみたいだったな」

 そこで自分に会い、エルティアに帰るならと一角獣を売らずに自分に預けたのだ。

「アルティアの奥……」

「それで、貴様はそやつの顔を覚えているか?」

 いつの間にか騒ぐのを止めたサウアーが、ずいっと赤褐色の髪の男に迫る。

 ゲッシュと同じ考えに至ったのだろう。何処となくその形相は鬼気迫っていた。

「あ、ああ……」

 思わず体を引きながらバトロムは応えた。

「薄暗がりの中でもはっきりとわかる鮮やかな金髪に蒼い瞳の、結構育ちの良さそうな感じだったな。歳はお前よりも幾分か若いと思う」

 それを聞いてサウアーだけでなく従者の二人も表情を険しくした。どうやら皇子で間違いなさそうだ。

「名は判るか?」

「確か……ショウだったかな」

 横合いから訊いて来たアルティアの男に、エルドがそんな名で呼んでいたのを思い出してバトロムは言った。

「ショウだとっ」

 その名を耳にした途端、ギリリッと奥歯を軋らせてサウアーが吐き捨てる。

「フォルドの奴、こともあろうに恐れ多くも祖王の名を(かた)るとはっ」

 自分こそソーレスの正当な持ち主だとでも言うつもりかっ。

 思い上がりも甚だしい従弟に対する怒りがふつふつと湧き上がる。

「知り合いなのか?」

「まぁな。あいつの大事な物をそいつが勝手に持って行ってしまったらしい」

 訝しげな表情をするエルティアの男に、ゲッシュは応えた。そう思っているのはサウアーだけだが。

「それで、そいつは何処へ行った?」

「さあな。そいつ等と別れた後は真っ直ぐこっちに来たからな」

「そいつ等というと、連れが居るのか?」

「俺の知り合いが、そいつの旅に付き合ってるんだよ」

「エルティアの者が?」

「二人程な。それに案内に雇ったらしいアルティアの少女が一人」

 微かに目を見開いたアルティアの男に問われるまま、バトロムは出会った少年少女達の事を口にした。

 

 

 昼間でも仄暗(ほのぐら)いセクルスの森は、幾重にも重なった枝葉が陽光よりも弱い星や月の光などを通す筈もなく、夜になると森は完全に闇に閉ざされる。

 時折夜行性の鳥や動物達の声が静寂(しじま)を裂いて聞こえてくるが、それ以外は全てが漆黒の中に呑み込まれていた。

 そんな森の中、漆黒の闇を払う(あか)りがザルツェで囲われた道の一角、地上から数フィノ上にあるセクルスの幹に穿たれた穴の中から漏れ出ていた。

 エルティアの行商人から一角獣を手に入れられなかった代わりに、フォルドに関する重要な情報を仕入れたサウアー達は、急遽行先をアルティアの奥地に変更した。

 その所為でかなり急いだものの結局日暮れまでに次の集落に辿り着けず、セクルスの洞で一晩明かす事になったのである。

 もっともこの洞は偶然見つけた自然のものではなく、レンジャー達が作った森の拠点の一つだった。

 アルティアの森と民を護る為に組織された自警団(レンジャー)は国公認の組織でもあった。それぞれ自分の集落を中心に見回り、国全体でその数は百以上にもなる。

 とはいえ、セルクスの森は広大だ。それらが全員で手分けしても、自分の担当地区を一回見回るだけで十数日以上も掛かるのだ。安全の為夜一々集落に戻っていては更に時間が掛かってしまう。その為レンジャー達は自分達で森の中に、集落以外でも安全を確保できる拠点を幾つか作ったのだ。

 ゲッシュはクノック達の療養の際、場所を提供してくれたアルベロから、同胞の(よしみ)で万が一の時の為にその拠点の見つけ方を教えて貰っていた。

 道具がないので登るのにかなり苦労したが、洞の中は十分な広さがあり、入口寄りの中央に耐火性の高い石を敷いて作られた小さな炉があった。

「このような場所があるなら、何故最初から利用しなかったのだ」

 恨みがましくクノックは、炎の揺れる小さな炉の向こうに座るアルティアの男を睨み付けた。

 サウアーはフォルドからソーレスを取り戻したい一心で、どんなに不本意でもある程度文句も言わずに従っていた。今なら毎晩金の掛かる集落の宿に泊まらなくても不満は出ないだろう。

 元々エスカーの牧草地までの旅だったのだ。それがこんな他国まで来る羽目になると、一体誰が予測できただろうか。

 一応セスラの別邸で父親に多めに金銭を持たされたが、それにも限りがある。唯一一行の懐事情を知るクノックにしてみれば、浪費など以ての外だったのだ。

「こういった拠点があるのは、付近に集落がないセクルスの森の中だけだからな」

 クノックの恨み言を、ゲッシュは鼻を鳴らしてやり返した。

 そもそも雑木林には、こんな大きな洞を造れる樹は生えていない。

「それに俺は言った筈だ。一晩中オーシグルとじゃれ合う気なら止めはせん——と」

 自分はそれが嫌だから自腹で集落に宿を取ったのだ。それに勝手について来たのはそっちだろうと。

「くっ……」

「そんな事はどうでもよい」

 やり込められた自分の従者を、サウアーはぞんざいに切り捨てた。

「どうやって先に進むフォルドに追い付くかだ」

 あのエルティアの男の話では、フォルドは一角獣の代わりにモームという運搬用の動物を手に入れたらしい。歩みは一角獣に比べればかなり遅いようだが、徒歩である自分達よりは早い。

 一体何処に向かっているのか知らないが、やっとフォルドの足取りが掴めたというのに、このままでは追い付くどころかどんどん引き離される一方である。

「まずはファレスに辿り着く事だ。そこに着きさえすれば、まだ追い付く()は幾らでもある」

 いくら先に行こうとも、決して逃しはしない。

 揺れる炎に照らされて、ゲッシュの暗緑色の瞳が獲物を捉えた獣のようにギラリと光った。

 

          § § §

 

 セクルスの太い枝を渡り歩く動物達の鳴き声や、更に上の梢で賑やかに(さえず)る鳥の声が薄暮の中にいても、今がまだ昼間だと知らせてくれる。

 頭上以上に騒がしい鳴き声を(まと)わりつかせながら、ゲッシュはザルツェの垣根に挟まれた巨大な幹の前にいた。

 その五月蠅(うるさ)い鳴き声が聞こえたのか、ゲッシュが何かする前に数フィノ上にある幹の洞からぬっと壮年の男が顔を出して来た。

「今戻った」

 そう告げると、顔を出した暗褐色の髪の男は嫌そうな顔をした。

「まさか、そいつらを中に入れるつもりか?」

 ゲッシュが連れているのは森の掃除屋と言われているトルーズだった。

 首と脚が長い二足歩行の鳥である。羽は有るものの退化して飛べない為、獣として中型から大型程度の大きさの肉食獣に分類されている。

 とはいえ森の掃除屋と言われるだけあって、肉以外にも喰える物は何でも喰うので、どちらかというと雑食に近い。

 気性が荒く、足が速いので動くものを見ると取り敢えず追い掛けて(つつ)く。反面自分より強いと認めると大人しく言う事を聞くので、結構扱いやすいといえる。

 今はゲッシュを強者と認めているらしく、大人しく細かい歯がびっちりと並んだ長い(くちばし)を半分閉じた状態で(くつわ)をされ、手綱をしっかりと握られていた。

 けれどもグワゥっと(やかま)しく鳴くのは、従順である事とは別問題のようだ。四羽もいるとそれは更に(かしま)しい。

「いや、連れを呼び出してくれ」

 すぐにここを立つから中に入る必要はない。

「分かった」

 頷き、壮年の男は顔を引っ込めた。

 暫く待っていると、赤褐色の幹の中からゴトッ、ゴトッ、ゴトンという鈍い音が響いてくる。そして、赤褐色の幹に切り込んだ筋に沿って、ゆっくりと扉の様に幹の一部が内側に開いた。

 ぞろぞろとそこから三人の金髪の男達が出て来る。

 それを見たトルーズ達が一斉に羽を羽搏(はばた)かせ、地面を蹴ってグイっと嘴を前に突き出す。動く物を見たらまず嘴で(つつ)こうとするのは、トルーズの(さが)である。

 とはいえ外に出た途端、鋸のような歯並びの嘴を突き付けられては、(たま)ったものではない。

「ひいぃっ」

 小太りのアガスが悲鳴を上げ、尻もち付いた。

 森の中で、一時追い回された時の事を思い出したのだろう。

 他の二人も顔を引き()らせ、慌てて獰猛な鳥に剣を向ける。

 同時に、グイっとゲッシュが手綱を引いた。

 獲物を(つつ)き損ね、不満げな鳴き声を上げたトルーズ達だったが、ゲッシュの暗い緑色の瞳を見た瞬間大人しくなる。

「な、何故こいつらがいるのだ!?」

 襲われないと見るや、サウアーが嫌悪も露わに喚いた。

「ファレスで手に入れたからだ」

 分かり切った事を聞く男に、ゲッシュは面倒臭そうに答える。

「これなら皇子達より早く移動できる」

 トルーズは脚が早い上に小回りが利く為、レンジャー達は森でこいつらを見掛けると、捕まえて移動の足として使っていた。

 ゲッシュは、ファレスで食料品や料理を売る露店の残飯処理用に飼われていたトルーズを見つけ、食料を大量に買う代わりに安価でこいつらを貰い受けたのだ。

 トルーズ達の背には、その時買った食料がそれぞれ括り付けられている。

「そっちはどうだった?」

 怯えるアガスを見下し、なおも(つつ)こうとするトルーズを抑え、ゲッシュはクノックに目を向けた。

「フォルド様は河を探しておられたようだ」

 偶然というか必然というか、ここは以前ショウ達を泊めた集落だったのだ。

 ただ、泊まった(いえ)が別だった為、今朝宿主が「そういえば……」と、サウアー達の金髪を見て思い出したように口にした事で、その事が判明したのである。

 面倒事しか起こさないサウアーをこの集落に置いて行く口実を得たゲッシュは、三人にそれの情報収集をさせ、一人ファレスに向かったという訳だ。

「河……」

 確かエルティアに向かう時も川沿いに行こうとしていた。方向を見失わない為にそうしていたと思っていたのだが。

 ——河に何か特別な意味でもあるのか?

 しかし、考えてもそれが何なのか、ゲッシュには知りようもなかった。

「行き先は聞いたのだろうな?」

「当然だ」

「ではこれに乗れ」

 当たり前のようにゲッシュはトルーズを示すが、隙あらば自分達を(つつ)く気満々のこれらにどうやって乗ればいいというのか。

「鞘を付けた剣で頭をぶっ叩けば大人しくなる」

 何でもない事のようにゲッシュは言う。

 要は殺さないように、自分の方が強い事を示してやればいいのだ。

「さっさと乗れ、でなければ俺一人で皇子を()るぞ」

 ひらりとトルーズの背に跨り、ゲッシュは三人を()かした。

 その言葉に奮起したサウアーが腰から鞘ごと剣を引き抜いた。従者兄弟も慌ててそれに倣う。

 そして、遠慮なく手加減抜きに騒ぐトルーズの頭目掛け、力一杯鞘付き剣を振り下ろした。

 




 お久しぶりです。
 漸く春めいて来たと思ったら、冬に逆戻りとかないわ。
 確かついこの間は夏日とか、テレビで言ってたような……
 寒暖の差が激し過ぎてイヤになります。
 気候はやはり春夏秋冬穏やかに移ろって欲しいものです。
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