アーサス   作:飛鳥 螢

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第三章 《 昏 の 国(アルティア) 》 Ⅳ —湯の湧く泉(2)—

 次の日の朝、早々と食事を終えた四人は、実はまだそこにいた。

 といっても切り株の湯船の処ではなく、水蒸気の白い霧の外周にあるレンジャーの拠点だ。

 昨日あの後、男女に分かれて温泉を堪能した四人はここで一泊した。

 そして、朝になってエルドが今日出発する前にもう一度入ると宣言し、強引にアルフィーネを連れて切り株の温泉に入りに行ってしまったのだ。

 ショウとシグは二人が戻るまでここでお留守番である。

 モームに荷物を積み込み、すっかり支度を済ませた後やる事が無くなったショウが、二人を待っている間素振りでもしようかと思った時だった。

「なあ、兄貴」

 ニヤニヤとソバカス(づら)に笑みを浮かべ、シグが声を掛けてきた。

「もうする事ないんだったら、いいもの見に行かないか?」

「いいもの?」

 こんな何もない森の中で、いいものってなんだ?

 何も思い浮かばず、ショウは訝しげに小柄な少年を見る。

「そっ、昨日取って置きの場所見つけておいたんだ。あの時先に温泉入った姉ちゃんすっごく上機嫌で戻って来たからさ」

「まあ、そうだな」

 温泉に入る前はこんなの何処がいいのかと、エルドは胡散臭げにしていた。

 それがアルフィーネと一緒に温泉から戻って来たエルドは、湯に全身どっぷりと浸かる心地よさが余程気に入ったのか、入る前とは打って変わって頬を上気させて温泉を絶賛したのである。

 無理言って連れて来たショウとしては、エルドが気に入ってくれて良かったと思ったものの、エルティアに戻ってからも温泉——たっぷりのお湯に浸かりたいと言い出さないかとちょっと不安だった。

 まあ、エルドもそこはちゃんと(わきま)えていたからこそ、今朝出発前にもう一回温泉に入りたいと言い出したのだろう。

 本当はショウもここを出発する前にもう一度温泉に入りたかったのだが、エルティアに帰ればエルドは二度とこんな贅沢は出来ない。また交代で入るにしても時間が掛かり、予定通り今日の夕方までに次の拠点まで辿り着けなくなる。

 それでショウは残念に思いつつも、エルドに朝風呂の権利を譲ったのだ。

 そして、それを見越してシグは昨日温泉に浸かるのもそこそこに、切り株の周囲の一角に鬱蒼と生えていた巨大なシダの繁みの中をうろついていたのである。

「あそこなら絶対に見つからないでバッチリ拝めるぜ」

 と、得意気に言った後で、シグは勿体ぶって言葉を継ぐ。

「——姉ちゃん達のぬ・れ・は・だ」

「え……、ええっ!?」

 ぬ、濡れ肌って……

 思わず想像してしまい、ショウは真っ赤になって狼狽(うろた)えた。

「なに驚いてんだよ、兄貴」

 ショウの動揺っぷりに、シグは呆れたような表情(かお)をする。

 自分より年上なのにこの反応。ゴムラツハなら喜び勇んで喰い付いてくるのに。拍子抜けしたものの、シグは尚も誘いをかける。

「どうだい、兄貴。こんなチャンス二度とないかもしれないんだぜ」

「………」

「そこなら姉ちゃん達も絶対気付かないって」

「………」

「兄貴、見たくないのかい? 姉ちゃん達の濡れ肌」

「そ、そりゃ……」

 見たいか見たくないかと言われれば、見たいに決まっている。見れるもんなら喜んでみたい。

 ショウとで健全な男子だ。それが偽らざる心境だった。

 下を向いて口籠もるショウを見て、シグは脈ありとばかりに畳みかける。

「だったら見に行こうぜ」

「………」

「絶対バレやしないから。ちょこっと見に行って何食わぬ顔してればいいんだからさ」

 と、迷うショウにシグが駄目押しする。

「兄貴、ここで見なかったら一生後悔するぜ」

「うっ……」

 悪魔の囁きに、ショウはぐらりと気持ちが揺れた。

 そして——

「…——いや、行かない」

 (かぶり)を振ってシグを見る。

 確かに見たいが、ただしシグ(こいつ)が一緒でなければだ。アルフィーネの濡れ肌を、こいつには見せたくない。その為なら唯一かもしれないチャンスを潰しても惜しくはなかった。

「えー、なんでだよ」

 シグが不満げに口を尖らす。

「滅多にないチャンスを棒に振るなんて、兄貴それでも男かよ」

「お前こそ、まだガキの癖に色気づくなんて十年早い」

「兄貴が遅れてるだけだろ。いいよ、おいら一人で見に行くからさ」

 (きびす)を返し、シグは折角誘ってやったのにと文句を言いながら、白く霞む霧の中に入って行こうとする。

 その肩をガシッとショウが掴む。

「行かせるかっ」

 見せてなるものかと、ショウはそのままシグの小柄な体を地に組み伏せた。

「何すんだよ、兄貴っ」

 ショウの体の下で、シグが抗議の声を上げる。

「二人が戻って来るまで、ここで大人しくしていろ」

 組み伏したシグの腰に結びつけられた大きめの革袋を取り、口を開ける。

 中にはモームの餌用に集めておいた色とりどりの茸が入っていた。

 ほんわりと中から漂う茸の匂いにヒクヒクと鼻を動かし、のっそりと膝を折って地に座っていたモームが動き出す。

 匂いに釣られて寄って来たモーム達を、ショウはそのまま押さえたシグの許へ引き寄せる。

 シグの体の上にモームを乗せる気だ。

「ちょっ、ちょっと、マジ?」

 ショウの暴挙にシグは慌てた。

 モームは荷物まで背に乗せているのだ。あんなものの下敷きになったら、動けないどころかペチャンコになってしまう。

「当然だ。お前みたいな油断も隙もならない奴、これくらいしないと安心できないからな」

 据わった目でシグを見下ろし、ショウが言う。

 完全に本気だった。

「ま、まま待てよ、兄貴~っ」

 悲鳴を上げ、じたばたと必死に抵抗する。

 ——が、不意にシグが動きを止めた。

 諦めたのかと思ったが、そうではなかった。

「——叫び声?」

「え?」

 何かを聞きつけてポツリと漏らしたシグの声に、思わずショウは茸でモームを誘導する手を止めた。

 その隙にズボッとモームが革袋の中に鼻先を突っ込み、もしゃもしゃと茸を喰い出す。

 それを余所に、シグが耳を澄まして更に呟いた。

「姉ちゃん? ……それに、男の声も。何だか言い争ってるみたいだ」

 牧畜の他に狩りを生業とするエルティアの者は目の他に耳もいい。森の中である程度離れていても、人の声を聞き分けるくらい造作もない。

 それにあそこは元々レンジャー達が利用する秘湯だ。人が居ると知らずにレンジャーの男がやって来てもおかしくはないし、入浴中にやって来られたらあのエルドの事だ、レンジャー相手に盛大に文句の十や二十言いそうだった。

 試しにショウも耳を澄ましてみたが、地面から噴き出す水蒸気の音に混じり時折鳥の(さえず)りが聞こえるだけで、エルドの声はおろか男の声も聞こえない。

「おい、シグ、何も聞こえないぞ。お前逃げようとして口から出任せを——」

「出任せなんかじゃないよ。確かに聴こえたんだ。ほらまた」

 と、シグが口を(つぐ)む。

 ショウももう一度耳を澄ました。

 そして、今度は聞こえた。

 噴出する蒸気の音に混じり叫ぶ少女の声が。

「アルフィーネっ!?」

「ほら、兄貴がグズグズしてっから、先を越されたんだよ」

「馬鹿っ、そういう問題かっ」

 茸の入った革袋を放り出し、シグを置いてショウは水蒸気の噴き出す白い霧の中に駆け込んだ。

 

 

 白い湯気の立ち上る遥か上空、ぽっかりと緑に縁どられて蒼い空が見える。

 草原では当り前に見える空だが、セクルスの巨大樹の枝葉に頭上を覆われたアルティアでは中々目にする事のできない光景だ。

 その空の下、所々に巨大なシダ類の生える大きな石が敷き詰められた一角に、ぽつんと高さ五十フィア程度の切り株の中からこんこんと温泉が湧き出ていた。

 今その湯船の中に、燃えるような朱毛(あかげ)と亜麻色の長い髪を頭の上に結い上げた少女が二人、ゆったりと全身を浸けてくつろいでいた。

「は~、やっぱり気持ちいいもんだね、この温泉ってのは」

 特にたっぷりの湯に温められて、全身の疲れが一遍に(ほぐ)れるのがいい。

「こんな贅沢が出来るなんて、アルティアっていいとこだね。エルティアじゃ、こんな風に湯に浸かるなんてまず出来ないもんね」

 エルティアは国内唯一であるセヴァン河が完全に干上がった後は、荒れ地の岩場の所々に水が湧き出るだけで、後は地中深く掘った井戸からでないと水は手に入らない。それを汲み上げるのは大人でも重労働なのだ。加えて湯を沸かす為の薪集めも(むら)から離れた雑木林まで取りに行かなくてはならず楽ではなかった。

「そういや、ソルティアでもこんな風に湯に浸かれるんだっけ」

「誰でもって訳じゃないけど——…」

 湯を沸かして湯船に溜めるにはそれ相応の材料(かね)人手(ろうりょく)が必要になる。それが出来るのは身分や財力のある裕福な者達だけだ。アルフィーネのような身分だとエルティアやアルティアの平民と同様に、贅沢で滅多に入れるものではなかった。

 ——そう言えば、フォルド様は……

「アルフィーネ?」

 不意に声が途切れ、エルドが訝しげに顔を向ける。

「どうかしたのかい?」

「え? いえ、ちょっとフォルド様の事を想い出して……」

「へえ、どんな?」

「フォルド様も剣の稽古などして汗をかいた後は、よく水浴びをしていたと思って」

「湯浴みじゃなくて?」

「ええ、湯を用意するのは大変だろうとおっしゃって」

 フォルドは湯を沸かす事の大変さを良く知っていた。だから極力人の手を煩わせない様にしていたのだ。

「ふ~ん、王族なのに?」

「ええ、宝剣(ソーレス)に選ばれる前は、よく城を抜け出して城下に遊びに行っていたの」

 アルフィーネも何度か連れて行って貰った事があった。そこでフォルドは平民の暮らしなど様々な事を見聞きしていたのである。

「じゃあ、急に湯浴みしたがるようになって、変だと思わなかったのかい?」

「あの頃は、フォルド様は忘れ(やまい)(かか)っていると思っていたから……」

 それに病み上がりの体に水浴びは良くないと、体を洗うなら湯浴みにするようにとエイルに言われていた。

 ショウもボタン一つで勝手に風呂の準備が整い、後は入るだけが普通だっただけに、裏にそんな苦労があるとは思っていなかった。それを知ったのはケリアの邑での事で、その後ショウはアルフィーネに平謝りに謝っていた。

 それを想い出し、アルフィーネがクスリと笑みを零す。

「それじゃあさ、今はどうなんだい?」

「どうって?」

 何を訊かれたのか分からず、アルフィーネは小首を傾げた。

「ショウの事だよ。体が一緒でも中身が別人だって解ったんだからさ。ショウの事、今はどう思っているんだい?」

「それは……」

 改めてエルドに問われ、アルフィーネは途惑った。

 確かにヴァンデミーネの巫女にそう言われ、今ではフォルドとは別人なのだと受け入れてはいたが、そんなこと考えた事が無かった。

「——まだこっちの常識に疎くて色々と危なっかしい処があるから、しっかり支えてやらなきゃって思うけど……」

 ファレスでアルティアの女性達にショウが絡まれていたのを想い出し、アルフィーネは改めてそう思った事を口にする。

「へぇ……」

 アルフィーネの何処となく実感の籠った口振りに、エルドはまたショウが何かやらかしたのかと呆れた表情(かお)になる。

「フォルドはそういう処は大丈夫だったんだ」

「ええ」

 でなければ、今頃従妹のベルティナと婚姻を結ぶ羽目になっていただろう。

「じゃあ、しっかり中身の区別がついてんなら、言葉使いも変えてやったらどうだい?」

「え?」

「あんたの言葉使い。あたしらと話す時と違って自分が王宮で皇子してた時と一緒だって、ショウの奴えらく落ち込んでたんだよね。未だにフォルドの見てくれの所為で普通に話してくれないって言ってさ」

「あ……」

 言われて初めて気づいたアルフィーネは、思わず口に手を当てた。

 フォルドの姿を前にすると自然と口調が改まってしまうのは、王宮暮らしで染み付いた癖のようなものだ。こればかりは直そうとしても中々直せるものでもない。

 ——また、ショウを傷つけてしまった……

「わたし——」

「ああ、(わざ)とやってるわけじゃないって解ってるよ。あたしも言われるまで気付かなかったくらいだから」

 表情を強張らせたアルフィーネに、エルドはパタパタと手を振る。

「言葉使いなんて、ショウも変な処で(こだわ)るもんだよ。けどやっぱり気になるんだろうねぇ」

 アルフィーネの中ではフォルドの存在が大き過ぎて、自分なんか意識されていないのだろうと。

「まあ、急に変えても変に思われるだろうし、一応気に留めておいてくれればいいから」

「え、ええ……」

 軽い口調でエルドは言ったが、アルフィーネの表情は暗く沈んだままだ。

 ——やっぱ、言わなきゃ良かったか……

 気まずそうに視線を明後日の方向に逸らし、エルドは(ほぞ)を噛んだ。

 あの時あんまりショウが落ち込んでいたから、ついお節介を焼いてしまったのだが、どうもアルフィーネはショウに変な負い目があるらしく、重く受け止めてしまったようだ。

 そろそろ逆上(のぼ)せそうだから上がりたいけど、このまま戻ってショウがアルフィーネの元気のない原因を知ったら、しこたま怒られそうだ。

 ——あー、でもあいつ人が()いから、あたしを怒るより謝ってきそうだ。自分が変な事を話した所為で、気を使わせてしまったって。

 先に着いたダーナの邑で合流した時の事を想い出したエルドは、ふとアルティア(この国)に来る羽目になった一連の騒動まで思い出し、思わず唇を噛んだ。

 両手でお湯を(すく)い、勢いよくバシャバシャと顔を洗う。

 頭を左右に振り、顔に付いた水気と共にそれらも振り払うと、エルドは殊更明るく沈み込んだアルフィーネに言うともなしに声を上げる。

「——にしても、実際変なヤツだよね。ショウってさ」

「…?」

 唐突に言われたアルフィーネは目を瞬かせ、傍らに座るエルドを見た。

「だってそうだろ」

 こちらの話に反応したアルフィーネにニッと口の端を吊り上げ、エルドは話を続ける。

「あれだけ躊躇(ためら)いなく剣が振るえるのに、血の臭いがからきしダメだなんてさ。強いんだか弱いんだか、全くワケ分かんないよ」

 毎回一度(ひとたび)剣を握って戦う時は血(まみ)れになる事も厭わず相手を斬り臥せるのに、戦いが終わった途端自分の作った惨状に蒼白になってぶっ倒れそうになるのだ。そのギャップが激し過ぎて、どっちが本当の彼だか分からなくなる。

「——元の世界では、竹刀(けん)を握って試合し(たたかっ)た事はあるけど、それは血を流すようなものじゃなかったと言ってたわ。だから血の臭いには慣れてないと……」

 ショウが前に言っていた事を想い出してアルフィーネが弁護すると、エルドは口をへの字に曲げた。

「それにしたって、いい加減慣れても良さそうじゃない? 毎回アレじゃ、後が大変なんだよね」

 なんたって主戦力がいきなり役立たずに成り下がってしまうのだ。その場での連戦は出来ないし、移動するにも図体のでかいお荷物を抱えた状態ではそれもままならない。

「——ええ、そうね……」

 盛大に溜息をついて文句を言うエルドに同意しながら、アルフィーネは微かに口許を綻ばせた。

 確かにそうなのだが、何となくアルフィーネはフォルドと違うそんな処がショウらしいと思ってしまう。だからエルドには悪いが、そのままでいて欲しいと思っていた。

「それにあいつ、普段やることなす事シグと殆ど変わらないんだよ」

 こちらの常識に疎いのは仕方ないとしても、自分より年上なのに弟と一緒になってバカやるのだから呆れてしまう。

「そうね……」

 ふっとアルフィーネは微笑んだ。

 多分エルドは《明の都(エルゼナ)》の書物庫を出た後の事を言っているのだろう。シグと一緒になって彼女から逃げ回っていた姿が思い浮かぶ。

 それに食事の時のシグとのおかずの取り合いとか、じゃれ合う様に二人で色々とやってはエルドに怒られていた。

 一人っ子のショウはシグが兄貴と慕ってくれるのが嬉しく、つい兄貴面して構ってしまうのだ。けれどそういった彼の行動はエルドにしたら弟と大差なく見えるらしい。

 確かに時々ドキリとさせられる事もあるが、そんなショウにゴムラツハが言うような恋愛感情など抱きにくく、どちらかというと手のかかる弟がもう一人増えたと感じる方が強かった。

 でもアルフィーネにとって、そんな子供っぽい行動は王宮では見た事のないショウ本来の姿のように思えていた。そして、その姿が幼い頃一緒遊んでくれた少年のそれと重なり、何処か懐かしく感じてもいたのだ。

 アルフィーネの表情に明るさが戻り、エルドはざぶりと勢いよく大樹の切り株の湯船から立ち上がった。

「じゃ、そろそろ上がる?」

 流石にこれ以上は逆上(のぼ)せて動けなくなってしまう。

「ええ」

 エルドに倣って切り株の湯船から出、アルフィーネも乾いた布で火照った体の水気を拭った。

 エルドはまずエルーラの入った革袋を首に掛けると、下穿(したば)きにズボンを履き、(さらし)を巻いた胸の谷間に革袋を押し込む。そして、上着の方はまだ体が火照っているので後回しにし、腰のベルトに部族の短剣を差した。

 アルフィーネも上に薄衣の肌着を着込むと、他の支度の方を先に済ませていく。

「そういや、あんたのそのペンダントの宝石(いし)、こうやって改めて見るとやっぱり凄いね」

 ずいっと、アルフィーネが首に掛けている深い(みどり)色の宝石に顔を近づけ、エルドはしみじみと感嘆の声を上げる。

 それは精緻な銀細工の土台の中央に嵌め込まれた、直径五フィア程の涙型をした宝石だった。大きさもそうだが透明感がありながら深みのある色合いで、滅多にない逸品だ。

「母の形見なの。身一つでソルティアに嫁いで来た母が、唯一実家から持って来たものだって父が言ってたわ」

 そしてその父も亡くなり、今では自分に遺されたただ一つの両親の形見となっていた。

 よくアルフィーネが何かある度に胸元を押さえていたのは、無意識に亡き父母に頼ってしまう所為だ。

「へえ、あんたの母さん、いいトコの出なんだね」

「さあ、母のことは余り父は話さなかったから……」

 難産で、自分と引き換えに母さんは亡くなったと聞いている。近所の小母(おば)さんの話から、両親はとても仲が良く、深く愛し合っていたらしい。だから父さんは悲しみが大き過ぎて、母さんとの想い出を話したくなかったのだろう。

「そっか……。まあ、お婆様も言ってた事だし、大事にしないとね」

「ええ」

 エルドに頷き、アルフィーネはそれを肌着の下にしまった。

 次いで残りの服も着ようと手を伸ばす。

 その時だった。

「何処かで聞いた声だと思ったら、やはりお前か」

 突然、声がした。

 エルドにとっては聞いた事のない、アルフィーネにとっては耳を疑う聞き覚えのある男の声が。

 思わず手にした服を胸に掻き抱き、エルドと共にアルフィーネは声の方に振り返った。

 




 お久しぶりです。
 ショウが聴いた、アルフィーネが叫ぶシーンまで書きたかったのですが、ちょっと切りが悪くて次回になりました。


 連休前にちょっと実家に戻って、以前書いた小説をつい……がっつり読んでしまいました。
 ついでに書き直したい箇所が幾つか目について、本編は長いから、短めの番外編「夢追い人」だけでもと手を付けたら……直し終わってしまい、折角だからとここに上げた処、知人に本編上げる前に番外編上げてどーすると、思いっ切り文句をいわれました。
 むうっ。
 仕方ないので、急遽本編の「アルセリオンの歌声」で番外編の主人公の過去にあたる序章部分だけでも手直しして上げる事にしました。
 決して浮気をしたわけではありません。アーサスも頑張って書いています。遅筆ですが……
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