アーサス   作:飛鳥 螢

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第三章 《 昏 の 国(アルティア) 》 Ⅳ — 激闘の果てに —

「なっ!?」

 たたらを踏み、驚きにサウアーは目を見開いた。

 そこへ、激烈な一撃をショウがみまう。

 咄嗟に跳び退き、あわやという処でサウアーはそれを躱した。

 逃すまいとショウが更に追撃を掛ける。

 今までとは違う、殺気すら感じられる痛烈極まりない斬撃だ。

 更に動揺させるつもりが、どうやら従弟の逆鱗に触れてしまったらしい。

 舌打ちし、サウアーは受け止めたショウの剣を弾き返えし、すかさず反撃に出る。

 金属のぶつかり合う、鋭い剣戟の音が立ち込める白き霧を切り裂く。

 一合、二合、三合……

 相手の一撃を、受けて、撥ね退け、攻め立てる。

 互いに一歩も引かない激しい攻防だ。

 サウアーの重い斬撃が弧を描いて一閃する。

 それを回避して跳び退いたショウの足が、近くにあった赤黄色の石塚にぶち当たった。

 バランスを崩して倒れそうになる。

 直後周囲で噴き出す水蒸気の音が一際甲高く鳴り響く。

 ——やばっ。

 そう思った瞬間、ショウは体勢を崩した体を倒れるに任せ地に転がった。

 それを好機とみて、サウアーが追撃を掛ける。

 その鼻面すれすれに、間欠泉の穴から突如熱湯の柱が噴き上がった。

「うおっ」

 仰け反り、サウアーが慌てて跳び退いて距離を取る。

 その隙にショウは立ち上がり、サウアーと噴出する熱湯から更に遠ざかる。

「おのれ、フォルドめ。またしてもこのような卑劣な()を使いよってっ!」

 間欠泉の周囲に降り注ぐ熱湯の飛沫を避けながら、サウアーが悪態をつく。

 全くの偶然なのだが、それのお蔭でショウが助かったのは事実だ。もっとも危なくなったのもそれの所為なのだが。

 一息つき、ショウは熱湯の柱の向こうで苛立つサウアーを見やる。

 ——怒りに任せ、闇雲に剣を振るった処でサウアー(あいつ)には勝てない。

 向こうより重量が軽い細身の剣のお蔭で、手数で押せてはいるがそれだけだ。

 あいつは性格は最低最悪だが、剣の腕は間違いなく本物だ。しかも自分と違い本気でこっちを殺そうとしている。一瞬でも隙を見せれば、()られるのは自分の方だろう。

 けれどアルフィーネを護る為には、この勝負何が何でも負ける訳にはいかない。

 ——あの時、確か俺は……

 絶対負けたくない格上の相手に競り勝った剣道の試合の時を思い出しながら、ショウはゆっくりと息を吐いて(たか)ぶる気を抑え込んだ。

 すっと剣を竹刀の様に持って正眼に構え、頭から雑念の全てを追い出して熱湯の柱の向こうにいるサウアー一人に全神経を集中させる。

 それが高まるにつれ、間断なく聞こえていた水蒸気の噴き出す音が遠退いていく。

 静謐に満たされた白霧の中、ショウは研ぎ澄ました意識を構えた剣の先に向けた。

 間欠泉の噴き出す熱湯が治まると同時に、すぐさまサウアーは距離を詰める。

 が、自分を見据え、見慣れない剣の構えをしたまま動かない従弟に、思わず足を止めた。

 ——こいつ……

 雰囲気が変わった。さっきまであれ程怒りを露わにして斬り掛かって来ていたのに、すっかり落ち着きを取り戻している。あの突き刺すような殺気すらも、今は感じられない。

 それなのに何故か気圧され、迂闊に近づけない。

 ただ剣を構えて立っているだけだというのに。

 ——この俺が、フォルドごときに気圧されるなどあってたまるかっ。

「死ねぇ!」

 途惑い躊躇(ためら)う自分を叱咤し、サウアーは従弟に斬り掛かった。

 すっと一投足にそれを避け、ショウは右に回り込む様に間合いを取る。

 仕留め損ねたサウアーはすぐさま身を返し、再び従弟に斬撃を浴びせる。

 その動きを冷静に見極めて躱し、ショウは剣先をサウアーに向けたまま、弧を描く様に移動して一定の間合いを保った。

「この腰抜けがっ。逃げてばかりでは、俺は倒せんぞ!」

 苛立ちも露わにサウアーが挑発する。

「あの侍女も、抱かれるならこんな腰抜けの貴様より、俺の方がいいと言うに決まっている」

 更にアルフィーネを持ち出して焦りを誘った。

 だが、さっきまで面白い程動揺していたのが嘘のように、フォルドは乗って来ない。

 ただ静かに、構えた剣の向こうからじっと自分を見据えている。

 その紺碧の双眸が不気味だった。

「あの侍女は俺が十分可愛がってやるから、さっさと死ね!」

 従弟への苛立ちを剣に込め、サウアーが苛烈な斬撃を繰り出す。

「はぁっ!」

 同時にショウも裂帛の気合いと共に地を蹴った。

 脳天目掛け、互いの剣がすれ違う。

 その刹那、ショウはサウアーの刀身の腹に剣を当てて弾いた。

 そのまま袈裟懸けに鋭く剣を一閃させる。

 弾かれた剣につられて体を開いたサウアーは、咄嗟にその動きに対応できなかった。

「っ!?」

 バッと血飛沫が上がり、地を赤く染める。

「ば……かな……」

 カラリと剣を取り落とし、サウアーは斬られた胸を押さえて半歩よろけた。

 表情(かお)が激痛に歪み、ガクリとその場に膝を折る。

 斬り裂かれたサウアーの服が、見る見るうちに鮮血に赤く染まっていく。

「——貴様さえ…斃せば、全てが、正されたのだ。……正統なる、世継ぎとして…我が許に、ソーレスも、ソルティアも……」

 手についた自分の血を茫然と見やり、うわ言のようにサウアーが呻く。

 まるで悪夢を見ているかのように。

 それを冷ややかな口調でショウは切り捨てた。

「たとえフォルド(おれ)()った処で、力の宝石(ソレイア)は絶対にお前など認めない。ソーレスもソルティア(あの国)も、お前の様な奴に担う資格など有りはしない」

 そう言い捨てると、力なく倒れ伏したサウアーに見向きもせずにショウは身を翻した。

 急いで最初に見つけた間欠泉の許に戻る。

 そして、方向を確認すると、地面を見回しながら真っ直ぐに白濁する森の中を進んで行く。

 十数フィノ程行くと、少しセクルスの葉の重なりが疎らな処から、柔らかな陽光が地面に注いでいる場所があった。

 そこに転がり、陽光を弾いて一際鮮烈な蒼い光を放つ宝剣を見つけ、ショウは神妙な面持ちでそれを手に取った。

 じっくりと柄から剣先まで見回し、何処にも欠けた所が無くてホッとする。

 他にいい()が無かったとはいえ、かなり乱暴にしてしまった自覚があるだけに、ソーレスは頑丈だから大丈夫と思いながらも、刃でも欠けていたらどうしようと、自分の目で確認するまで戦々恐々としていたのだ。

 ソーレスを回収すると、ショウは急いで温泉のある広場に向かった。

 自由になったエルドやシグがいるから大丈夫だと思うが、アルフィーネが心配だった。

 ショウが一気に蒸気の霧の中を駆け抜けると、切り株の湯船の近くで身構えていた三人がホッと安堵の表情を浮かべる。

「兄貴っ!」

 シグが元気に手を振る。

 服を着たエルドは傍らで縛られて座っているサウアーの従者達に何時でも射られるようにクロスボウを突き付け、同じく衣服を整えたアルフィーネは大事そうにソーレスの鞘とそれを包んでいた布を抱えていた。

 ——皆無事か……

 安堵してショウは三人の許に駆け寄った。

「アルフィーネ、首の傷は?」

「大丈夫です。もう手当てもして血も止まりましたから」

「そうか……」

 ホッとしながらも、アルフィーネの首筋に巻かれた細布に眉根を寄せる。

「ショウ、アルティアの男を見なかったかい?」

 クロスボウを構えたまま、エルドが警戒を解かずに訊く。

「アルティアの男?」

「ああ、こいつ等と一緒に居た焦げ茶色の髪をした、顔の右側に赤黒い傷痕のある男だよ」

「姉ちゃんはそう言うけど、おいらは見てないんだ」

 ショウに問うような視線を向けられ、シグが首を竦める。

「本当にそんな奴居たのか?」

 ショウも悲鳴を聞いてここに駆け付けた時、見たのはサウアーとこの従者二人だけだった。

「本当だよ、そいつの所為で逃げられなくて、こいつ等に捕まったんだ」

 でなければ、絶対に捕まりはしなかった。

 確かに、ここはレンジャーの秘湯とも言うべき所だ。アルティアの者の案内が無ければサウアー達が来られる訳がない。

「誰だ、そいつは?」

 ショウが足許に座り込むサウアーの従者に問い掛ける。

「し、知らん。腕が立つという触れ込みでついて来た、礼儀知らずのならず者だ。そんな奴の事より、サウアー様はどうした?」

 吐き捨てて答えた後で、クノックは()く様に訊き返す。

 ソーレスをサウアー様ではなく、皇子が持って戻って来たのが気になったのだ。それを見るに嫌な予感しかしないが、訊かない訳にもいかない。

「サウアーならまだ蒸気の霧の中にいる」

 応えながら、ショウは抜き身のソーレスを二人に向け、無造作に振り下ろした。

 ビクっと身を竦めたクノックとアガスの体から、はらりと縛った縄が落ちる。

「早く手当てしないと死ぬかもな」

 唖然とする二人にショウは淡々と告げる。

 サーっとクノック達の顔から血の気が引いた。

「サ、サウアー様っ」

 クノックとアガスは慌てふためき、転がる様にショウが出て来た霧の中に駆け込んで行く。

「いいのかい?」

 逃がしてしまっては、またやって来るかもしれない。後腐れなくするには今ここで始末した方がいいのに。

「ああ、そのアルティアの男が居なければ、もう追って来れないだろ」

 さっきの様子では、その男はあいつ等に雇われていただけのようだ。しかもその関係は最悪らしい。多分人質が自由になった時点で逃げたのだろう。

 それに、サウアーと違いあの二人は斬るだけの理由がなかった。

 ショウにそう言われ、エルドも納得の表情になる。

 確かにあの二人なら簡単に返り討ちに出来るし、もしあのアルティアの男がまだ居るのなら、ショウ達が霧の中に姿を消し、あの従者達を自分達がふん縛るまでの間、幾らでも手出しする機会はあった筈だ。

 とはいえ、エルドは完全に警戒を解く事はしなかった。さっきの様に水蒸気の霧の中に隠れ潜んでいる可能性も捨てきれないからだ。

「あの、これを」

 男達が居なくなってホッとしたアルフィーネが、ショウにソーレスの鞘を差し出す。

「ああ、ありがとう」

 鞘を受け取ってソーレスをしまうと、ショウはそれを布で巻いて背負った。

 やっぱりこれが背中にあると、何となく安心できる。

「ショウ、ここに座ってください。傷の手当てをしますから」

 腰のポーチから携帯用の小さな薬箱を取り出し、アルフィーネが気遣わしそうに言う。

「あ、ああ……」

 言われてショウは改めて自分の体を見回した。

 服についた血の殆どはサウアーの返り血だったが、腕や脇腹あたりの服があちこち裂け、見える肌にうっすらと血が滲んでいる。

 ぎりぎり躱したつもりでも、やはりサウアーの剣は鋭く、完全には避けられなかったらしい。

 戦っている時は平気だったのに、斬られていると分った途端傷が痛みだし、思わずショウは顔を(しか)めた。

 素直にアルフィーネが示した石の上に座り、手当てを受ける。

「悪い、フォルドの肉体(からだ)をこんなに傷つけて。(あと)は残らないと思うけど、やっぱもっと気を付けるよ」

「ショウ……」

 気落ちして項垂(うなだ)れ、すまなそうに自分を見る蒼い瞳に苛立ち、アルフィーネは我慢できずにキッとショウを睨み返してずっと心に(わだかま)っていた想いを吐き出した。

「どうして、そんな事をいうの!?」

「え?」

「あの時もそうだったわ」

 わたし達の為にジャルガの(かしら)と戦って怪我をしたのに、人様の肉体(からだ)を傷付けて悪い事をしたと、しきりに反省していた。

「確かにその肉体(からだ)はフォルド様の(もの)だわ。でも、今は貴方の肉体(からだ)なのよ。傷を負って痛いのは貴方なのに、そんな風に言わないで」

「アルフィーネ……」

「わたしが傷の手当てをするのは、貴方の為なのよ」

「………」

 遣る瀬無さそうに訴えるアルフィーネに目を(みは)り、ショウは息を呑んだ。

 何と言ったらいいか分からない。

 ただ、アルフィーネがフォルドではなく、自分の為に手当てするのだと言ってくれたのが物凄く嬉しかった。

 ちゃんと自分の事も気にしてくれていたのだと知って、ショウは喜びで胸が一杯になっていると、横合いから不意にわざとらしく咳払いする音がした。

 ハッとして振り返ったそこに、生暖かい目をしたエルティアの姉弟が居た。

「ショウ、傷の手当てが済んだら、あいつ等が戻って来る前にここからずらかるよ」

「あ、ああ」

 ニヤつくエルドの言葉に、慌ててショウは気まずげにアルフィーネを見る。

「えっと、その、ありがとう……」

「はい」

 ずっとモヤモヤしていた胸の内を全て吐き出したアルフィーネは、すっきりしたように笑みを浮かべ手早く残りの傷の手当てをしていく。

 そして、それが済むと同時に拠点に戻り、たらふく茸を食べて満足げにセクルスの大樹の下で休んでいたモームに乗って四人はさっさとその場を後にした。

 

 

 白む森の境界線近く、比較的細いセクルスの巨大樹にぽっかりと開いた洞があった。

 細いと言っても、そこに住むのではなく、大人が数人少し休むくらいの広さなら十分造れる太さはある。

 ショウ達が温泉に入る為に、宿として使っていたレンジャーの拠点である。

 そして今、そこにはマントを布団代わりに、額に脂汗を浮かべて呻き声を上げるサウアーが中央に横たわり、その脇にアガスとゲッシュの二人が居た。

「持って来たぞ」

 ゼイゼイ息を切らして何とか洞まで登って来たクノックが、手にした革製の水筒をゲッシュに渡す。

 その口を開け、高熱を出して朦朧とするサウアーの口をこじ開けて粉薬を放り込むと、水筒の中の湯を流し込んで無理矢理それを飲ませる。

「後はそこの瓶にでも入れて冷ましておけ」

 と、ゲッシュは口を閉じた水筒を目の前にいる小太りの若者に放る。

 慌ててそれを受け取り、アガスは入口近くに置いてある水瓶の中に注ぎ入れた。

 この付近は地熱が高く、湧き出て来る水は全部熱湯だ。冷まさなければとても人が飲めるものではなかった。

 クノックは蒸気の霧の中を抜け、切り株の中に湧き出る湯を汲んで来たのだ。それなら新鮮な湯を冷まさずに飲ませることが出来る。

「う、うぅ……」

「サウアー様」

 顔を歪め呻き声を上げる(あるじ)の額の熱くなった濡れた布を、甲斐甲斐しくクノックが取り換える。

 そのサウアーの胸から腹部に掛けて、真新しい布がきつく巻き付けられていた。

 ゲッシュが手当てしたのだろう。傍に血の滲んだ細長い布が放り出してある。

「これで、一応死ぬことはないだろう」

「そうか……」

 ゲッシュの言葉に、ほっと従者兄弟が安堵の息をつく。

 あの後、蒸気の霧を払いながら必死に捜して見つけたサウアーは、多量の出血で息も絶え絶えだった。

 慌てて止血をしたものの、このままでは死んでしまう。

 だが、手当てしたくとも薬は無いし、どうしたらいいか分からない。

 二人が途方に暮れていると、何処からともなくゲッシュが現れ、二人を顎でこき使って適切な処置を施し、サウアーを死の淵から引っ張り上げた。

 そして、この拠点に三人を連れて来てくれたのだ。

 重傷で意識のないサウアーを、地上から数フィノ上にあるこの洞まで上げるのは並大抵の事ではなかったが、お蔭で野獣に襲われる心配がなく治療に専念できる。

 後はサウアーの意識が戻るのを待つだけだ。

「また熱が出たらこれを飲ませろ」

 と、ゲッシュは幾本かの小瓶をクノックに渡した。自分が調合した熱冷ましの薬が入っている。

 その他にも、さっき飲ませた化膿止めの粉薬や、斬られた傷に塗る塗り薬などもまとめて押し付ける。

 その他に血に汚れた布は温泉の湯で洗った後、高熱の蒸気に晒して殺菌してから使うなど、ゲッシュは注意する点を細かく二人に言い聞かせた。

 一応持ち直したが、まだ油断はできないと。

「熱が完全に下がったら、人を呼んで集落に連れてってもらえ」

 ここに来る道中、道に迷わない様に目印を付けておいたのだ。それを逆に辿れば最後に寄った集落に着く。

 後はそこで回復するまで大人しくしていればいい。

 それだけ言うと、ゲッシュは立ち上がり洞から出て行こうとする。

「ま、待て。何処に行く?」

 慌ててクノックが訊く。

 さっきの言葉は、自分達をここに置き去りにする気のようではないか。

「フォルド皇子の後を追う」

 何を分り切った事をと、面倒臭そうにゲッシュが答える。

 それにクノックは血相を変えた。

「サウアー様を見捨てて行くのかっ!?」

「見捨てる?」

 ゲッシュはじろりとソルティアの男を見返した。

 あの時、朱毛(あかげ)の少女が完全に警戒を解いていれば仕掛けられたのだが、それは叶わなかった。

 だが、そのままフォルド皇子の後を追う事も出来たのだ。標的の顔が判った以上、もう不快な思いをしてまでこの三人に付き合う必要はない。

 それを白霧に紛れて皇子達がここから何処に向かうか確認するに留め、わざわざ三人をこの拠点にまで連れて来て、大っ嫌いな王族の治療までしてやったのだ。

 ゲッシュにしてみれば、これ以上ない程の出血大サービスをしたつもりだ。

 元々マクアークから依頼されたのは、フォルド皇子を亡き者にすることだ。子守りなど引き受けた覚えはない。それをこいつは何を寝惚けたことを言っているのか。

「甘ったれるな。主の世話ぐらい、自分達でやれ!」

 冷然と突き放し、絶句するクノック達に背を向けてゲッシュは洞の縁から飛び降りた。

 




 セクルスの森に(まつ)わる熱い霧の噂の真相
 付近の集落での噂——セクルスの森の奥深くに、熱い霧の中で甲高い奇声を発して姿を見せずに人を襲う、正体不明の獣がいる——の調査に来た力の宝石(いし)の担い手の四人が、その真相を突き止めて更に霧の奥に進むと、開けた場所にぽつねんと一本のセクルスの樹が立っていた。
 そして、その洞から湯気を立てた湯が流れ落ちる奇怪な光景を()の当たりにし、四人が樹の中がどうなっているのか切り倒して見た処、幹の中央の根本から程よい湯加減の湯がこんこんと湧き出ているのを発見したのだ。
 危険はないとみて、汗を掻いていた四人は早速幹の中に溜まった湯の中にどっぷりと浸かって、今までの疲れを癒したのだった。

 —天然の温泉に浸かっての四人の会話—
「はぁ~、いい気持だなぁ~」
「ホント、まさか噂の熱い霧の中に、こんなモノがあるとはなあ」
「正に百聞は一見に如かずだね」
「ああ。セクルスの洞から湯が流れ出ているのには、流石に驚いたが」
「セクルスの樹の中に湯が湧き出てるなんて、普通誰も思わないもんな」
「でも、樹を切り倒しても良かったのか?」
「元々幹の中に湯が湧いた時点で弱っていたからね。今切り倒さなくても、いずれ朽ちて倒れる運命だったと思うよ」
「判った時点で切り倒しておけば、被害は少なくて済む」
「まぁ、確かに」
「それに、こうして湯に浸かる事が出来たしね」
「お前、ホントに呑気だな」
「けど、結局熱い霧の中に、鋭い奇声を発して人を襲う獣なんていなかったわけだし」
「ああ、熱湯が突如地面から噴き出るなんて、普通誰も思わないからな」
「見せて貰った怪我も、今考えれば火傷のようなというより、火傷そのものだったしね」
「それに、中にこんないい場所が出来たんだ。皆が知ったらきっと喜ぶよ」
「いや、この事は誰にも言わないでおこう」
「え? どうして?」
「問題はここに無事辿り着けるかなんだよ。地面のあちこちから噴き出る高熱の水蒸気は、普通の人には危険でしかないからね」
「そうだな、我々は力の宝石(アルサール)の加護のお陰で、無事にここまで辿り着けたが」
「じゃあ、集落の者達にはなんて言うんだ?」
「有りのまま言えばいいよ。熱い霧は高熱の水蒸気が地面から噴き出して出来たもので、その中には地中から熱湯が噴き出す所もあって危険だから近づかないようにと」
「——折角、こんないい場所が出来たのに……」
「だが、人が来る度にアルサールの力を使う訳にもいかん」
「そうだね。だから何時かアルサールの力を使わなくても、安全に人が来れるようになるまで、ここは私達の秘密の場所として、これからも使わせてもらおう」
「そりゃいいな。たっぷりとした湯に浸かるって贅沢、草原じゃあ出来ないからなぁ」
「俺の所だって、こういう贅沢できないよ」
「ふむ、山岳地帯にもこのような場所があれば……」
「お前等、くつろぎ過ぎだ。まだあの男との決着が付いてないというのに」
「「「うっ……」」」

 こうしてセクルスの湯の存在は、力の宝石(いし)の担い手達によって秘匿される事となった。もっともアーサスが平和になった後四人は国を興したりと忙しく、再びこの地を踏む事はなかった。
 四人の死後数百年たった後、アルティアのレンジャーが地上からではなく、セクルスの枝伝いに熱い霧の中を調べて再発見される。以降レンジャーの仲間内だけで利用される事になる。
 地上からのルートは、その場所の安全を確認する為に、レンジャー達が体を張って確かめた時見付かった。
 ちなみに、祖王達もこのルートの存在は知っていたが、女子供など人々の安全を第一に考える彼等のお眼鏡に(かな)わなかったので却下された。
 レンジャー達も集落から遠い事もあり、そこだけでなく道中の危険性も考えて敢えて家族を連れて来る事はなかった。


 お久しぶりです。
 地震にダブル台風と、何だか大変な事になっています。
 自然の驚異だけは、人の力ではどうにもなりませんね。
 引きこもり体質の自分は、ただじっと脅威が去るのを待つだけです。
 でもその前に水に食料確保しなければ。
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