アーサス   作:飛鳥 螢

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Ⅴ—エイル(6)—

 エイルは腕を掴まれると同時に、片足で一方の騎士の両足を勢いよく薙ぎ払い、自由になった手でもう一方の騎士の腕を捻って地に叩き伏せたのだ。

 流れるような一瞬の早業である。

 受け身も取れずにしたたか地面に叩き付けられ、二人は背中を押さえて呻いている。

 それを見ても、レグナントは自分の目が信じられなかった。

 これをやったのが、目の前のまるで武芸など縁がなさそうな優男なのだ。

「貴様、何故このような事がっ」

「私は武器は扱えませんが、多少護身術の心得があるのですよ」

 軽く肩を竦め、にっこりとエイルは微笑(わら)った。

 昔ソルティアの辺境を旅していた頃、何度言葉で言っても分ってくれない勾引(かどわかし)の体に、この体術でよく言い聞かせて手を引かせていたものだ。

「ですから、怪我をしない内に帰られた方が身の為だと思いますよ」

「ふざけた事をっ」

 レグナントは()えた。

 同じ皇子を(いただ)く者同士、出来るだけ傷つけないように手加減してやっているというのに、人畜無害を装ってこのような手の内を隠していたとは。とんだ食わせ者だ。

「抵抗するなら、容赦はせぬぞ」

 地に転がる二人を叩き起こし、腰に佩いた剣を抜く。

 無論動きを封じる為の脅しに使うだけで斬る気はないが、場合によってはそれもやむを得ないだろう。抵抗する方が悪いのだ。

 痛みに顔を歪めながら立ち上がった二人も、エイルに怒りに燃える目を向けて剣を構える。

 優男に簡単にあしらわれたのを、屈辱に感じているのだろう。エイルが抵抗したら、本気で斬り掛かってきそうだ。

「仕方ありませんね……」

 諦めたようにエイルはハァッと大きく息をついた。

 つと、前に出る。

 右の騎士の真ん前に。

 エイルにいきなり目の前に立たれ、騎士は狼狽(うろた)えた。

 何をするのかと身構えようとする騎士に、エイルはすっと手を上げるや否や、素早く手刀で騎士の手から剣を叩き落とす。

 次いで唖然とする騎士の腕を掴んで動きを封じると、彼の腹部に鋭く膝蹴りを叩き込んだ。

「ぐふっ」

 たまらず、騎士は体をくの字に折り曲げた。

 その横っ面に、エイルは体を捻って容赦なく裏拳を叩き込む。

 吹っ飛んだ騎士が、斜め横にいた同僚を巻き込んで地に転がった。

「くっ」

 意識のない同僚の体を押し退け、無傷の騎士が慌てて立ち上がる。

 そこに、エイルがいた。

 ぎょっとして、剣を構え直そうとするが遅かった。

 剣を持つ腕を掴まえられ、両足を払われる。

 体が宙を浮き、仰向けに地に落ちた。

 腕を掴んだままのエイルは、それに引きずられるように騎士の体の上に倒れ込む。 

 全体重を乗せた肘鉄を、深々と騎士の鳩尾(みぞおち)に喰らわせながら。

「がっ」

 短い喘鳴を上げ、騎士は白目を剥いて動かなくなった。

 その間、レグナントは剣を構えたまま愕然として動けなかった。

 いや、何とか斬り込もうとしたのだが、演舞のようなエイルの流れるような無駄のない動きに、斬り込む隙を見い出せずにいたのだ。

 瞬く間に二人の騎士を叩きのめしたエイルは、立ち上がってゆっくりと最後の一人に向き直った。

 気遣わしそうに、表情(かお)を強張らせるレグナントを見る。

「やはり今日はもう、お戻りになられた方がよろしいのでは?」

 倒れた二人を一人で運ぶのは大変だろう。

 親切心でエイルは言ったのだが、レグナントはそれを侮辱と受け止めた。

「ほざけっ。そのようなまやかし物の技に恐れ入るとでも思ったかっ」

 かっと両目を見開き、レグナントは猛然と斬り掛かった。

 すっと横に体を引き、エイルがそれを躱す。

 すかさずレグナントは、体を返そうとした。

 それより早く、エイルは体を捻って踏み込み、レグナントの背中に痛烈な肘鉄の一撃を喰らわせる。

「ぐおっ」

 全身を()()らせたレグナントは、たたらを踏んでよろけた。

 背中に激痛が走り、まともに息が出来ない。

 それでも意地を見せて体を返し、剣を構えようとする。

 そこへ、畳みかけるようにエイルはぐっと沈めた身を伸び上がらせる勢いを乗せ、容赦のない鋭い蹴りをレグナントの腹部にみまった。

「っ!」

 レグナントの体が吹っ飛び、そのまま後ろにあった樹に激突する。

 ざわりと樹が大揺れに揺れ、葉が舞い落ちる。

 ずるずると樹の下にずり落ちたレグナントは、もはやピクリとも動かなかった。

 チラリと少し離れた所にある太い幹の樹を見やり、エイルは地に伏した三人を見下ろした。

「王宮には勾引(かどわかし)などいないので、久しく使っていませんでしたから、どうも加減が上手くできなくて」

 息一つ乱していないエイルは、優雅な手つきで少し乱れた前髪を掻き分けて(ひと)()ちる。

「自分達が断然有利と思い込んでいる相手ほど、隙だらけで付け込み易いんですよ」

 レグナント達は既に意識はなかった。それなのにエイルは誰にともなく優しく教え諭すように言葉を継ぐ。

「人は見掛けで判断してはいけないという、いい教訓になったと思いますよ。ねぇ、そこの人」

 太い幹の陰からうっと息を呑む人の気配がした。レグナント達に気付かれないようにこっそり後を付けてきたマクアークの手の者だ。

 彼等を使い、エイルが抵抗した場合、アルビナのような不可思議な力を使うかどうか見ていたのだ。レグナント達が失敗しても、それを理由にエイルを拘束する為の証人として。どちらに転んでも損はないという事だ。

 だが、エイルにバレてしまった。

「ひいっ」

 隠れて見ていた男は、後も振り返らずに一目散に逃げて行った。

 ぱさっと羽ばたく羽音を残し、ルークが薬草園の門の上から飛び立って行く。

 それを見送り、エイルは何事も無かったかのように三人に背を向けた。

 早く残りの薬草を摘んで戻らなければ、ヴェルズ師にまた叱られる。最近何かにつけて小言を言われているエイルは、自分の仕事の一部を肩代わりしてもらっている手前、これ以上彼の怒りを買いたくなかった。

 暫く黙々と木紙に書かれた薬草を摘み、全てを集め終えたエイルは、薬草で一杯になった採取籠の紐を肩に掛けて薬草園を出た。

「うぅ………」

 雑木林の入り口手前で、伸びていた筈のレグナントの口から呻き声が漏れていた。

 当分目は覚まさないだろうと思っていたのだが、意外と彼は体が頑強に出来ていたらしい。痛みで目を覚ましたようだが、まだ動けるような状態ではなさそうだ。

「気が付きましたか?」

 穏やかにエイルは声を掛ける。

「うっ……貴…様……」

 喘ぎながらも、レグナントは淡い金髪(ペールブロンド)の薬師を()め付けた。

 それをエイルは平然と受け流す。

「一応私は薬師ですが、自分を襲った相手を治療するほど酔狂にはなれませんし、貴方がたも嫌でしょう?」

 そう言って、エイルは柔らかな笑みを浮かべる。

「ここは王宮の外れなので、そうそう誰かが通りかかるという事はありませんが、一日一回は薬草園を世話する者が来ますので、その者に助けを求められるとよろしいでしょう」

 無情な事をにこやかに告げ、ふと思い出したように言葉を継ぐ。

「ああ、そうです。先程の話ですが、やっぱり後日であっても貴方がたのお招きはご遠慮させていただきます。色々とやらねばならない事が多すぎて、本当に時間がないものですから」

 すまなそうにそれだけ言うと、今度こそエイルはレグナントを放ってその場を後にした。

「お…のれ……」

 去って行く淡い金髪(ペールブロンド)の薬師の後ろ姿に憎悪の籠った目を向け、レグナントはまだ力の入らない拳を握りしめた。

 

          § § §

 

 締め切った窓を開け放つと、梢を渡って吹き込んで来た風が、清涼な空気で室内の熱気を(さら)っていく。

 ほっと一息つくと、エイルは着ていた薄手のローブを脱いで椅子の背に掛けた。

 ローブの下から現れた半袖の白い夏服のエイルの体つきは、室内に籠って調合や研究に没頭する薬師とは思えなかった。薄着の上からでも判る均整の取れたすっきりと引き締まった体躯には、無駄なく筋肉が付いている。

 そのしなやかな躍動感溢れる肉体を見れば、誰も武芸とは縁のない優男とは思わないだろう。

 大体エイルは幼少期エルティアで過ごしてきているのだ。当然()の国のお家芸である体術も、養い親であるエラドラにみっちりと叩き込まれている。それに王宮に来てからも鍛錬を欠かしたことは無かった。

 自分のこの容貌と常に体の線を隠すローブを身に付ける事で、エイルはずっと非力な優男を装い周囲の目を欺いていたのである。色々と秘密を抱え込んでいるエイルとしては、これ以上目立つことはできるだけ避けたかったのだ。

 今回レグナント達にバレてしまったが、おそらくそれ以外の者達に知られることはないだろう。騎士の癖に一介の薬師に手も足も出ずに叩きのめされたなどと、彼等は口が裂けても言えないだろうし、盗み見ていた者も誰かに言った処で、レグナント達が認めなければ信じては貰えない。

 部屋の窓を開けた事で、その音を聞きつけたピクト達が窓際の木の枝に集まって来た。調合室の外にいたのとは別のピクト達である。

 枝に留まった順に、一羽ずつ部屋の中にある止まり木に飛び移っては熱心に(さえず)る。

 そして、それが終わると枝に戻り、入れ違いに次の一羽が止まり木に飛び乗っては囀った。

 今日外で見た事を話しているのだろう。特に用を頼まなくても、ピクト達はこうして一日一回ここに来ては、エイルに世間話のように様々な事を喋るのだ。美味しい餌を貰う為に。

 エイルの方も、王宮での行動範囲が狭い自分では知り得ない情報が得られるので、それがどんな内容であっても、彼等を(いた)わってご褒美に好物の木の実をやっていた。

 一通り囀り終えて餌を貰うと、ピクト達は満足したように飛び去って行く。

 それを見送って開け放したまま窓から離れると、エイルは書き散らかした木紙が山積みとなったテーブルの椅子に座った。

 それらをまとめ、ある程度の考察はできているが、それについて確証はないし、まだ解らない事が多すぎる。

 その鍵を握るのは、やはりあの〈白き者(アルビナ)〉の女だろう。

 エラドラの記憶の中でも、彼女はとても気になる事を幾つも喋っていた。

 ——彼女が来てくれれば、色々と聞けて助かるのに……

 などと、かなり物騒な事をエイルが考えていると、窓の方からバサリと羽音が飛び込んで来た。

 すいっと金茶色の影が部屋の中をくるりと周り、窓際にある止まり木に留まった。

 ルークである。

 ハァっと疲れたような息をつき、エイルは頭が痛そうに額を押さえる。

 いきなり部屋に飛び込んで来ないように口を酸っぱくして言っているのに、全然直す気がない。

『ルーク』

 半眼を止まり木に留まる金茶色の鳥に向け、エイルは心の声で呼んだ。

 心話が基本の動物との会話に、本当は声を出す必要は無かった。ただ、幼い頃から無意識に動物と心話をしていたエイルは、普段心話でもつい人と話すように声を出して喋っていた。

 それなのに敢えて声に出さず、冷え冷えとした心の声で直接呼び掛けられ、押し殺したエイルの紛れもない本気を感じ取ったルークは、慌てふためいて弁明した。

『急いでたんだよっ、早く知らせた方がいいと思って。ホント、嘘じゃないからなっ』

 焦った声で囀ると共に心話でも喚き散らす。

 その必死さに、エイルは一先ず小言は後回しにした。

「それで、()は何処に向かったんだい?」

 あの時逃げて行った男の行方を尋ねる。

 ルークはその後を追って行ったのだ。

『お前が要注意人物って言ってたオスの一人のトコだよ』

 エイルは脇机の引き出しから羊皮紙を取り出してピクトに見せた。

 ルークはそこに描かれた一人の似顔絵の顔を(つつ)く。

 顎鬚のある目付きの悪い男——マクアークである。

『こいつがその男を怒ってたな。「よく……みて……たの…か」とか?』

 小首を傾げ、ルークは聞いたのと似た音を並べてみた。

 鳥の中でも賢いと言われるピクトは、人語を解すると言われている。だが、それは人語というより、人間の声音(こわね)と表情などを見て判断しているにすぎない。

 ただ、エイルに付き合っているピクト達は彼が喋りながら心話をするので、他の者達よりは人語を理解していた。とはいえ、人間の言葉を自分達の言葉で再現するのは難しい。

『他には?』

『ええっと、「きし…のく…せ……だ…ら…ない」だったかな?』

 ——良く見ていたのか。騎士の癖にだらしない。か……

 ルークが聞いたという言葉を補完し、エイルは顎に手を添えて考え込んだ。

 どうやら真相を知りたがっていたレグナント達は、マクアークに焚き付けられ、都合よく使われたらしい。

 だとしても、何を良く見るように言われていたのか。そこが気になる。

『あっと、そうだ』

 思い出したように、ルークが声を上げる。

 思考を中断し、エイルはルークに意識を向けた。

「他に何かあるのかい?」

『見たんだよ、ここに来る途中。西の城の一番偉い奴が中に入って行くの』

 ルークは一度エイルの伝言(ことづて)を届けた事があるので、覚えていたのだ。

「グレント様が?」

 ネールの出城からわざわざ王宮まで来るとは、一体何があったのだろう。

 自分の知らない処で、色々と事態は動いているようだった。

『ああっと、その前に木の実は?』

 また思考の淵に入り込もうとしたエイルをルークは慌てて呼び止め、褒美を要求する。

 途端にエイルは据わった目で、止まり木に留まるピクトを見た。

「ルーク、この間言った筈だよ。今度部屋に飛び込んで来たら、たとえ褒美でも木の実は一切やらないと」

『ええっ!? だってオレ、頑張っただろ!』

「それとこれとは別だよ」

 悲鳴を上げて訴えるルークを、ぴしゃりとエイルは突っ撥ねた。

「頑張っているのは皆も同じだよ。でも皆君みたいな真似は一度もしたこと無いんだからね」

 それができない以上、皆と同じに褒美をやる訳にはいかない。貰えないのは自業自得である。

「大体君は——」

『えぇっと、オレちょっと用事が——』

 木の実が貰えないと判った以上長居は無用だ。このままエイルが説教モードに突入する前に逃げなければ。

 だが、そんな考えなど、エイルにはお見通しだった。

 ルークが羽ばたこうとした途端、素早く彼の体を両手で優しく包み込むようにガシッと掴んだ。

「まだ、話の途中だよ」

 にっこりと微笑む。

 ピピィッと怯えた声がピクトの橙色の(くちばし)から漏れ出た。

 そんなものはお構いなしに、片手で抱え込むようにしっかりと金茶色の体を持つと、エイルはパタリと窓を閉める。

 そして、ルークを止まり木に戻すと、本格的に説教が始まった。

 約一時間後、こってり絞られてよれよれになった一羽のピクトが、開いた窓からフラフラと飛び立って行ったのだった。

 




 お久しぶりです。
 めっちゃ暑いです。
 暑すぎてだるくって、何もする気が起きません。
 出来るなら、涼しくなるまでクーラーの効いた部屋に籠っていたい……
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