軽く息を吐いてグレントが口を閉ざすと、今度はセイレムが問いを口にする。
「ところで、あれから其方の息子から連絡はないのか?」
「は、はい……」
またも唐突に話題が変わった事に、マクアークは笑みの中に更なる警戒の色を滲ませて応える。
「そうか。あれからずっと其方の息子から連絡があったという場所を捜索させているが、サウアー様は未だに発見ならずという報告しか上がってこんのだが……」
言いながら、セイレムのサウアーの侍従長を見る目がすっと細められる。
「其方は一度もこちらに捜索の進捗状況を確認しに来ないでいる。幼き頃より仕えた
確かに大事な主の行方が知れずにいたなら、居ても立ってもいられないのが普通だ。それなのにルゴスの許に付いた後、マクアークはそんな素振りを見せる事は無かった。
「それはもう、夜も眠れぬほどに心配しておりますとも」
サウアー達の後を追えないように騎士達に見当違いの場所を教えた後、皇子の醜聞の拡散やエイル捕縛の対応に追われ、そっちの方まで気を回している暇がなかったのだ。
不審の目を向けられ、内心で
「ですが供に付けている息子達を信頼しておりますので、サウアー様の身は何があっても無事であると信じております」
「ふむ、では従者である其方の息子達が、サウアー様の傍を離れる事など有り得ないというのだな」
「勿論でございます。息子達には喩えどのような状況に陥ろうとも、決してサウアー様から離れる事のないよう常々言い聞かせて有りますので」
自信を持ってマクアークが断言する。
それを聞いて、セイレムは口の端を微かに吊り上げ、傍らに黙して座るグレントと頷き合う。
「では、南の地域でのサウアー様の捜索は打ち切り、今後は西と東の地域を中心に騎士達を増員して行うとしよう」
「は?」
マクアークは呆気に取られた。
何故今の話でそのように捜索の地域が変わるのか。全く理解できない。
「お、お待ちください。そのような所を捜してもサウアー様は——」
「ああ、こちらも言い忘れていたが、さっき言った二人の不審人物の残り一人の素性だが」
と、先程のマクアークの真似ではないが、グレントはそう言って途中で口を挟む。
「ソルティアの者で、お前の良く知っている者だ。サウアー様の従者の一人——お前の息子のクノックだ」
「なっ!?」
「国境近くの町に自分を知る者などいないと高を括っていたようだが、今回の春の出城巡りの打ち合わせで、連絡役として度々王宮に足を運んでいた部下が見ているのだ。その者が王宮内でサウアー様の後を付いて回っていた姿をな」
絵心のある者に正確な似顔絵を描かせ、セイレムを始め複数の宮廷の者達に確認してもらったので間違いない。
絶句するサウアーの侍従長に、グレントは既に裏付けは取ってあると駄目押しする。
「先程あのアルティアの男の居場所は判らぬと言っていたが、どうやらお前の息子と行動を共にしているようだ」
「………」
あの時ゲッシュを小屋に残すと、何時サウアーが彼に斬り掛かるか分かったものではなかった。その上弟が何の役にも立たないとなれば、クノックが連れて出るしかなかったのだ。
それに加え、彼はダルの森での事件の事は知っていても、その所為で未だにアルティアとの公路が封鎖されているのを知らなかったのである。
そんな事は知らないマクアークは、心の中で愚かな息子に罵詈雑言を浴びせた。
「先程其方は従者である息子が、サウアー様の傍を離れる事は決してないと言っていたな」
「………」
念を押すセイレムにマクアークは沈黙で応えた。
まんまと言質を取られてしまった。これ以上下手に言い繕えばそこからまたボロが出てしまう危険がある。
表情を消して黙するサウアーの侍従長に構わず、セイレムは話を続ける。
「となると、当然サウアー様もそこにおられたという事だ。おそらく皇子を追って行かれたのだろうな」
そこでセイレムは言葉を切った。それ以上言わなくても察せられるだろうと。
それに対する応えは、マクアークから発せられる事は無かった。先程までの饒舌が嘘の様に無言を貫く。
近衛の長と出城の騎士団長はチラリと視線を交わすと、仕方なさそうにセイレムが今までの話し合いでの決定事項を口にした。
「今話した皇子の出城巡りに関する件を解明する為にも、重要参考人であるそのアルティアの男及びサウアー様の身柄を速やかに確保する必要がある。
今後は西と東の地域に騎士を増員して捜索に当たらせると共に、其方にも騎士を付ける事にする。もし息子から連絡が入った場合、直ちにその情報をその騎士に渡すように」
黙したままのマクアークに一方的にそう言い付け、もう行っていいぞと退出を命じる。
それに応じるように外から扉が騎士の手によって開かれた。
マクアークは無言のまま立ち上がって二人に一礼すると、そのまま部屋を出て行く。
そして部屋から十分離れた所で悔しげにギリギリと奥歯を軋らせた。
ソーレスに選ばれはしなかったが、流石に二人とも次代の王候補生としてルゴス様と肩を並べた者達だ。舌先三寸で手玉に取る処か言質を取られ、あっさりと追い込まれてしまった。挙げ句にサウアー様の動向まで気付かれてしまうとは。
だが、相手はまだ決定的な証拠は何一つ握ってはいない。それだけが唯一の救いだ。
そうマクアークは自分に言い聞かせ、これからどうするべきかを考えて廊下の角を曲がった。
一方部屋に残った二人は、サウアーの侍従長が出て行くと同時に疲れたように溜息をついていた。
「どうにも喰えん男だ」
やはりルゴスが手元に置いておくだけの事はある。
まず情報を小出しにし、マクアークの焦りと油断を誘って揺さぶりを掛けた。そして、取り繕って喋る奴を誘導して言質を取り、あと一歩という処まで負い詰めたのに、形勢が不利と悟った瞬間、マクアークは
あれ以上いくら問い詰めた処で奴の口を割らせるのは無理だろう。折角の機会を活かせず、セイレムが落胆するのも無理はない。
「だが、全く収穫がなかった訳ではない」
苦々しく呟く近衛の長に、グレントが慰めの言葉を掛ける。
マクアークの態度からあのアルティアの男とサウアー様が、この件に深く関与しているのは間違いないだろう。後は重要参考人として二人の身柄を確保すれば、今度こそ全てが明らかになる。
この件に付いて一応の決着が付き、グレントは肩の荷を下ろした。
セイレムもそれに同意して
「ああ、それでだ。グレント、お前に一つ頼みがある」
「なんだ?」
今回王宮に来てから色々便宜を図って貰っている。頼みの一つや二つ聞いてもいいのだが、セイレムに改まって言われると嫌な予感しかしない。
応えながらも思わず身構えるグレントの肩を叩き、セイレムはにこやかに言った。
「お前、もう暫く
「は?」
「これから東西に騎士を割り振って捜索に当たらせねばならんし、マクアークの監視もある。圧倒的に手が足りんのだ」
「待て、西なら俺の管轄だ。それに東にはアルゼスがいる。何もわざわざ王宮から騎士を派遣する必要はないだろう」
フェデルの出城の騎士団長の名を上げ、グレントは近衛の長の頼みを全力で断る。これ以上何時鉢合わせするか分からないルゴスのいる王宮に居たくないと。
そう言うだろうと分っていたセイレムは苦笑し、くいっと顎で窓の外を示した。
「残念だが、既に騎士達は手配済みだ」
さっき口にした今後の方針はマクアークに告げると同時に、窓の外に配した部下への命令でもあったのだ。
今頃彼はセイレムの代わりにそれらを配下の騎士達に伝達し、準備が出来た者から王宮を出発している筈だ。
「………」
何時も鷹揚に構えているクセに、こういう処だけ手早く抜かりない。
苦々しく自分を睨み付けるグレントに、セイレムは得意気な表情を見せたが、すぐに真顔になり声を低くして言葉を継いだ。
「実は、王が命を狙われた」
「っ!?」
ぼそりと言われた言葉に、グレントは目を見開いた。
「継承の選儀」後フォルドが何者かに命を狙われたのは王宮内では周知の事実だ。
ソーレスは「継承の選儀」後、最初の
そこで初めてその者は
過去にそれを不服とする者達が、その者をソーレスの加護を受ける前に亡き者にしようとした事が幾度も起こり、内乱にまで発展した事もあったが、大概失敗に終わっていた。
何時の時代にも祖王の遺志を継ぎ、ソーレスは自身が選んだ担い手と共にあったのだ。
それなのに、フォルドが「皇子」と呼ばれるようになった後も命を狙われるのは珍しかったが、まだ王として即位してないので納得できない事も無い。もっともただの悪足掻きでしかないが。
だからこそソーレスの担い手を降りて何年も経っている王が、今になって命を狙われる理由が分からない。
「誰が、何の為に?」
「分からん」
セイレムは気難しい顔をして
「いきなり王の前に妖艶な美女が現れ、命を貰い受けると言ったらしい」
と、それに付いて説明をする。
自分が席を外している時に、人ならざる力を使うアルビナと云われる者が王の命を狙って王宮に現れたが、その時居合わせたエイルの機転によって退けられた。
そして先日、自分の邪魔をした者を先に
その証拠としてリヤルドに、エイルから預かったというそのアルビナの女が着ていたローブと、それに張り付いていた一本の絹のような長い銀髪を見せられた。それを見て王は、確かに以前見た襲撃者のものと同じだと証言している。
「当分王の身は安全だという事だが、いずれまた
エイルはそのアルビナの女は剣の間合いに入らずに力が振るえると言っていた。その対策として貰った道具も投擲用の物だった。
そして危険だからと、王を護ることを最優先にして、その者を追い払うだけで手出しはしないようにと念押しもされた。
だが、セイレムとしては次来た時は追い払うのではなく、その場で息の根を止めたいと考えているのだ。何時までも命を狙われ続けるのは、癒えぬ病で心身が弱っている王の負担が大きすぎる。
それで近寄らずにその女を仕留める為に、弓の名手であるグレントの力が必要だった。
だが王が命を狙われている事は公には出来ない。それを伏せてルゴスの居る王宮に近づきたがらない彼を、どうやって呼び出そうと悩んでいたセイレムにとって、自らグレントがやって来てくれたのは正にソルブレイ神の思し召しだった。
「王宮に居る間はルゴスと会わないように配慮する。頼む、王の為に力を貸してくれ」
「………」
頼まれなくとも王の大事となれば是非もない。自分の事など二の次だ。
最初からそう言えばいいものを、と無言で非難の目を向けると、真顔で自分の返答を待つセイレムの口の端が微かに吊り上がって見えた。
今は王の身が安全だから余裕があるのだろうが——
——こいつ、絶対俺の反応見て面白がってるな……
心底嫌そうに思いっ切り顔を
お久しぶりです。
まだ晩秋だと思っていたのに、やたらと寒い。
北海道では既に雪が降っているし……
暑さに弱いけど、寒さも苦手です。