アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅲ ールゴスの思惑(1)ー

「相変わらず、喰えん男よの」

 執務室に戻り、重厚な造りの机の前の椅子にどかりと腰を下ろし、ルゴスは鼻を鳴らして独り言ちた。

 いかにもしおらしく自分の失態を深く詫びているように見せかけ、その実しっかりとこちらを牽制してきおった。

 先ほどの事を苦々しく思っていると、続き部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「入れ」

「失礼致します。ルゴス様」

 扉が開き、一人の男が入ってきた。

 五十代後半のいかにも中年太りという体格をした男だ。頭髪と顎髭はくすんだ金色で、所々に白髪が混じっている。一見人が良さそうな顔つきだが、目つきがどことなく悪く、全体として善人を装っている悪徳商人という印象だ。この男がフォルド達の庭園での(いさか)いの折、エイルにダシに使われたサウアーの侍従長のマクアークであった。

「お早かったですな。フォルド様にはお会いになられたので?」

「気分が優れぬとかで、会わせてもらえんだわ」

 憮然とルゴスは言い放った。

「それでしたら」と、得たりとばかり、マクアークは大きく頷いた。

「愚息達が先ほど、南棟前の庭園でフォルド様にお会いしたとかで、一人隣室に待たせてございます。その時の様子など、ルゴス様自らお聞きになっては如何でございましょう」

「サウアーがフォルドに会ったというのか?」

「はい、城内の見回りの折にとの事でございます」

「成程……」

 何故あの宮廷薬師が普通なら隠そうとする自分の失態を、敢えて口にしたのか不思議に思っていたが、こういう(うら)があったとは。

 ——彼奴(あやつ)め、やはり喰えぬ男よ。

「よし、通せ」

 ルゴスの野太い声に反応するように、開いた扉から二十代の男が畏まって入ってきた。

 南棟前の庭園でサウアーの金魚のフンの如く付き従っていた二人組の片割れ、中肉中背の若者の方だった。

 父親と同じくくすんだブロンドに、やや垂れ気味の目をしていて、凡庸を絵に描いた様な男だが、アッシュブルーの瞳だけは鋭く抜け目なく、思わず本性を隠したずる賢そうな狸を連想させる。

「クノック、ルゴス様に庭園でのフォルド様のご様子を詳しく申せ」

「はっ」

 一礼して、マクアークの息子は庭園での事を、宰相と父親につぶさに話して聞かせた。

「——では、フォルドは幾分痩せ細ってはいたが、至って元気だったと言うのだな?」

「はい、口調なども淀みなく、受け応えもはっきりしていらっしゃいました」

「しかし、どうも解せぬな」 

 ルゴスは片手で軽く顎髭を撫でた。

「あのフォルドが、サウアーを怒らせる様な暴言を吐いたなどと」

 目覚めたばかりで記憶が混乱していたとしても、あの甥の性格からして、とてもにわかには信じられない事である。

「わたくしも一瞬耳を疑った程ですが、紛れもない事実でございます。サウアー様もいたくご立腹なされ、未だに心静まらぬご様子で……」

 そこでクノックは目を伏せて小さく嘆息した。

 あの後、エイルの言葉を信じて方々捜してやっとマクアークを見つけたと思ったら、サウアーの侍従長は特に用はないという。エイルに(たばか)れたと知るや否や、サウアーは烈火の如く怒り狂い、剣を抜いてあの薬師の処へ殴り込みに行こうとしたのだ。

 それを侍従長親子は三人掛かりで(なだ)めすかし、何とか自身の部屋に押し込んだのだが、落ち着くまでに普段の倍以上は軽く掛かっただろう。それまでに部屋の中はサウアーの八つ当たりをもろに受けた結果、さながら竜巻が通過したが如く破壊の限りが尽くされていた。

 今頃弟のアガス——金魚のフンの片割れの小肥りの男——が一人で後片付けをしている。ヒステリーの後始末など、何処でどんな噂を立てるか判らない者達には頼めないからだ。が、あの愚鈍な弟ではきっと殆ど片付いてはいないだろう。結局自分が全部やらなければならないのだろうと思うと、自然と気が重くなって溜息の一つや二つ出てしまう。

「よく判った。これからもサウアーの事、よろしく頼むぞ」

 クノックの気苦労を察してか、珍しく(いたわ)りの言葉を掛けると、ルゴスは息子の従者を下がらせた。

「あのまま眠っておればよいものを、とうとう目覚めてしまったか」

「如何致しましょう?」

 マクアークはその場に控え、ルゴスの言葉を待った。

「今更止めてどうする? 既に三年前のあの時決めた事だ」

 ルゴスはマクアークを見据えた。

()み上がりでフォルドの体が利かぬ今が絶好の機会、隙を窺い、そして始末しろ」

「かしこまりました。全てご随意のままに」

 底冷えのするルゴスの声に、マクアークは深々と一礼してその場を辞した。

 

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