アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅳ ―狂乱のサウアー―

「ええぃっ、フォルドのヤツめ、何時になったら部屋から出て来るんだっ」

 腹立ち紛れにサウアーは、雪花石膏(アラバスター)の大花瓶を乗せてある灰緑色の大理石の台座を思いっ切り蹴った。

 が、その直ぐ後で無言で足を押さえたサウアーの目頭にじんわりと涙が滲む。

 壁際に控えていたクノックとアガスは、思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。

「一時高熱を出されて、かなり危ない状態だったと聞いておりますから、回復も遅いのではないかと」

「南棟前の庭園で会った時、奴はぴんぴんしていたぞっ」

 頬を引くつかせながら応えたクノックをじろりと睨み、サウアーは喚き立てた。

 フォルド様が熱を出されたのはその後なのだがと思ったが、クノックは口にはしなかった。余計なことを言って、家具の代わりに鬱憤(うっぷん)のはけ口にされてはたまらない。

「それが高熱だとっ!? 仮病に決まってる。人の同情を引きたいが為のな。あいつはそういう奴だ。〈陽の剣(ソーレス)〉に選ばれ、『皇子』などと呼ばれるようになっていい気になってるんだよっ!」

 一言吐き捨てるたびに、サウアーは血走った視線を室内に走らせ、次なる八つ当たりの犠牲者を物色した。そして、最後の言葉と共に、繊細な造りの棚を蹴飛ばした。

 華奢な脚が折れ、棚が大理石の床にひっくり返る。棚に置いてあった赤斑碧玉の燭台や縞瑪瑙の小箱などの様々な調度品が、盛大な音と共に床の上に散らばった。

 それで気が収まるどころか、サウアーは毒づくうちに一ヶ月前のあの屈辱が鮮明に思い出され、新たな怒りが沸き起こってくる。

「あいつめ、年上なら年上らしくしろだとっ」

 緑の色が美しい孔雀石を上板に張り付けたマホガニーの円形テーブルに乗っている、白水晶の水差しを握り締める。

「急に態度がでかくなりやがって、フォルドの奴め、そういう自分はどうなんだよっ」

 手にした水差しを思いっ切り壁に投げつける。

 びくっと、従者の兄弟は肩を(すく)めた。

 鋭い音と共に水差しが砕け、破片が辺りに散らばる。

「年下ならば、年下らしく俺を敬ったらどうなんだっ」

 サウアーは更にグラスを次々と投げ付け、最後にテーブルをもひっくり返した。

「何事ですか、サウアー。いい年をして、子供のように物に当たるなどとっ」

 キンキンとしたレイミアの声が、サウアーの部屋一杯に響いた。

 床に散らばる調度品やグラスの破片に顔をしかめながら、レイミアが娘と共に部屋に入って来る。その後にいた幾人かの取り巻きの夫人や女官は部屋には入らず、廊下に留まって中の様子を窺っていた。

 レイミア達は、宮廷前庭にようやく咲いたというエリシアの花を観賞しに出かける途中で、たまたまこの近くを通りかかってこの騒ぎの音を聞きつけ、何事かと来てみたのである。

 破片でドレスの裾が裂けないように注意しながら、見下すように実の息子を見た。

「何時までも其方がその様だから、ソーレスに選ばれ損ねたのよ」

「母上、それはあんまりな言いようではありませんかっ」

 実母の言種(いいぐさ)に、サウアーは憤然と抗議した。

 が、レイミアはそれを一言の許に撥ね付けた。

「お黙りっ! 其方が選ばれ損ねた所為で、どれほど(わたくし)が恥をかいたことかっ」

 手にした扇をぎりぎりと握り締めたレイミアの顔から憎悪の(ほのお)が吹き出す。

 自分に逆らう者、裏切る者は何人たりとも許さぬ激しさがそこにはあった。それが息子であれば尚更、期待していただけにその激しさは他の者の比ではない。

 実の母親に余りにも激し過ぎる憎悪を向けられ、サウアーは顔色を失って絶句した。

 その場にいた誰もが息を呑み、表情(かお)を青ざめさせる。

「ま、今さら済んだことを、とやかく言っても仕方ないわね」

 ややしてふっと息を吐き、自ら怒りを静めると、レイミアは冷ややかに息子に釘をさした。

「だからこそ、フォルドに無礼な振る舞いをして、ベルティナの足を引っ張るような真似だけはしないでおくれ」

「そうよ、お兄様」

 すかさず母親のミニチュア版とも言うべきベルティナが、横合いから口を出す。

「余りにも見苦しいわ。もう世継ぎ候補でも何でもないんだから、何時までもわたし(・・・)のフォルド様と張り合おうと思う方がおかしいのよ」

「ベルティナ、貴様実の兄に向かって——」

 兄を馬鹿にしきった妹の言葉に、サウアーはかっとなった。

 それを見て、ベルティナはすかさず母親の後ろに隠れる。

「サウアー」

 冷酷なレイミアの、一片の愛情など感じられないその口調は、既に臣下に対するそれであった。

「ベルティナは未来の王妃。いくら実兄(あに)と言えども、もはや其方とは身分が違うのだから、今後は分を(わきま)えて振る舞うようにしなさい」

 一方的に言いたい事だけ言うと、レイミアは息子などもう顧みず、さっさと出て行ってしまった。

 つんと澄ましてベルティナがその後に続く。

 最後にうなだれるサウアーに、ちらちらと憐れみの目を向けてレイミアの取り巻きの夫人や女官達が去って行った。

 後に残ったのは、サウアーの侍従長の息子が二人、触らぬ神に祟りなしとばかりに、おっかなびっくり自分達の癇癪(かんしゃく)持ちの主人を、十歩ほど離れた所で伺い見ていた。

「…——てやる……」

 不意に、拳を握り締め、怒りにわなわなと全身を震わせていたサウアーが呟いた。

「フォルドの奴め、殺してやる。殺してやる、絶対に殺してやる…」

 母に見捨てられ、妹に蔑まれた宰相の一人息子は、地の底から響くような声で何時までも呪文のように繰り返した。

 クノックとアガスは思わず顔を見合わせ、うそ寒さにぶるりと身を震わせながらそれを聞いていた。

 




 この時サウアー二十歳、ベルティナ十七歳。

 とある苦労人の従者の決して口に出してはいけない心の声。
『うわぁ、レイミア様トドメ刺しちゃったよ。確か「継承の選儀」の前まで同じ事フォルド様に言ってなかったか? 
 それにベルティナ様もちゃっかり追い打ち掛けて。流石そっくり親子。性格の悪さもピカ一だよ。
 フォルド様にも母親同様散々嫌がらせしてきた癖に、今じゃ「わたしのフォルド様」かよ。遠回しにやんわりとだけど、あれだけはっきりフォルド様に拒絶されてんのに気付かないとか。やだねぇ自己中って。
 お願いだからこれ以上サウアー様を刺激しないで下さいよ。なんか物騒な事呟いてるし、後始末するのは全部俺なんだからな』

 ※本編とは関係……あるかな?
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