アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅴ ―(しょう)の思惑―

 そよ風が心地よい川辺に敷き詰められた芝生の上に座り、晶は熱心に分厚い本に目を通していた。この世界の伝説に関する書物だ。

 ——これもダメか……

 はーっと大きな溜息をつき、晶は本を閉じて脇に置くと、ごろりと芝生の上に寝転がった。

 エイルに大量に押し付けられた本を読むと共に、晶は密かに〈生命の丘(ヴィルドヒル)〉の場所を調べていた。

 あの後、漸くベッドから動ける様になった晶は、すぐさまヴィルドヒルへ向かおうとしたのだが、アルフィーネとロドルバンの目が厳しく、一歩もあの部屋から出られなかった。

 理由(わけ)を話して見逃して貰おうにも、皇子と(こころ)が入れ替わっているなんてこと、他人事(ひとごと)だったら自分でも絶対に信じられないだろう。

 ましてや自分が異世界人だなんてどう説明すればいいのか見当もつかない。かといって、別人だと言い張り続けても正気を疑われ、更に監視の目が厳しくなるだけだ。

 それに仮に上手くここから抜け出せたとしても、この世界の事をまるで知らない晶には、どうやって目的のヴィルドヒルに行けばいいのか判らない。自分の肉体(からだ)を取り戻すには、もっとこの世界の事を色々と学ぶ必要があった。

 ——ばあちゃんも『何事も準備は大事だよ。闇雲に突っ込んでいっても、碌な結果になりはしないからね』と、よく言っていたし……

 そう考えると、自分をフォルドだと信じているここの人達を騙すようで心苦しいが、侍女の()や侍従長の爺さんの想い出話を参考にして以前の皇子のように振る舞いながら、この世界やヴィルドヒルの情報を集めた方が良いのかもしれない。

 そう思って今まで大人しく読書(べんきょう)に励んでいたのだが、判った事といえばヴィルドヒルが神話に語られるこの大地(アーサス)の中央でこんこんと湧き上がる〈生命の水(アクアティア)〉を湛えた〈聖なる湖(アクア・ヴィダ)〉の中頃に浮かぶ小島にあるという事だけだ。その存在すらも危ぶまれる神話の中にだけ存在する場所として、何処にあるか詳しい記述も地図もない。

 だが、フォルドは確かに言っていたのだ。元の肉体(からだ)に戻りたければ、今自分がいるヴィルドヒルに来いと。

「——スマホがあればなぁ……」

 一発で判るのにと、八方塞がり状態に晶は弱気になってぼそりと独り言ちた。

「スマホ…ですか?」

 不意に左隣から訝しげな声がした。

 はっとして、晶は思わず息を呑んだ。

 ——そうだった。今は独りじゃなくてアルフィーネが一緒にいたんだ。

 フォルドとしてここに居るなら、前の世界の事は言わない方がいい。そう最初は気を付けていたのだが、もう彼女と一緒にいるのが当たり前になってしまった晶は、この手のうっかりミスを度々やらかしていた。ヤバいと思ったが後の祭りである。

 そぉっと左隣に目を向けると、亜麻色の髪の少女が小首を傾げながら晶を見ていた。

「前にも口にしていらっしゃいましたが、『スマホ』とはどのようなモノなのでしょう?」

 しっかり聞かれていた上に以前口にした事も憶えていたらしい。誤魔化しても無駄だと晶は悟った。

「情報端末の一つ、と言っても判らないか……」

 誰もが当たり前だったモノをどう言ったらいいか、起き上がりながら晶は暫し悩んだ後、大雑把に説明した。

「——たくさんの知識が詰まっている所に繋がっていて、『スマホ』に自分が知りたい事を尋ねると、色々と教えてくれるんだよ」

「『スマホ』とは、とても凄いモノなのですね」

 よく分からないが、アルフィーネは晶の説明を聞いてそう評した。

 不意に何処か遠くない所で、言い争う声が聞こえてきた。

「何の騒ぎだ?」

 傍らに座るアルフィーネに問いかける。

「レイミア様とベルティナ様がいらしたのですわ。多分……」

 それをロドルバンが中に入れまいとしているのだろう。姦しい女の声と元気のよすぎる老人の怒声が、途切れ途切れに交錯して聞こえてくる。

 晶達の居る場所は、晶が前に寝室の窓から見たあの「楽園」だった。それはカムラス王が、病弱なフォルドの亡き母の為に特別に造った花園だった。入り口は王妃の部屋、つまり今のフォルドの部屋の居間にしかなく、皇子の部屋に入らない限り、誰一人この庭園には入って来れないようになっていた。

 それを知った時、晶は目覚めたばかりの頃を思い出し、随分赤面したものだった。

「あぁ、伯母上と従妹殿か……」

 フォルド皇子の、と心の中で晶は付け加えた。

「ええ、そろそろ痺れを切らされたご様子ですね」

 アルフィーネは表情を曇らせ、そっと息をついた。

 皇子が目覚められてからもう一ヶ月以上()つ。あの二方の性格を考えれば、良く辛抱された方だと思う。でも、もう少し静かな一時(ひととき)を皇子に与えてやりたかった。せめてほんの一部でもいいから記憶が戻られるまで。

 あれからフォルドは書物を読むなどして、失っていた知識の殆どを思い出していた。しかし、自身の事に関しては何一つ思い出すことはなかった。

 だが、それも当然だ。精神(なかみ)は「倉橋(しょう)」という別人なのだから、フォルドの記憶などあるわけがない。その事実を知らないアルフィーネ達は、未だにフォルドが忘れ病に(かか)っていると信じて疑わず、ずっと何とか思い出してもらおうと頑張っていたのだが、その苦労は報われることなく今日に至っていた。

 

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