「ですが、その前に一度王にもお会いになりませんと」
それが順当というものである。
当然の事のようにそう言うエイルに、晶は息を呑んだ。
「……ああ、そうだな」
——王って、確かフォルド皇子の父親だったよな……
一般市民でしかない晶にとって、王様なんて者には一生に一度会えれば奇跡といえる。そんな者に会うなんて、しかも息子としてだ。会った時どういった態度を取ればいいのか、まるで判らない。それに親子なら、ひょっとして気付くかもしれない。会いに来た息子の中身が実は別人だと。
長いこと王は病床にいるらしいが、気付いたショックでぽっくりなんて逝かれたら、とてもじゃないが寝覚めが悪い。できるなら会いたくなかった。でも会わないわけにはいかないだろうし……
と、苦悩する晶の心情を知らず、エイルは頭の中で今後の皇子の予定を立て始めた。
そしてふと、思い付いたように浮かない顔をする晶を見た。
「ところで皇子、未だ〈
「——あ、あぁ……」
エイルに改まって訊かれた晶は、バツが悪そうに応えた。
この間からエイルは度々この事を訊いてくるようになった。
何でも宝剣の担い手となった者は、自分の意思でソーレスの刀身を輝かせられるというのだ。以前のフォルドも当然できたらしいが、そんな怪奇現象を起こすのは晶には無理だった。
気を楽にして、自分の中の一番強い「想い」をソーレスの力の
そして、それを証明するように、ソーレスは一度も輝いた事がない。
「そうですか……」
そっと嘆息し、エイルは立ち上がった。
「では、私はこれで。——ああ、そうだ、皇子。少しアルフィーネをお借り致しますね」
何か用事を思い出したのか、そう言うとエイルは亜麻色の髪の少女だけを伴い、東屋を後にした。
庭園の外れ、皇子の部屋に上がる階段の下で足を止める。
「皇子は相変わらず何も思い出されないのかい?」
「はい……」
沈痛な面持ちでアルフィーネは応えた。
「では、まだ妄言を口になされると?」
「ええ」
コクンと頷きながら、アルフィーネは心許なさそう
「……でも、わたしずっと皇子と一緒にいて、何だかこの頃、本当にそうなのかしらと思えて——」
「と言うと?」
「皇子が作り話や嘘を言われている様に思えないの」
今でも時折思わず漏らしたように口にする「スマホ」とか「テレビ」に「アニメ」など色々と、自分が知らないものばかりで、訊くとさっきのようにどのような物か丁寧に説明までしてくれる。それらは本当に存在するもので、とても妄想の中で作り出されたものには思えなかった。
「確かに、皇子は嘘は付いていないだろう。そう信じ切っているのだからね」
エイルはアルフィーネの言葉に一応同意を示し、そして、優しく諭すように言い繋いだ。
「けれど、それは真実じゃない。記憶を全て失ってしまった不安感から、その様な妄想を抱いて自身を納得させているだけなのだから」
そのエイルの言葉に、アルフィーネは素直に頷けなかった。
「だけど、雰囲気も、目覚められてからどことなく違う様に思えるの。確かに以前と変わらずにお優しいけれど何かが違うの」
そう、まるで違う人のような——
最初会った時、他人の空似だと言っていた。その後色々と質問された時も、まるで判らない地名や名前を口にしていた。それに、馬車じゃない「クルマ」や「デンシャ」などといった見たことも聞いた事も無い乗り物。全てが初めて耳にするものばかりで、今の皇子は何処か自分の知らない所から来た人のように思えてしまうのだ。そんな事あるはずがないと判っていても。
「アルフィーネ」
エイルは迷いを見せる養い子に優しく声を掛けた。
「まず私達がしなければならない事は、皇子の間違った認識を正して差し上げる事だよ。それによって閉ざされた本当の記憶の扉を開ける事が出来るのだからね」
「……はい、おじ様」
浮かない顔をしながらも、アルフィーネは頷いた。
「じゃあ、アルフィーネ。皇子の事をよろしく頼んだよ」
優しく養い子の頭を撫で、エイルは階段を上がっていった。
「おお、エイル殿。一服如何かな?」
今日最大の仕事——レイミア親子を追い返す——が終わったロドルバンは、機嫌良さそうに宮廷薬師の男に声を掛けた。
「いえ、これから用があるので」
と、その申し出を断り、エイルは部屋の外に出た。
廊下を歩きながら、今までのことに思いを巡らす。
あの者がフォルド皇子自身であることは、疑いようのない事実だ。だが、ずっと一緒にいたアルフィーネは違和感を
実際、アルフィーネにはああ言ったが、エイル自身も完全には自分の説を信じてはいなかった。
この一ヶ月程の間、アルフィーネから皇子の話を聞き、自分の目で確かめた結果、余りにも忘れ病とかけ離れた異質な症状に、エイルは頭を悩ませていた。
しかし、それを実証出来るものが何もないのでは、あの皇子の言い分を全面的に受け入れるわけにもいかない。
——体が皇子で、
思わず皇子の言葉の可能性について考え、エイルは苦笑した。余りにも馬鹿馬鹿しい事だった。
が、それはすぐさま険しい
——一つだけ、方法がないわけでもない……か…
何か思い当たったのか、エイルは脇目も振らずに自分の部屋へと急いだ。