「其方がこうして今、目の前にいるだけで儂は嬉しいぞ」
と、自分の傍らに立った晶に慈しみの目を向ける。
自分に向けられる、息子だと信じて疑わないその瞳に、晶は言い様もない罪悪感に囚われた。
「一時は、其方まで失うのではと思ったからな」
そう言ってカムラスは、息子の母親譲りの黄金の髪をやるせなさそうに目を留めた。
「本当に、其方が無事で良かった」
「………」
息子の身を案じて心の底から安堵するカムラスに、晶はなんと言って返したらいいか判らなかった。
「フォルド?」
押し黙ってしまった息子を、カムラスは怪訝そうに見た。
「どうかしたのか?」
そう気遣われれば、気遣われるほど罪悪感が晶の胸中に膨れ上がっていく。
「いえ、何でもありません」
——そんな目で見ないでくれ。俺は貴方の息子じゃないんだ。
慌てて
「父上の方こそ、お体の調子はよろしいのですか?」
「ああ、今日は特にいい。何しろお前が会いに来てくれたのだからな」
笑顔で応えるカムラスは、本当に体の加減がいいのかとても機嫌が良さそうだった。
「それは、良かったです」
そうやって慈しむような笑みを向けられると、とても居たたまれない。
これを向けられるべき者は、今ここにはいないというのに。
——貴方の息子はヴィルドヒルという場所で、囚われ続けているんだ。俺本来の体の中で、今もずっと——
と、言ってやりたかった。
でも、言ったところでどうなるというのだろう。誰も信じてくれないのは判っているのに。
そんな晶の複雑な想いをよそに、不意にカムラスは意地の悪い笑みを浮かべた。
「時にフォルド、其方サウアーと
「っ!?」
——何でそんなコト知ってんだ!?
もっとも人に知られたくないあの最大級のやらかしを。
「あ、あれは、その…目覚めたばかりで、記憶が混乱してて……」
そう、あの時部屋で鏡を見ていれば、あんなコトにはならなかった筈だ。大体、目が覚めたら体が別人だなんて普通誰も思わないだろ。あれは不可抗力だったんだ。自分の所為じゃない。………と、思いたい。
後でロドルバンにサウアーとフォルドの因縁を聞かされた晶は頭を抱え、フォルドに心の中で思いっ切り謝り倒した。元に戻った後身に覚えのないサウアーの恨みを一身に受けるのは彼なのだから。
「其方は、幼い頃はロドルバンも手を焼く腕白坊主だったからな」
昔を懐かしむ様に遠い目をして言うカムラスに、晶は内心汗だらになった。
この場でフォルドの幼年期を知る者は皆、なんとも生暖かい目で自分を見ているし、このまま昔話に突入されて、また同じ話を聞かされるのかと思うと、流石に「勘弁してくれ」と言いたくなってしまう。
「ち、父上、昔の話はもういいでしょう」
「そうだな、問題は今現在だからな」
慌てふためく息子を見て苦笑したカムラスは話題を元に戻した。
「どうするつもりだ? 三日後会うのだろ」
「どうすると言われても……」
晶は口ごもった。
昨日貰った三日後の茶会の招待状の中に、出席者の名が書かれていた。宰相一家全員が出席するらしく従兄のサウアーの名も当然あった。
傲慢な上執念深い性格で、話によると未だにあの時の怒りが解けていないらしい。しかし、もうあれから一ヶ月以上も経っているのに謝るのも今更だろう。それにフォルドの伯母と従妹も中々に厄介な性格な上に何かよからぬ思惑まであるとロドルバンに聞かされていた。
あの時面倒事しかない茶会だと判っていれば、行くと絶対言わなかったものを。と、想い出話と
「——茶会で会った時、従兄殿の反応を見てから、決めようと思います」
「それが無難であろうな」
息子の答えにカムラスは頷いた。
ふと息子が腰に佩いている剣に目を留める。
「しかし、早いものだな。其方が〈
「………」
はっとして、思わず晶は自分の佩剣に目をやった。
柄に嵌め込まれた宝石が、部屋に注ぐ陽の光を浴び蒼く輝きを放っている。
「儂のこの体では、もうソルブレイ神の『想い』に応える事はできぬ。
——フォルドよ。これからもソーレスの担い手として、その『想い』と共に選ばれた者の責務をしっかりと果たすのだぞ」
「はい…」
真っ直ぐに自分を見据えるカムラスに、晶はぐっと拳を握り締めた。
神の「想い」なんて自分は知らない。責務を果たせと言われてもできない。期待されても無理なのだ。
でもこの姿でいる限り「否」と言うこともできない。
だから——
「期待に添えるよう、自分に出来る限りのことをします」
そうフォルドが言いそうな言葉を口にする。
少し話しただけで、この王が愛情深い王様だということが判る。だから余計罪悪感がこみ上げる。この体でいる限り、本当のことを言っても信じて貰えない。結局は騙している事に変わりはないのだから。
「——父上、申し訳ありません」
本当に言いたい事も言えず、言葉を交わす度に重くのしかかってくる罪悪感に、晶はとうとう堪えられなくなった。
「実はまだ体が回復しきっていないので、これで失礼します」
唐突にそう一方的に話を打ち切ると、一礼をして晶は踵を返した。