表面上和やかな宰相夫人のお茶会が始まる。
その中心はやはりフォルドであり、ベルティナがやたらと話しかけてくる。
当たり障りのない話なら何とかなるが、昔こんな事がなどと言われると、もうどう答えていいか判らない。
晶はそっと後ろから助言してくれるアルフィーネの微かな声を頼りに、内心汗だくになりながらも話を合わせていった。
そんな中、晶を睨み付けるサウアーの
斜め前から漂ってくるおどろおどろしい気配に、いつ剣を抜いて斬りかかってくるのかと、晶がヒヤヒヤしながらフォルドの従妹の話に愛想笑いを浮かべて相槌を打った時だった。
「母上」
不意にサウアーが、テーブルに両手をついて立ち上がった。
「忘れていましたが、今日爺の息子達と遠乗りをする約束をしていたので、これで失礼させて貰います」
「そのようなもの、今日じゃなくとも出来るでしょう」
レイミアの声音が、途端に険を含んだものとなる。
が、サウアーは引かなかった。
「いえ、今日じゃなくては駄目なんです」
馬鹿馬鹿しい。こんな茶番もうたくさんだ。こんな奴らとお茶など飲んでいられるかっ。
その想いを、サウアーは行動によって示した。
「——失礼する」
そう吐き捨てると妹の隣に座る憎き従弟を射殺さんばかりに
呆気に取られる一同の中で、レイミアの機嫌が一気に最悪のものとなる。
「あ、あの、フォルド様」
やや慌て気味にベルティナは声を上げた。
ここでお母様に盛大にヒスられたら、折角のお膳立てが全てフイになってしまう。お茶を飲みながら会話を楽しみ、もう少し気が緩んでからと思っていたのに仕方ない。ここはさっさと計画を実行してしまわねば。
「あちらの方に早咲きのリラの花がありますのよ。
と、殊更「二人」の部分を強調する。
「え、いや、あの——」
はっと我に返った晶は
皆でというのならともかく、一人でベルティナに対する自信がない。どうしたらいいか、救いを求める様にエイルを見る。
「こっちですのよ」
返事を待たずにベルティナは、まごつく晶の腕を取って強引に椅子から立たせ、引きずるように東屋から出ようとする。
「ベルティナ様、お待ちください」
慌ててアルフィーネがそれを止めようと二人の前に出る。
——邪魔されてたまるもんですかっ。
ベルティナはわざとアルフィーネにぶつかってよろけさせ、その隙に晶を東屋の外に引っ張り出した。
「アルフィーネ!?」
「さあ、フォルド様。こちらですのよ」
東屋の周りに繁る灌木の間を抜け、よろけた侍女を心配する従兄を問答無用に引き連れて、花が咲くリラの樹があるロニエの林の方へ突き進む。
「皇子っ」
アルフィーネは急いでベルティナに引きずられる晶の後を追おうとした。
が、それをレイミアが引き留める。
「まあまあ、付いて行かなくとも、直ぐ戻って来るでしょうからね。ここでお茶でも飲んで待っていればいいでしょう」
娘の強引さを目の当たりにして本来の目的を思い出したレイミアは、息子への怒りは取りあえず棚の上に放り投げ、まるで何事もなかったように女官に指示を出して冷めかけたお茶を淹れ替えさせ、エイルに勧めた。
「どうも、それでは頂きます」
立ったまま皇子達の消えた林の方を気にするアルフィーネを取りあえず自分の許に呼び寄せ、エイルは熱いお茶に淹れ替えて貰ったティーカップを顎の先でくゆらせ、そして口にした。
「香りといい、味といい、まさに絶品ですね。このようなお茶は初めてです。流石にレイミア様は良いものをお持ちですね」
宰相夫人に嫣然と微笑みかけ、エイルは褒め称えた。
「まあ、そんな……」
白銀に近い淡い金の髪に赤味がかった菫色の瞳を持つ、神秘的な雰囲気をまとう優美な年若い男に微笑まれた上、賛美の言葉まで貰って、レイミアは年甲斐もなく頬を赤らめさせた。
背後で控えていた女官達も同様に微笑むエイルに見惚れている。
「そうそう、私も珍しい香草茶を手に入れたので、是非味わって頂こうと思いまして……」
そう言いながら、エイルは上着の懐をまさぐった。
「おや、うっかり忘れてきてしまったらしい。申し訳ございません。——アルフィーネ、すまないが、私の部屋まで取りに行って来てくれないかな」
「は、はい、エイル様」
林の方を気にしながら、アルフィーネは後ろ髪を引かれる思いで東屋から出ようとした。
その背中に、のんびりとエイルは声を掛けた。
「建物の中を行くより、外から回った方が近道だよ」
その言葉にアルフィーネははっとなった。
エイルは皇子の後を追うように言っているのだ。レイミア達が自分に気を取られている隙に。
「はいっ」
身を翻し、アルフィーネはリラの樹があるというロニエの林の方へ走り出した。