アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅵ ―お茶会(4)―

 ——皇子は何処かしら……

 アルフィーネは二人の姿を求め、広すぎるロニエの林の中を探し回わる。

 だが、人影どころか、足跡さえ見つけられない。咲いているというリラの花の香りさえしなかった。

 ——皇子……

 アルフィーネは途方に暮れて林の中を見回した。

 そこへ、不意に皮肉に満ちた声が響いた。

(あるじ)をほったらかして、こんな所で何をしている」

 ぎくっとして、アルフィーネは声のした方に振り返った。

 遠乗りに出掛けると言って席を立ったはずのレイミアの息子が、二人の供を従えて立っていた。

「サウアー様……」

 どうしてここに——

 不吉な予感に、アルフィーネは思わず後退(あとずさ)った。

「あの、ベルティナ様がリラの花を見に、皇子とこちらの方にいらしたので、わたしも後を……」

「ほぅ」

 ——ベルティナの奴、とうとう実力行使に出たか……

 サウアーはすうっと目を細めた。

「あの、では、わたしはこれで……」

「待てよ、お前には少し聞きたい事があるのだ。フォルドの仮病についてな」

 逃げるようにその場を立ち去ろうとするアルフィーネの腕を、素早くサウアーが摑む。

「は、離してください」

 咄嗟にアルフィーネは、思いっ切りサウアーの手を払い除けた。

 だが、逃げようとする方向に従者の二人に先回りされ、アルフィーネはロニエの樹を背に、サウアーと向き合う格好になった。

「何を嫌がる。俺はただ本当の事が知りたいだけなんだ」

 サウアーはロニエの幹に手を付き、アルフィーネの逃げ場を完全に塞いで問い詰めた。

「言え、フォルドが一ヶ月以上も熱を出して寝込んでいたなど、嘘なのだろう。人の同情を買うための」

「違いますっ」

 きっぱりとアルフィーネは否定した。

「本当に皇子は七日以上も高熱にうなされて、熱が下がられてからも、起き上がれる様になるまで十日も掛かったのです。王妃様の庭園(にわ)に出られる様になったのも最近のことなのですから」

 アルフィーネは必死に訴えた。

 が、自分が望んだ答えしか必要としないサウアーは聞く耳を持たなかった。

「黙れっ!」

 サウアーは殺気立ち、アルフィーネの顔近くの幹に拳を叩きつけた。

 びくっとアルフィーネが首を竦める。

「お前の戯言(たわごと)など聞いてない。真実(ほんとう)の事を言えと俺は言っているんだ」

「………」

 それにアルフィーネは口をつぐんで応えなかった。

 サウアーの魂胆は判っていた。皇子の侍女である自分に虚偽を言わせ、皇子を陥れようとしているのだ。一緒にいる取り巻きの二人はその証人というわけだ。

 アルフィーネはもう一言も口を利く気はなかった。

 反抗的な少女に、サウアーは鼻を鳴らした。

「それほど奴が好きか、報われはしないのに」

 きっと自分を睨み付ける少女に、嘲りを込めて言う。

「わ、わたしは別にそんな……」

 アルフィーネはサウアーから顔を逸らした。その表情(かお)に一瞬動揺が走る。

 それをサウアーは見逃さなかった。

「こうしてみると、下賤の者でも中々いいな」

 にやっと(わら)い、値踏みするようにアルフィーネの肢体を眺め回す。

「ふ…ん、お前はフォルドのお気に入りの様だからな、今ここでお前を奪ったら、奴はどんな表情(かお)をするかな」

 ——あのクソ生意気な澄まし顔のエイルにも一泡吹かせる事が出来るし、俺も十分楽しめる。一石二鳥、いや三鳥か。こいつは予定を変更した方が得かもしれんな。

 サウアーの表情が愉悦に満ちたものとなる。

「あ……」

 サウアーの意図を察して、アルフィーネは顔を強張(こわば)らせた。

 逃げ場を探すが、サウアーの両脇にはクノックとアガスが構えていて、どちらに逃げても捕まってしまう。

 下卑た笑みを浮かべ、サウアーの手がアルフィーネの体に伸びる。

「い、いやっ」

 サウアーの体を両手で力一杯突き飛ばし、アルフィーネは咄嗟に右に逃げた。

 アガスがそれを捕まえようと手を伸ばす。

 が、動作が鈍い。

 身を翻してその手から逃れ、アルフィーネは左に逃げる。

 その視界を、アッシュブルーの壁が遮った。

 クノックだった。ロニエの樹の反対側から回り込んだのだ。

 でも、勢いがついていて急に止まることも、方向を変える事も出来ない。

 アルフィーネはそのままクノックの胸に飛び込む形でぶつかった。

 すかさずクノックは両手で少女の華奢な体を抱きかかえる。

「よし、いいぞ、クノック。しっかり捕まえておけよ」

 サウアーが舌舐めずりしながら、ゆっくりとアルフィーネに近づく。

「いやっ、離してっ」

 クノックの腕を振りほどこうとアルフィーネはもがくが、非力な力ではどうする事も出来ない。

 更に口を塞がれ、悲鳴を上げる事すらできなくなった。

「嫌がる事は無いだろう。フォルドだって今頃ベルティナとよろしくやってるんだ」

 瞳に涙を滲ませるアルフィーネに、サウアーは悦に入ったように口の端を歪めた。

「光栄に思うのだな。お前のような身分の者が、王族の相手をさせて貰えるのだからな」

 サウアーは嗜虐的な笑みを浮かべ、アルフィーネの襟元に手を掛けた。

「う…ぅ……」

 ——いやぁっ、助けて、おじ様っ。——皇子っ!

 アルフィーネの心が悲鳴を上げた。

 

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