アーサス   作:飛鳥 螢

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今回主人公はお休みです。


第 一 章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅰ ーフォルドの目覚め(1)ー

「フォルド皇子は、まだ目を覚まされぬか?」

 色彩豊かな花の咲き乱れる中庭に面した回廊で、神官の長のみが(まと)うことを許される黄金(こがね)色の神官衣を身につけた老齢の男が、陶器の水差しを抱えて運ぶ途中の亜麻色の髪の少女を呼び止めて訊いていた。

「はい……」

 少女は目を伏せ、力なく応えた。

 フォルドが死んだように昏々と眠るようになったのは、丁度一週間前、天空の神々を代表する太陽神ソルブレイに、今年の豊穣を祈願する祭礼を執り行う日の事だった。

 春の祈願祭、一般には「春を迎える祭(ジュールミナル)」といわれ、春光の月の一の日から八日間、国を挙げて春の訪れを祝い、それが過ぎると《陽の国(ソルティア)》の民人(たみびと)は種蒔きに汗を流すのである。

 そのジュールミナルの最終日の前日、芽吹き月の第一週の末にソルティア王は身を清め、《光の都(ソーラス)》の南、都の中央を横切る様に流れるシャナン河の(ほとり)に立つ〈太陽の塔〉に司祭長と二人で登り、太陽が天空高く昇るその時に太陽神に祈りを捧げるのだ。

 が、現王カムラスは三年前から病で伏し、その祭儀を行う事が困難であった。そこで今年も皇子であるフォルドが父カムラス王に代わって祭儀を執り行う事となった。

 慣例に従って身を清めると、フォルドは神官長のオラトリオを伴って〈太陽の塔〉に登っていった。

 そして、塔の上に設けられた祭壇の前に跪いたその時である。生臭い風と共に現れた影のような漆黒の怪鳥に、いきなりフォルド達は襲われたのだった。

 この時フォルドは祭儀に臨むために剣を()いておらず、祭壇に安置された宝剣〈陽の剣(ソーレス)〉を取る暇さえなく怪鳥の攻撃をもろに受け、オラトリオを庇ってフォルドは塔から三十フィノ(=メートル)下の地面に向かって真っ逆様に落ちていったのである。

 が、幸い落ちた場所が灌木の上で、木々の枝葉がクッションの役目を果たしてくれたお陰で、奇跡的に擦り傷以上の怪我は無く、ただショックで気を失っているだけだった。

 ——筈だった。

 だが、それから一週間。フォルドの意識は未だ一度も目覚めることが無かった。

 神官長のオラトリオは責任を感じてか、毎日のように王宮に来てはこの皇子の侍女に容態を訊くのである。しかし今日もまた、自分の望む答えは得られなかったようだ。

「そうか……」

 神官長は肩を落とし、深く溜息をついた。

「呼び止めてすまなかったな、アルフィーネ。皇子の看護、しっかり頼むぞ」

 皇子の侍女の肩を軽く叩き、オラトリオは重い足取りでその場を去っていった。

 それを暫し見送り、アルフィーネは手に持つ陶器の水差しになみなみと入った、冷たいレーネの蜜水がこぼれないように慎重に足を運んだ。

 回廊を抜けると、アルフィーネは突き当たりの階段を上がっていった。フォルドの部屋は王宮奥の王族の居住区である南側の棟、中庭に面した二階に位置していた。元々今は亡き王妃の部屋で、王宮で一番見晴らしが良いと言われている部屋だった。

 アルフィーネは扉の鍵を開けて皇子の部屋に入ると、寝室の隣室にあるテーブルの上に蜜水の水差しを置こうとしてふと手を止めた。妙な違和感を覚えたのだ。部屋の様子が出て行った時と微妙に違って見える。自分が留守の時は廊下に通じる扉は全て鍵が掛かっているから、誰もここには入れない筈なのに。

 胸騒ぎを覚え、アルフィーネは急いで寝室の扉を開いて中を見渡した。

 部屋中央奥にあるベッドの天蓋のカーテンが半分ほど開いている。

 ——皇子が、目覚められたの!?

 期待に胸を膨らませ、アルフィーネはベッドに駆け寄った。

 そして中を覗き、愕然となった。

 皇子が、いない。

 ベッドの上に。

「皇子、何処に——」

 慌てて部屋の中を見回すが、姿形もない。

 窓の外を見るが、何時も近くの木の梢に止っている金茶色の鳥の姿も見当たらない。

 本当に目覚められたのだろうか。でも、一週間も眠り続け、衰弱し切ったあの体で、一体何処に行ったのだろう。もし、皇子の身に何かあったら——

 アルフィーネは寝室を出ると、もどかしそうに廊下に出る隣室の扉を開けて皇子を探しに急いで部屋を飛び出した。

 

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