アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅵ ―お茶会(7)―

「こンの野郎っ!」

 気が付いたら晶は、怒声と共にサウアーの左頬に拳をめり込ませていた。

 サウアーが勢い良く吹っ飛んで地面に倒れ込む。

 何が起きたのか一瞬理解できず、クノックとアガスは呆然と倒れた主君を見た。

「アルフィーネを離せっ!」

「は、はいっ」

 初めて見る怒りも露わなフォルド皇子の剣幕に恐れをなし、クノックは慌ててアルフィーネを戒めていた両手を離した。

「皇子……」

「アルフィーネ、もう大丈夫だ」

 解放されてよろけるアルフィーネを優しく抱き留め、晶は彼女の頬に伝わる涙を拭った。

 自分の上着を脱いでアルフィーネに着せ、裂かれた胸元を隠す。

「さあ、行こう」

「待てよ」

 殴られた時切ったのか、口の端から一筋流れる血を拳で拭い、ゆらりとサウアーが立ち上がった。

「このままで、済むと思ってるのか」

 腰に佩いた長剣を引き抜く。もはや目付きが尋常ではない。

 アルフィーネを脇に退かせ、晶も無言で腰のソーレスを抜いた。

 茶会に来る前『くれぐれもサウアー様と、事を起こさぬようにお願いします』とエイルに念を押されたが、サウアーは本気だ。応じなければ()られてしまう。

 何よりも晶自身、アルフィーネをこんな目に合せたサウアーが許せなかった。

 晶は手にしたソーレスの柄の握り具合を確かめた。この剣を構えて持つのは初めてだというのに、なんと手に馴染むことか。

 憎悪に染まった瞳をして、サウアーが斬りかかってくる。

 それを、晶は真っ向から受けて立った。

 一合、二合、三合……

 ソーレスとサウアーの剣が交差する。

 四合、五合……

 一撃一撃、サウアーは憎しみのありったけを込めてくる。

 一方、晶の方は病み上がりの上に、満足に剣の稽古さえしていない。

 矢継ぎ早に繰り出されるサウアーの鬼気迫る攻撃に、晶はただ受けるだけで精一杯だった。

「でぇいっ」

 サウアーの痛烈な一撃が晶を襲う。

「ぐっ……」

 受け止めた腕に痺れが走る。

 続けざまにもう一撃。

 苛烈極まりない斬撃だ。

 鋭い、金属音がロ二エの林に響き渡った。

 ずさっと、ソーレスが地面に突き刺さる。

 受け止め損ね、晶の手から弾かれたのだ。

「くっ……」

 腕の痺れに顔を歪め、晶は剣を手に勝ち誇って近づくサウアーを睨んだ。

「これまでだな、フォルド」

 晶の首筋に剣先を突き付け、サウアーは嘲笑った。

「長き仮病ですっかり技量(うで)も錆び付いたようだな。こんな奴を選ぶとは、〈陽の剣(ソーレス)〉もとんだ見込み違いをしたものだ」

「三人がかりで、か弱い少女を襲うような奴よりマシさ」

 むっとして、晶は思わず言い返してしまった。

「貴様ぁっ」

 サウアーの表情(かお)がみるみる内に怒りでドス黒く変わっていく。

「その減らず口、二度と利けんようにしてやるっ」

 剣を振り上げ、晶の顔面に叩き下ろす。

「皇子っ!」

「きゃあぁぁっ!!」

 アルフィーネの悲鳴に別の金切り声が唱和し、ロニエの林中に木霊した。

「お兄様、わたくしのフォルド様に何をするのよっ!」

 キンキンとした声を張り上げたのは、駆け去った晶にようやく追いついたベルティナだった。

 斬られる(すんで)の所でサウアーの狂剣を(かわ)した晶に駆け寄ろうとするアルフィーネを、横合いから突き飛ばして晶に走り寄る。

「お兄様卑怯よ、剣を持たないフォルド様に切り付けるなんて。自分で恥ずかしくないのっ」

 ベルティナは実の兄を容赦なく非難した。

「フォルド様はお兄様と違って(・・・・・・・)宝剣(ソーレス)に選ばれた大切な方なのよ。フォルド様に何かしたら、たとえお兄様でも許されないわよ」

「う、五月蠅(うるさ)いっ!」

 堪らず、サウアーは際限のない妹の糾弾を遮った。

「先に手を出したのはフォルドの方だ。俺はそれを受けただけなんだからな。お前になんぞにとやかく非難されるいわれはないっ。——そこを退け、ベルティナ」

「サウアー様っ」

 今まで何も見ず、何も聞かずを通してきたクノックとアガスが、焦ったように声を掛けてきた。

「人が来ます」

「なにっ?」

 クノックが指差した林の方を見ると、確かに数人の衛兵を連れたエイルがこちらに向かって駆けてくる。

 先程のベルティナ達の悲鳴を聞きつけて、何事かとやって来たのだ。

 ——ベルティナさえ、しゃしゃり出て来なければ。

 サウアーはぎりっと奥歯を噛みしめた。

「フォルド、このままで済むと思うなよっ」

 晶とベルティナを憎々しげに一瞥すると、サウアーはクノックとアガスを引き連れ、林の奥へと姿を消した。

「皇子、血が…」

 サウアーの剣を()ける時、(わず)かに切っ先が(かす)ったらしい。晶の頬にうっすらと血が(にじ)んでいる。

 アルフィーネがハンカチを取り出し、それを拭おうと近寄る。

「まぁ大変っ」

 大げさな声を上げ、ベルティナはアルフィーネの手を押し退けて、自分が持っていたレースのハンカチを晶の頬に当てた。

「フォルド様、痛くありませんか?」

「ありがとう、大丈夫です」

 ふっとベルティナに微笑み、そして、晶はアルフィーネを見た。

 が、ふいっと直ぐに目を逸らし、晶は立ち上がって地面に突き刺さったソーレスの柄を手に取った。

 ソーレスの柄に嵌め込まれた紺碧玉が鈍い光を放つ。

 刃に付いた土を払い落としてそれを鞘に収めると、何か言いたそうなアルフィーネに背を向け、晶は独りで駆けつけるエイル達の許へ歩き出した。

 置いて行かれまいとベルティナがその後を追いかける。

 一人残されたアルフィーネはそれを見送りながら、ぎゅっと胸元の翡翠色の宝石の嵌まったペンダントを握り締めた。

 




 —とある王族少女の心の声—
 ふふっ、上手くいったわ。これでフォルドの心はわたくしの物よ。最高級のレースのハンカチ一枚駄目にしたくらい安い物だわ。また取り巻きに新しく貢がせればいいだけだもの。
 でも、ホントはフォルドなんてあんまりわたくしの好みじゃないのよね。
 そりゃ、思った以上に格好良くなったけど中身がね。さっきもそう、折角今日の為に(あつら)えた髪飾りを付けたわたくしに対して賛辞の言葉一つ言えない朴念仁なんだもの。
 キスしようとしたぐらいであんなに狼狽(うろた)えるし、一緒に居ても全然面白みがなくて退屈なだけだわ。
 常にわたくしを賞賛し、喜ばせようと努力する取り巻き連中の方が遙かにマシよ。
 世継ぎの君に選ばれたのでなければ、フォルドなんて絶対に相手になんてしないのに。
 これもお兄様が不甲斐ない所為よ。お兄様が王になったら、王の妹として今以上に贅沢三昧できると思ったのに、全部パァになったんだもの。
 だけど後もう一押しよ。あのアルフィーネとかいう侍女にも興味をなくしたようだし、もっと深い仲になって未来の王妃の座を確かなモノにするまで、わたくしは頑張るわ!

 —茶会後の王宮の一室のある主従の会話—
「うっ……」
「どうされましたかな。フォルド様?」
「い、いや。今なんか急に悪寒が……」
「それは大変ですじゃ。きっとあの高慢ちき親()の毒気に当てられたんですな。今日はもうお休み下され」
「ああ。そうするよ」
 ——ホント色々あって疲れた。今回は助かったけど、あの()の相手はもうこりごりだ……
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