「こンの野郎っ!」
気が付いたら晶は、怒声と共にサウアーの左頬に拳をめり込ませていた。
サウアーが勢い良く吹っ飛んで地面に倒れ込む。
何が起きたのか一瞬理解できず、クノックとアガスは呆然と倒れた主君を見た。
「アルフィーネを離せっ!」
「は、はいっ」
初めて見る怒りも露わなフォルド皇子の剣幕に恐れをなし、クノックは慌ててアルフィーネを戒めていた両手を離した。
「皇子……」
「アルフィーネ、もう大丈夫だ」
解放されてよろけるアルフィーネを優しく抱き留め、晶は彼女の頬に伝わる涙を拭った。
自分の上着を脱いでアルフィーネに着せ、裂かれた胸元を隠す。
「さあ、行こう」
「待てよ」
殴られた時切ったのか、口の端から一筋流れる血を拳で拭い、ゆらりとサウアーが立ち上がった。
「このままで、済むと思ってるのか」
腰に佩いた長剣を引き抜く。もはや目付きが尋常ではない。
アルフィーネを脇に退かせ、晶も無言で腰のソーレスを抜いた。
茶会に来る前『くれぐれもサウアー様と、事を起こさぬようにお願いします』とエイルに念を押されたが、サウアーは本気だ。応じなければ
何よりも晶自身、アルフィーネをこんな目に合せたサウアーが許せなかった。
晶は手にしたソーレスの柄の握り具合を確かめた。この剣を構えて持つのは初めてだというのに、なんと手に馴染むことか。
憎悪に染まった瞳をして、サウアーが斬りかかってくる。
それを、晶は真っ向から受けて立った。
一合、二合、三合……
ソーレスとサウアーの剣が交差する。
四合、五合……
一撃一撃、サウアーは憎しみのありったけを込めてくる。
一方、晶の方は病み上がりの上に、満足に剣の稽古さえしていない。
矢継ぎ早に繰り出されるサウアーの鬼気迫る攻撃に、晶はただ受けるだけで精一杯だった。
「でぇいっ」
サウアーの痛烈な一撃が晶を襲う。
「ぐっ……」
受け止めた腕に痺れが走る。
続けざまにもう一撃。
苛烈極まりない斬撃だ。
鋭い、金属音がロ二エの林に響き渡った。
ずさっと、ソーレスが地面に突き刺さる。
受け止め損ね、晶の手から弾かれたのだ。
「くっ……」
腕の痺れに顔を歪め、晶は剣を手に勝ち誇って近づくサウアーを睨んだ。
「これまでだな、フォルド」
晶の首筋に剣先を突き付け、サウアーは嘲笑った。
「長き仮病ですっかり
「三人がかりで、か弱い少女を襲うような奴よりマシさ」
むっとして、晶は思わず言い返してしまった。
「貴様ぁっ」
サウアーの
「その減らず口、二度と利けんようにしてやるっ」
剣を振り上げ、晶の顔面に叩き下ろす。
「皇子っ!」
「きゃあぁぁっ!!」
アルフィーネの悲鳴に別の金切り声が唱和し、ロニエの林中に木霊した。
「お兄様、わたくしのフォルド様に何をするのよっ!」
キンキンとした声を張り上げたのは、駆け去った晶にようやく追いついたベルティナだった。
斬られる
「お兄様卑怯よ、剣を持たないフォルド様に切り付けるなんて。自分で恥ずかしくないのっ」
ベルティナは実の兄を容赦なく非難した。
「フォルド様は
「う、
堪らず、サウアーは際限のない妹の糾弾を遮った。
「先に手を出したのはフォルドの方だ。俺はそれを受けただけなんだからな。お前になんぞにとやかく非難されるいわれはないっ。——そこを退け、ベルティナ」
「サウアー様っ」
今まで何も見ず、何も聞かずを通してきたクノックとアガスが、焦ったように声を掛けてきた。
「人が来ます」
「なにっ?」
クノックが指差した林の方を見ると、確かに数人の衛兵を連れたエイルがこちらに向かって駆けてくる。
先程のベルティナ達の悲鳴を聞きつけて、何事かとやって来たのだ。
——ベルティナさえ、しゃしゃり出て来なければ。
サウアーはぎりっと奥歯を噛みしめた。
「フォルド、このままで済むと思うなよっ」
晶とベルティナを憎々しげに一瞥すると、サウアーはクノックとアガスを引き連れ、林の奥へと姿を消した。
「皇子、血が…」
サウアーの剣を
アルフィーネがハンカチを取り出し、それを拭おうと近寄る。
「まぁ大変っ」
大げさな声を上げ、ベルティナはアルフィーネの手を押し退けて、自分が持っていたレースのハンカチを晶の頬に当てた。
「フォルド様、痛くありませんか?」
「ありがとう、大丈夫です」
ふっとベルティナに微笑み、そして、晶はアルフィーネを見た。
が、ふいっと直ぐに目を逸らし、晶は立ち上がって地面に突き刺さったソーレスの柄を手に取った。
ソーレスの柄に嵌め込まれた紺碧玉が鈍い光を放つ。
刃に付いた土を払い落としてそれを鞘に収めると、何か言いたそうなアルフィーネに背を向け、晶は独りで駆けつけるエイル達の許へ歩き出した。
置いて行かれまいとベルティナがその後を追いかける。
一人残されたアルフィーネはそれを見送りながら、ぎゅっと胸元の翡翠色の宝石の嵌まったペンダントを握り締めた。
—とある王族少女の心の声—
ふふっ、上手くいったわ。これでフォルドの心はわたくしの物よ。最高級のレースのハンカチ一枚駄目にしたくらい安い物だわ。また取り巻きに新しく貢がせればいいだけだもの。
でも、ホントはフォルドなんてあんまりわたくしの好みじゃないのよね。
そりゃ、思った以上に格好良くなったけど中身がね。さっきもそう、折角今日の為に
キスしようとしたぐらいであんなに
常にわたくしを賞賛し、喜ばせようと努力する取り巻き連中の方が遙かにマシよ。
世継ぎの君に選ばれたのでなければ、フォルドなんて絶対に相手になんてしないのに。
これもお兄様が不甲斐ない所為よ。お兄様が王になったら、王の妹として今以上に贅沢三昧できると思ったのに、全部パァになったんだもの。
だけど後もう一押しよ。あのアルフィーネとかいう侍女にも興味をなくしたようだし、もっと深い仲になって未来の王妃の座を確かなモノにするまで、わたくしは頑張るわ!
—茶会後の王宮の一室のある主従の会話—
「うっ……」
「どうされましたかな。フォルド様?」
「い、いや。今なんか急に悪寒が……」
「それは大変ですじゃ。きっとあの高慢ちき親
「ああ。そうするよ」
——ホント色々あって疲れた。今回は助かったけど、あの