アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅶ ―転 機(3)―

「それでは皇子、先程日程が決まったのでお伝え致しますね」

「日程?」

 訝しむ晶に、エイルは少し長くなるからと椅子を勧め、自分もロドルバンと共にテーブルに着いた。アルフィーネが席に着いた三人に香草茶を淹れたカップを置いていく。

 それが全て済んだところで、エイルは説明を続けた。

「本来なら『春を迎える祭(ジュールミナル)』が終わって一月後に(おこな)う予定だったいつもの出城への訪問です」

 出城とは元々《陽の国(ソルティア)》に訪れる隣国の王家の人々を出迎える為の城だった。この国は東から西にかけて《暁の国(エルティア)》と《昏の国(アルティア)》に隣接しており、出城はその境に一つずつ、隣国に通じる公路沿いにある。

 だが、今は殆ど他王家との交流はなく、国境の警備の為に少人数の騎士団を駐屯させるだけになっていた。

 ソルティアでは春のジュールミナル後の民衆が種蒔きを終える頃と、秋の収穫と祖王の誕生を祝う「祖王生誕祭(フェルラーナ)」の後の二回、国王が国内を見回る為に両出城を訪問する慣例(しきたり)があり、ここ数年は病床の現王カムラスの代理として、世継ぎの君であるフォルドが出向いていたのだ。

 しかし、フォルドはこの春のジュールミナルの祭儀で〈太陽の塔〉からの落下事故などで長く伏せっていたので、今年はどうなるのかとかなり前に両出城に駐屯している警備の騎士団長からそれぞれ問い合わせがあったのだが、ずっと回答を保留していたのだ。それが今回ようやく方々の調整が終わって皇子の方に話を持っていくことができたのだった。

 とはいえ、このような報告は普通侍従長か文官がするものだが、ロドルバンが皇子にべったりと貼り付いている上、未だに面会の制限をしているので、その役目が制限している張本人であるエイルに回ってきたのである。

「あ、ああ。出城巡りか……」

 そう言えば、エイルが置いていった大量の書物や資料の中に、そんな事が書かれていた物があったような気がする。

「——確か、ネールとフェデルだったか……」

「ええ、そうです」

 皇子が渡した資料にしっかり目を通してくれていた事に満足してエイルは頷いた。

「まだ完全に(やまい)が癒えぬ皇子を、出城などに行かせるのは心苦しいのですが、ここで取り止めたらサウアー様にまた何を言われるか判らないですし、民衆に皇子が元気になられたことを知らしめる為にも、皇子には一度王宮の外に出られて彼等の前に姿を見せる必要がございます。今回の出城巡りは絶好の機会かと思われますので」

「成程。それでどう巡るんだ、その出城を」

「ここが王都《光の都(ソーラス)》で、まずはシャナン河に沿って進み、北西の《昏の国(アルティア)》の国境付近のダルの森の手前にあるネールの城に向かいます」

 エイルはテーブルの上に置いたこの国の地図を指し示しながら説明した。

「——ここまでで五日の日程になります。そしてネールの出城に三日滞在した後、公路を逸れてリーデルの田園方面に向かいます」

「それだと随分遠回りする事にならないか? ダルの森沿いにも道はあるだろ」

 地図にはダルの森沿いにかなり広い道が東の方にも伸びている。

「ええ、昔は結構人の行き来はあったのですが、何時の頃か人を襲うオーシグルやバルザームなどの凶暴な獣が、ダルの森の北西辺りに数多く出没するようになったのです」

 それらは時には森を出て道行く人を襲い、かなりの被害が出たのだ。その為今ではその道を使う者はおらず、荒れ放題の忘れ去られた道となっていた。

「あ、ああ……そうだった」

 ——前に聞いた事がある。あれは確か……いや、違うっ。

 こめかみを指で押さえ、何時だったか思い出そうとした晶は慌てて(かぶり)を振った。

 ——聞いたのはフォルド皇子だ、俺じゃない。俺は今初めて聞いたんだ。

「皇子、どうかいたしましたか?」

「いや、何でも無い。続けてくれ」

「——判りました」

 いきなり頭を振り、強張(こわば)った表情(かお)で話の先を促す皇子に怪訝に思いながらも、エイルは話を続けた。

 それを聞きながら、晶は膝の上に置いた拳を強く握り締めた。

 最初フォルドの知識を得るには書物をある程度読み込む必要があったが、馴れてくるにつれてさっきのように思い出す切っ掛けさえあれば、自然と頭に思い浮かぶようになっていた。それもやけにはっきりとした既視感を伴って。

 長くフォルドの振りをしている所為なのか、それとも近頃眠ると時々聞こえてくるようになったあの声の所為なのか、最近思い出す度にこうやって、フォルドの知識(きおく)に自分の意識が引っ張られる事が多くなってきた。まるで最初からここで暮らしていたと錯覚してしまう程に。

 こんな事が続くと、段々自分が自分で無くなっていくようで怖かった。

 ——確かに、この出城巡りはいい機会なのかもしれない……

 忘れ(やまい)と思われている限り、この部屋から自由に出られない。もし出られたとしても、あの茶会以来この棟自体の警備が更に厳しくなって抜け出す事も出来なくなっていたのだ。この出城巡りの話は堂々と外に出られる、千載一遇のチャンスだった。

 

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