アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅶ ―転 機(5)―

「…——それなら中央の何処かというのが違うんじゃないのか。そこ以外にヴィルドヒルっぽい名前とか、所縁(ゆかり)あるような名の場所はないのか?」

「そうですね……」

 どうも皇子の中では、ヴィルドヒルは神話上の有るかどうか判らない場所ではなく、有ると確信しているように思われた。

 あくまでその場所に(こだわ)りをみせる皇子に、エイルは思案するように微かに目を伏せた。

「そういえば、昔聞いた古譚詩曲(バラード)の詩にこんなものがありました。確か——」

 と、何か思い付いたエイルは、地図を描いた羊皮紙の空いている所に、さらさらと優美な文字で何かを書き綴った。

「——このような感じだったと思います。この世界の創世を(うた)った詩の一節です」

 

 〈聖なる湖(アクア・ヴィダ)〉を満たし

  (あふ)れ出づる〈生命の水(アクアティア)

  大地(アーサス)(かいな)に抱いて潤さん

 〈命の樹(エリオス)〉の芽吹きが大地を覆い

  この大地に命の祝福を贈らん

 

 確かに神話に出てくる名称が随所にあるが、ヴィルドヒルとは関係なさそうだった。

「この詩がどうしたと言うんだ?」

「判りませんか」

 頭に疑問符を浮かべる晶に、エイルは意味有り気に微笑んだ。

「この詩に、ヴィルドヒルに至る(みち)が示されている事に」

「っ!?」

 驚きに目を見開き、晶は慌てて羊皮紙に書かれた文字を見返した。

 だが、それらしき言葉は何処にもない。

 思いっ切り眉根を寄せる晶に、エイルは羊皮紙の一文を指差して説明した。

「この詩に出てくる『(かいな)』とは『河』を意味します。つまりこの詩はアクア・ヴィダから溢れ出たアクアティア(みず)は河となって大地を潤し、それによりこのアーサスに様々な生命が育まれたと謳われているわけです」

「それって——」

 晶はゴクリと唾を吞み込んだ。

「ええ、この大地に流れる河は全てヴィルドヒルのある小島が浮かぶアクア・ヴィダに通じていると思われます」

 晶の期待に応えるようにエイルは言葉を継いだ。

「他にも、それを裏付けるような記述が幾つか残っていますので、その可能性は高いと思います」

「そうか……」

 思わず前のめりになっていた体を戻し、晶は詰めた息を吐いた。

 最終的にヴィルドヒルに着ければいいのだ。正確な場所に(こだわ)る必要はなかった。

 思えば自分も、調べていた書物の中でそれらしき文章を読んだ気がする。でもその時は、ヴィルドヒルの正確な場所を探すのに必死で、そこまで考えが及ばなかった。

 何ともお間抜けな話だ。やっぱり一人じゃ視野が狭くなってしまう。

 ——ダメ元で聞いて良かった……

 これで一応目指す方向は決まった。何処にあるかはっきりしたわけでは無いが、それでもアクア・ヴィダに至れるかもしれない唯一の手掛かりだ。後はその時々で対応していけばいいだろう。

「もっとも、これはあくまで可能性でしかありませんが……」

「いや、それで十分だ。別にそこに行くわけじゃないからな」

 あくまで興味本位で知りたかっただけだと、晶は強調した。

 今からバレて警戒されては元も子もない。

「この日程表は貰ってもいいんだよな」

「ええ。それは皇子がお持ちください」

 頷き、エイルは席を立った。

「それでは、色々と準備がございますので、私はこれで失礼致します」

と、用が済み部屋を出て行こうとして、エイルは大切なことを言い忘れた事に気付き振り返った。

「ああ、そうそうロドルバン殿。出発までに皇子が恥をかかれぬよう、礼儀作法(マナー)や乗馬などしっかり皇子に復習(さら)わせておいてくださいね」

「おお、任せてくだされ」

「え? 復習うって……?」

 地図を見ながら思考にかまけていた晶は、復習うの一言に我に返った。

「礼儀作法に乗馬です。特に乗馬は目覚めてから全くしてないでしょう? お忘れになってしまっていると困るので、一応復習っておいた方が安心出来るでしょうから」

 お互いに。と、にこやかにエイルはそう言うと、呆然とする晶を尻目に今度こそ部屋を出て行った。

「では早速復習うとしましょうかのう」

「本当にするのか?」

 やる気満々の侍従長に、晶は嫌そうな顔をした。

「無論ですじゃ。皇子は(やまい)(かか)られてから物忘れも激しくなられた故、エイル殿の言うように何事も一通り復習っておかねば」

 礼儀作法はレイミアの茶会に呼ばれた時軽く復習ってはいたが、まだ完璧ではないし、乗馬に至っては外に出なかったから、そもそもする必要も場所もなかった。

 しかし、今回の出城巡りでは馬で移動するので、以前の勘を取り戻しておかないと困るのは晶自身だった。

「わたしもお手伝い致しますので」

 慰めるようにアルフィーネが言う。

 知識と違って、体が覚え込んでいるものは一度やったくらいでは完全には元に戻らない。

 とはいえ元々身に染みついているものなので勘を取り戻すのはそう難しくはなかった。それでもやりたくてやるのではないので、どうにも気が進まない。特に礼儀作法は。

——また、復習(とっくん)するのか……

 はぁっと溜息をつき、がっくりと晶は肩を落とした。

 

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