「それでは父上、これからネールの出城へと向かいます」
ベッドの上で上半身を起こすカムラスに、晶は出掛けの挨拶を告げた。
出城を訪問する準備が全て整い、今日この後直ぐに出発するのだ。
「うむ、其方も大病後の初の遠出になる故、無理をせず体をいとえよ」
「はい、父上もどうか何時までもお体をご自愛ください」
これでもうこの王とは息子として会うことはないだろう。そう思うと少し淋しく感じる晶だった。
しんみりと言葉を返す息子に、カムラスは軽く片眉をつり上げた。
「なんだ、まるで
「い、いえ。これから長らく王宮を留守にするので、その間父上に何かあったらと心配なだけです」
ぎくっとして、慌てて晶は弁明した。
気付いているのか、いないのか、この王は時々妙に鋭すぎる。
「そうか、ならば心配するに及ばぬ。リヤルドがおるし、ルゴスもな」
そう言って、ベッド脇に控える両名を頼もしそうに見やる。
「老骨のこの身なれど、王の御身の安らかなることをお約束致しましょう」
と、リヤルドが請け合うと、ルゴスも今は伯父ではなく臣下としての礼を取って言葉を継いだ。
「
「ああ、よろしく頼む」
二人の言葉に安心したように微笑み、晶は改めてカムラスに目を向けた。
「では父上、行ってまいります」
そう言うと晶は供にきた侍従長のロドルバンを連れて王の部屋を辞し、廊下に待たせていた護衛の騎士達と一緒に王宮の城門前の広場へと足を向けた。
外は昨日降っていた雨も既に上がり、爽やかな陽気に包まれていた。
広場に着くと、その中央付近で大量の荷物を積んだ馬車の近くで、蜂蜜色した髪の少女がまなじりをつり上げて喚いていた。
「何故駄目ですのっ」
サウアーの妹のベルティナである。
「どうしたんだ?」
出城行きの人員の中に含まれていないはずのベルティナが何故いるのか。見たところ見送りというわけでもなさそうだった。
「フォルド様ぁっ」
従兄の姿を認めるなり、顔面を朱に染めた怒気を一瞬で引っ込め、ベルティナは哀しげに瞳を潤ませて着たばかりの晶に泣きついた。
「あの者がわたくしに酷いことを言うのです」
と、鈍い金髪を短くした三十代の騎士をチラリと睨め付け、晶には濡れた目を向けて訴える。
「えっと、それで一体どういうことなんだ?」
さり気なく晶は自分にひっつくベルティナを引き剥がし、さっき彼女が目をやったこの旅の責任者である騎士隊長のレグナントに本当のところを訊いた。
「はっ、今回は公務での出城の見回りなので、物見遊山のベルティナ様にはご遠慮願いたいと申し上げたのです」
きびきびとした態度で、レグナントは応えた。
「公務の見回りに女性連れで行かれたとあっては、皇子の御名に傷がつきかねません。私の指揮する隊でその様な事など断じて許すわけには参りません」
「あら、フォルド様の傷にはならないですわ。わたしはフォルド様の未来の妃なんですもの。婚前旅行と思えばよろしくてよ」
茶会の後ベルティナは母親と一緒にあちこちで、フォルドとどれだけ親密であったか言いふらしていた。実情を知る王宮の者達がそれを信じていなくてもベルティナには関係なかった。彼女の脳内では既にそれは既成事実となっているのだ。
ころころと笑いながら得意げに言うベルティナに、堪りかねてロドルバンが噛み付く。
「何を
「お黙りっ、フォルド様との仲を邪魔ばかりして」
「当たり前じゃ、害虫の駆除は儂の管轄じゃからな」
と、二人とも一歩も退かない。
そこに更にレグナントが口を出し、段々と収拾がつかなくなっていく。
そんなところへ、のんびりとした足取りでエイルがアルフィーネと一緒にやって来た。