アーサス   作:飛鳥 螢

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前回投稿した後で気付いたのですが、本文にサブタイトルの人物本人が出ていませんね。
またやらかしてしまったようです。でもまぁ、嘘ではないのでよしとしましょう。



第 一 章《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅰ ーフォルドの目覚め(2)ー

その途端、何かにぶつかった。

「きゃぁっ!」

 よろけてアルフィーネは石畳の床に尻餅をついた。

「おや、アルフィーネ。大丈夫かい? 部屋からいきなり飛び出すのはあまり感心しないね」

 アルフィーネに尻餅をつかせた張本人は、のんびりとした口調でもっともらしい事を言いながら、手を差し伸べた。

 今回フォルドの治療を任されたソルティアの宮廷薬師エイルである。

 長身で、光の加減で銀にも見える淡い金色の髪に赤みがかった菫色の瞳と、三十代であるはずだが、十年程前から変わらない神秘的な美貌に柔らかな物言いは、宮廷薬師というより宮廷楽師といった方が似合っていた。

 その上独身ときて、王宮では誰よりも女性に人気があり、彼女らの間では誰がエイルの心を射止めるかが、フォルド皇子のお妃選びと並ぶここ数年以来の最大の関心事となっているのだ。

 が、当の本人は色恋に(うつつ)をぬかして彼女らの好奇心を満足させるより、目の前の友人の忘れ形見を、保護者として一人前のレディに躾る事の方が大事であるらしかった。

「もう十六なのだから、もう少し落ち着きを持ってだね——」

「おじ様、そんな呑気な事言ってる場合じゃないわっ」

 差し伸べられたエイルの手を取って立ち上がったアルフィーネは、血相を変えて説教じみた保護者の言葉を遮った。

「皇子が、皇子がいなくなってしまったのよっ!」

「何? 皇子が?」

「そうよ、ちょっと目を離した隙に——、わたし、わたし、もうどうしたらいいのか……」

 両手で顔を覆い、アルフィーネは今にも泣き出しそうだ。

「まあ、取りあえず部屋に戻ってみよう」

 取り乱すアルフィーネをなだめ、エイルは彼女を伴って皇子の部屋に入った。

 続き部屋を通り抜け、開け放たれた扉の向こうの寝室に行く。

 エイルはベッドに皇子がいないことを確認すると、チラリと窓の外に見える梢に目を向け、そして、ベッドの周りや四間続きの他の部屋全部をざっと見て回った。

「成程ね……」

「おじ様、何か判ったの?」

「ああ、どうやら皇子は目覚められたようだね」

 急き込んで訊いてくるアルフィーネにエイルは自分の考えを口にした。

「まず、ベッド脇に置いてあったブーツがないだろ。それにワードローブから着ていた夜着の代わりに服が一式なくなっている。もし仮に、眠っている皇子を誰かが連れ出したのだったら、わざわざ着替えをさせてから連れて行くなんて手間の掛かる真似はしないだろう。

つまり、皇子は目覚められて自分で着替えをしたという事になる。

 また、部屋の中が荒らされていないから、他人に強制的に部屋の外に連れ出されたとは考え難いしね。だから部屋の外にも自分で出て行ったのだろうね」

「でもおじ様、部屋の扉には鍵が掛かっていたのよ」

「居間の方はね。侍従の控え部屋の廊下に通じる扉の閂が外されていたから、皇子はそこから出て行ったのだろう。けど、何分病み上がりだからね、そこら辺で倒れていなければいいのだけど……」

 ぽつりと漏らしたエイルの言葉に、アルフィーネは青ざめた。

「——わたし、皇子を探しに行ってくるわ」

「まぁ、待ちなさい」

 また部屋を飛び出そうとするアルフィーネを、エイルはやんわりと制した。

「お前はここに居なさい。皇子は私が捜してこよう」

「で、でも——」

「お前の気持ちは判るけどね、アルフィーネ。お前では目立ち過ぎるんだよ。それに、皇子が戻って来ないとも限らないし、誰かが部屋を訪ねてくるかも知れないだろ?」

「あ……」

 確かに、言われてみればそうだ。皇子の看護を任された自分が王宮内をうろうろしていては、皇子の身に何かあったと宣伝しているようなものだ。ここはエイルの言うとおり自分は部屋に残り、皇子の帰りを待つ傍ら、見舞いにきた輩を適当に誤魔化して追い払い、不用意に騒ぎが大きくなるのを防がなければならない。

 エイルの指摘に、アルフィーネはしゅんとなった。

「……判ったわ、おじ様。わたし、ここで待っています」

「いい子だね、アルフィーネ。心配しないで待っておいで」

 エイルは聞き分けの良い養い子の頭を優しく撫でて部屋を後にした。

「さてと…」

 たとえアルフィーネが留守にしていても、皇子に何かあった場合すぐに分かるように手筈は整えてあったのだ。それなのに何故か今回知らせが届かなかった。その原因を究明しなければならないが、まずは皇子である。

 エイルは一変して驚くべき速さで階段を駆け下り、衛兵を呼んで指示を飛ばした。直ちにこの南棟の要所と王宮の門全てに配された衛兵に、不審な人間及び荷物を見つけたら捕らえておくようにと。

 実はアルフィーネにはあれ以上不安がらせない為に言わなかった事があった。警備を万全にしているこの南棟内であれば、皇子がそこら辺に倒れていても問題ないのだが、この南棟より彷徨(さまよ)い出てくせ者と出くわしている場合の方がより深刻だった。

 どんな賢王の治世の時代でも野心家はいるし、陰謀策謀の類いはなくなる事はない。特に王宮内では権力が絡むだけに、それは一層利己的で陰惨極まるものとなる。特にフォルドが十五歳の時宝剣〈陽の剣(ソーレス)〉によって次代の王に選ばれた時から、皇子の周りで不穏な動きが王宮内外で後を絶たなかった。普段の皇子ならばそれくらい一人で対処するだけの能力はあるが、今の皇子には体力的に問題があるし、武器も持っていないようだから余計心配だった。

「何事もなければ良いが……」

 部屋に残っていたフォルドの剣を思い浮かべ、エイルは表情(かお)を険しくして先を急いだ。

 




連休が終わったので、これからは投稿するのが少し遅くなります。余り間が空かない様にしますが。
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