アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅷ ―出城巡り(6)―

 月光が木漏れ陽のように森の中に降り注ぎ、夜の森は昼間と違った幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 晶は一人その中を歩き、見つけた倒木の上に座った。

 ハァ—っと大きく息をつき、頭上を見上げる。

 樹々の枝葉の隙間から青白い月が漏れ見えた。

 ロドルバンが察していたように、晶はこの四日間常に神経を張り詰めさせていた。

 王宮の自室では多少おかしな言動があっても「忘れ(やまい)」の所為にできたが、この旅ではそれは通用しない。エイルに言われて「忘れ病」そのものを隠さなければならなかったのだ。

 それなのに眠る時以外四六時中騎士達と一緒では、ロドルバンとアルフィーネのフォローがあっても、ボロを出さないように始終気を張って、騎士達の信望厚い聡明なフォルド皇子を演じ続けるのは辛かった。

 ——だが、それも後一日だ。あと一日乗り切れば……

 そう考えていた時だった。

 かさりという音を耳にし、はっとして晶は音の方に振り返った。

 樹の陰からこちらを覗き込むようにして立つ亜麻色の髪の少女が、決まり悪そうにそっと顔を背けた。

 多分心配して見に来てくれたのだろう。

 ふっと微笑み、晶は少女を呼んだ。

「アルフィーネ、君もここに座らないか」

 と、自分の隣の幹を軽く叩く。

「は、はい」

 ほっとしてアルフィーネは晶の許に駆け寄り、遠慮がちにその隣に座った。

「こうやって二人っきりになるのも久しぶりだな」

 ふっと懐かしむように晶は遠い目をした。

 二度目の目覚めからずっと彼女は傍にいてくれた。いつも献身的で——勿論それは俺がフォルド皇子だと信じているからだろうけど——親身に世話をしてくれた。向こうの世界の話も、他の連中のように頭ごなしに否定しないで聞いてくれた。

 目覚めたら体が他人だったなんて訳の分からない状態で、たった独りこの世界に放り込まれて途方に暮れていた俺にとって、たとえそれがフォルド皇子に対するものであってもどんなに救われたかしれなかった。

 今こうして自分が自暴自棄にならずにこの世界に何とか馴染めているのも、アルフィーネがいてくれたお陰だった。本当に感謝しても感謝しきれない。

「この道中、ずっと乗り心地の悪い荷馬車に乗りっぱなしで大変だったろう」

 アルフィーネも一角獣に乗れない訳ではなかったが、女の身で一角獣に乗って付いて来るのは体力的に厳しかった。

 それに出発前に騎士隊長も言っていたように、公務の一行に一人だけ皇子と同年代の少女が同行すると、後でどんな噂を立てられるか判らない。

 それでなるべく目立たないように幌のある荷馬車に乗ってもらっていたのだ。

「いいえ、皇子の為ですもの。それにおじ様にも頼まれましたから」

 と、慌ててアルフィーネは首を横に振った。

「おじ様」の一言に、晶は何とも言えない表情(かお)になった。

 何処か浮世離れした美貌の宮廷薬師。何時も穏やかに微笑んでいるが、ふとした拍子に見せる、こちらをじっと窺うような視線が苦手だった。でも、これから()く道を示してくれた。

 もっとも、またエイルの掌でいいように転がされているような気がしないでもないが。

 小さく息をつき、気を取り直して晶は傍らに座る少女を見た。

「アルフィーネ、フォルド(おれ)が記憶を失ったままより、以前の記憶を取り戻した方がいい?」

「はい、勿論です」

 考えるまでもなくアルフィーネは即答した。

「そ、そうか。そうだよな……」

 判ってはいたけど、そんなにあっさり即答されると、自分はいらないと言われているようで、なんだかとても切ない。

 そもそもこの世界に「倉橋晶」という人間は存在しないのだから、最初から認識されていなくても当たり前なのだが。

 まあ、その方が返って踏ん切りがつくというものだ。

「明日になればネールの出城に着く。今まで本当にありがとう」

「皇子?」

 ——今の言葉は、一体どういうつもりで……

 改まって礼を言う皇子に、アルフィーネの胸に言い知れぬ不安が広がった。

 そんなアルフィーネに微笑(わら)いかけ、晶は立ち上がった。

「そろそろ帰ろう。皆が心配しているといけない」

「はい……」

 差し出された皇子の手を取って、アルフィーネは立ち上がった。

 

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