アーサス   作:飛鳥 螢

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第一章 《 陽 の 国(ソルティア) 》 Ⅷ ―出城巡り(8)―

 森の中、燃え盛る炎に照らされて二人は再び対峙する。

 肩で息をしながら晶はソーレスを構え直した。

 なんとか(しの)いでいるが、狂剣相手ではそろそろ厳しくなってきた。

「死ねっ!」

 雄叫びと共に、サウアーが晶に斬りかかる。

 甲高い金属音が森の中に木霊した。

 激烈な斬撃を、なんとか晶はソーレスで受け止めていた。

 だが、斬り結んだサウアーの刃が、受け止めたソーレスごとじりじりと晶の顔に迫る。

 それに負けまいと晶も力を振り絞るが押し返せない。

 森の外で燃え上がる炎が、眼を血走らせ狂喜に染まるサウアーの顔を照らす。

 既に結果が見えているのだろう。自分の思い描いた未来が。

 ——見てろよ、お前なんかに()られてたまるかっ。

 ぎりっと奥歯を噛みしめ、晶はそれを睨み返した。

 そして、いきなり腕の力を抜いて大きく後ろに身を引いた。

 辛うじて拮抗していた力のバランスが崩れ、サウアーが斬り結んだ剣ごと前のめり体が泳ぐ。

 ふらついた剣先が晶の頬を浅く切り裂いた。

 それに構わず、晶は渾身の力を込めてサウアーに体当たりする。

 意表を突かれたサウアーは、その場に踏みとどまる事が出来ずにものの見事にひっくり返った。

「き、貴様ぁっ」

 羞恥に顔をどす赤く染め、すぐさまサウアーは立ち上がった。

 猛り狂い、剣を振り上げる。

 その足許に、びんっと一本の矢が突き刺さった。

「っ!?」

 咄嗟に飛び退いてそれを避けると、サウアーは自分を邪魔した矢の飛来した方を振り返った。

 樹の陰で立ちすくむアルフィーネの向こう、闇深い森の奥から何者かの一団が駆けて来るのが見える。

 かなりの人数だ。フォルドの随行騎士達でないことは確かだった。彼等は今野営地の火を消すのに手一杯な状態だし、第一やって来る方向も違う。

 ——馬鹿な、フォルドを護衛する奴がまだいたのかっ!?

 ぎっと、サウアーは晶を睨んだ。

 突然現れた一団に気を取られている晶に剣を振り上げる。

 今なら奴らはまだ遠い。フォルドを斬り捨ててから逃げても十分間に合う。

 だが、新たな矢がサウアーの動きを封じた。

 一射、二射——

 サウアー目がけて闇を切り裂く。

 それを両断し、サウアーは晶に憎悪の目を向けた。

「覚えていろっ、この次こそ貴様の命はないと思えっ」

 吐き捨て、サウアーは身を翻した。

 隠していた一角獣に跨がると、矢の届かない闇の中に紛れて去って行く。

 サウアーの残していった瘴気を吐き出すように晶は深く息をつき、ソーレスを鞘に収めた。

「皇子っ」

 顔を青褪めさせたアルフィーネが樹の陰から飛び出し、持っていた布を晶の血が流れる頬に当てた。

 軽く押さえる様に血を拭っていく。

 傷は浅く、それを見てアルフィーネはほっと安堵の息をついた。

 これなら傷痕は残らないだろう。持っていた小箱の軟膏を指で(すく)って傷薬を塗ると、程なく出血は治まった。

 そうしてアルフィーネが傷の手当てをしているうちに、二人を助けてくれた一団が到着した。

 駆けつけた一団は晶達の前で止まるとその場に(ひざまず)き、最後に現れた男が先頭に来て最高礼をとった。三十代後半の、暗い金色の髪を短く刈り上げた、精悍な顔つきの逞しい男である。

 そして、男は立ち上がると他の者を野営地の消化の手伝いに向かわせ、自分は一人その場に残った。

「フォルド皇子、ご無事で——お顔に傷が…」

 と、安堵して改めて皇子の顔を見た男は、その頬の傷に目を止めて呻いた。

「あ、ああ……」

 男から傷が見えないように、晶はそっと顔を(そむ)けた。

 あの時はどうやっても撥ね退けそうになかったから、危険を承知で引いてみたのだ。一応避けたつもりだったが僅かに剣先が掠っていたらしく、これは言わば自業自得のようなものだった。

 それなのにそんな責任を感じたような顔をされると物凄く気まずい。

「いや、大丈夫だ。助かった。礼を言う」

 口惜し気に顔を歪めた男を(なだ)め、その肩に掛けてある強弓(ごうきゅう)に目を留めて晶は応えた。

 サウアーの動きを封じたのは、恐らくこの男なのだろう。

「え…と、お前は確か……」

「ネールの出城の西方警備の騎士団長のグレントでございます」

「そう……だったな」

 出発前に「この人物だけは、是非とも憶えておいてくださいね」とエイルから手渡されていた絵姿の一つと目の前の男の顔がようやく合致する。

「だが、その西方警備の騎士団が、何故こんな所に?」

 晶の疑問はもっともだった。明日ネールの出城に着くと言っても、ここから朝早く出発して一角獣を半日以上駆ってようやく着くだけの距離はあるのだ。ちょっと警備の見回りで遠乗りに出たというような距離ではない。

「エイル殿より早鳥(ピクト)言伝(ことづて)があったのです。今回の公務の旅は皇子にとって大病後の初めての遠出。心配なので途中まで出迎えて欲しいと」

 その言葉を受け、グレントは念のため騎士団の一部を引き連れ、一番警備が手薄になると思われるこのエスカーの牧草地まで一角獣を駆って来たのだ。

 だが、そこに辿り着く途中この森の中から剣撃の音がするのを聞き、森の中では行動しにくい一角獣を降りて駆けて来たのである。

「エイルが……」

 何処まで先を読んでいるのか、相変わらず抜かりがない。宮廷一の知恵者と言われているのも頷ける。薬師より賢者と名乗った方がいいんじゃないかと思ってしまう。

「とにかく、エイル殿のお陰で、こうして皇子をお救いできてなによりでした」

「ああ、お前達が来てくれて、本当に助かった」

 収まっていく野営地の炎を眺め、晶は逃げていったフォルドの従兄の事を考えた。

 サウアーとフォルドの確執はロドルバン達から聞いてはいた。 

 けれど二人は従兄弟同士で、しかも神の意志によってフォルドは次代の王として定められているのだ。

 それなのにフォルドに剣を向けて謹慎させられていた筈が、懲りずにこんな所まで追い掛けて来るとは。しかも、誰にも邪魔させないように騎士を買収して野営地に火を()けるという徹底ぶりだ。

 そうまでしてフォルドの命を狙うサウアーの執念に、晶は言い知れぬ恐怖を感じずにはいられなかった。

 

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