使用人を全て下がらせて人払いした邸宅の一階、豪奢な造りの家具に贅を尽くした調度品を配置した部屋の中でマクアークは椅子に座って深い溜息をついた。
今彼がいるのは《
マクアークはそこに王宮には知られていない個人的な別邸を持っていた。
四日前、彼はルゴスに言われたとおり、フォルド皇子の一行がネールの出城に向かって出発して王宮内の気が緩んだ隙を突き、人知れず息子達を付けてサウアーを王宮から外に逃がした。
それと共に密かに出城巡りの随行の騎士の一人を、サウアーの計画に加担するよう買収もした。
その全てをやり終えた後、自らも人目を避けてここまでやって来たのだ。
——あのような計画、サウアー様は本当にやってしまわれたのだろうか……
やったとしても絶対に正体がばれぬよう、買収した騎士は必ず口封じしろと息子達には言い含めておいたが、どうなったことだろうか。
窓から見える月を見上げ、マクアークは不安そうに瞳を揺らした。
三年前〈
『お前の育てたサウアーを次代の王に据えようとは思わんか? 文武共に何ら見劣りするところがないにもかかわらず、何故ソーレスは我が息子サウアーを選ばぬ。儂の時は我慢もしたが、もう我慢はせぬ。ソ-レスが我が血脈を受け入れぬと言うのなら、儂もソルブレイ神の意思になど従わぬ。二人の力でサウアーを王に据えてやろうではないか』と——
マクアークはその言葉に感激し、表立って動けないルゴスの為、せっせと裏でルゴスの手足となって暗躍したものだった。すぐ顔や態度に出てしまうレイミア達やサウアー本人にも気付かれないように。
——だが、あの時ルゴス様はサウアー様の暴挙を止めてはくださらなかった……
いくらフォルド様を排したとしても、サウアー様に拭いようもない汚点が付いては、誰も王とは認めないだろう。既に先の茶会での一件で立場を危うくしているというのに。
「ルゴス様は、一体何を考えておられるのか……」
自然と漏れる溜息をマクアークは止める事ができなかった。
がさっと、窓の外から物音がした。
暗鬱な気分を一瞬で払拭し、マクアークは椅子から立ち上がった。
観音開きの窓を押し開く。
そこに一人の男が立っていた。
二十代半ばの背の高い男だ。ソルティアには珍しい焦げ茶の髪と、暗い緑色の瞳をしている。右目から頬に掛けて獣の鋭利な爪で引き裂かれたような赤黒い痕があり、全身に凄絶な雰囲気をまとっていた。
「用はなんだ?」
ぼそりと抑揚のない声で男が問う。
「予定通りならば、フォルド皇子の一行は今頃エスカーの牧草地辺りにいる」
マクアークは尊大な口調で言った。
「今頃出火により混乱しているかもしれんが、もし皇子が無事ならばその混乱に乗じて討て」
「皇子をか?」
男は眉を
自国の皇子を
「そうだ。不満か」
「いや……」と、男は
「あんたには借りがある」
「そうだ、お前は否とは言えん。のう、ゲッシュ」
マクアークは取り立て最中の悪徳高利貸しのような笑みを浮かべ、そして、再度命じた。
「行け。行って必ずフォルド皇子を亡き者とするのだ」
「ほう、なかなか物騒な話をしているな」
声と共に暗闇から人影が現れる。
ぎょっとして、慌ててマクアークは露わになった人影を見た。
「こ、これはサウアー様」
現れたのはクノックとアガスを従え、剣を手にしたサウアーだった。
エスカーでの襲撃に失敗したサウアーは、従者二人の勧めでそこより一番近いこのセスラの別邸に身を寄せる事にした。
ところが今は使われていないとクノックが言っていたにもかかわらず、灯りが
「こちらにお出でになるとはつゆ知らず、直ぐに使用人を呼んで準備させますので、それまでこちらの部屋で暫しお待ち——」
「そんな事はどうでもいい」
不機嫌そうにサウアーはマクアークの言葉を遮った。
「さっきの話だが」
「さっきの話と言われますと……」
「フォルドを
「奴は誰にも
「サウアー様っ」
驚きの声を上げ、マクアークはサウアーを諫めた。
「滅多なことは申されますな。誰かの耳に入りでもしたら、ますます御身の立場が——」
「
サウアーは自分の侍従長を一喝した。
「立場など、奴を
そうだ、フォルドこそが、自分の物になるはずだった全ての物を奪い取ったのだ。ソーレスも王位継承権も。奴さえ居なければ全ては正当な継承者である自分の許に戻り、また以前のように母上を始め、全ての者どもが自分の足許に
「フォルドを
自ら描いた妄執に囚われたサウアーは、もはや現実など目に入らなかった。
「——…判りました」
諦めたようにマクアークは肩を落とした。
こうなってしまっては何を言っても無駄である。ルゴス様の言うとおり、後はサウアー様の気が済むまで好きなようにさせるしかない。
「その代わり、この者をお連れください。何かと役に立つはずです」
と、黙然と自分達のやり取りを見ていたゲッシュを示した。
「《
ちらりと男の焦げ茶色の髪を一瞥し、右頬の傷痕を見て嘲るように吐き捨てた。
「獣などに傷を負わされる程度の腕で、役に立つとも思えんが、いいだろう。精々働いてもらおうか」
そう言い放ち、サウアーは剣を鞘に収めて傲然ときびすを返した。
従者の兄弟がそれに付き従う。
その後姿を、ゲッシュは無表情に見やった。